第41話 淑雪の血
于冕と邵少春は黄河の中流にある龍門衛で賦役に付くことが決まっていた。于家は旅立つ人のための準備で大わらわになった。いつまでも于謙の死を悲しんでばかりいられないのだ。
厳しい労役に耐えるため、璚英は衣服や薬などを朱驥と共に用意していた。そのために淑雪の様子がおかしいことに気付かなかった。
淑雪は自責の念に耐えかねていた。
「私が徐貞有の娘と知ったら、璚英は私を許さないだろう。それどころか仇とみなすかもしれない。いや、実際に仇でなくて何なのだ」
彼女は死を意識し始めた。璚英に仇と見なされ憎まれるのに耐えられなかった。いっそ命で償おう、そう決めると腑に落ちるものがあった。かつて天姑小観で良心が血を流していた時にはなかった感情が彼女を支配していた。これで冬児への嫉妬に苛まれた苦しみも終わらせられるのだ。
于冕と邵少春はすぐさま龍門衛へと旅立った。娘たちは全員嫁いでいたので、後の心配はなかった。于康は朱驥とともに于謙の亡骸を杭州に運ぶことになった。杭州の于家が面倒をみてくれるとあって、謝蓮児と子供たちもついていくつもりだ。
璚英は淑雪も共に江南に行くものとばかり考えていた。
西湘の扉を押して、淑雪の部屋に入った璚英は悲鳴を上げた。淑雪が血だまりの中に倒れていた。
「誰か来てーーーッッ!」
朱驥と夏児が駆け付けた。
淑雪は左の手首を切っていた。顔は青く、唇に血の気がない。朱驥が応急手当にと淑雪の腕を縛り上げた。
「傷を見るんだ、璚英。浅ければ助かるぞ!」
璚英は震える手を伸ばし、傷口を診た。
「皮膚の裂傷、手首の筋はつながって……ああ、淑雪! なぜこんなことをしたの! 私に黙って死ぬなんて許さないわよ。助けてみせる、助けてみせるから、あなたも無常(死神)に捕まっては駄目よ! しっかりして、私の声を聞いて! 淑雪!」
璚英は必死に血止めの粉薬を取ろうとするが、指が滑る。それを夏児が補佐し、朱驥は傷口を抑えて止血しようとする。
「これ以上、于家から死者を出すな!」
「ええ! 淑雪、聞こえた? あなたまで逝かないで。あなたがいなくては私は共に歩む人を失うわ!」
半日たって、淑雪は奇跡的に目覚めた。
誰も淑雪を責めなかった。ただ、黙々と世話を焼き、傍を離れず、栄養になるものを食べさせた。璚英は夜の間、眠らずに淑雪に付き添った。
数日して、淑雪はぽつりとつぶやいた。
「私、食べている……。生きたいのかしら」
「そうよ、あなたの体は生きたがっているわ。石灰吟の娘ですもの、粉骨砕身するのは体だけでいいわ、心まで壊してはいけないのよ、淑雪」




