第4話 于璚英(う・けいえい)と蔡淑雪(さい・しゅくせつ)
淑雪は脈を診るため、女の手首に絹を乗せた。女が問うた。
「女冠さま、あなたは女医なの?」
「私は見習い女医でしたが、三年前に師傅が急逝し、ここに身を寄せました。診断と多少の処方は出来ます。ここでは必要なことですから」
淑雪は余計な身の上を喋ったと黙りこんで脈診を続けた。
「あなたは本来元気のある方ですが、何か患いましたね。脈の細さが気になります。薬を飲んでいますか」
女の顔に哀しみと諦めが浮かんだ。
「薬は止めました。お代もかかりますし、いずれのお医者さまでも診立ては同じ。もう産めない体になったのです。一年半前に双子の息子を何とか世に送り出せたのは子孫娘々(しそんにゃんにゃん)のおかげですわ」
女は何かを吹っ切るように泪を拭った。眼に星のような煌めきがあった。
「あなたの診立ても正しい。良い腕をお持ちです。私は于璚英と申します。
悩みは体のことではありません。
ひと月前に都察院獄に収監された父が寄こした詩が私を叱るものだったので……なぜこんな時にと思うと胸が苦しくなって。ずっと耐えていましたが、家に居るのさえ辛くて、ふと耳にした天姑小観を思い出したのです」
淑雪は小声で言った。
「会ったばかりの私に名前も事情も簡単に告げるものではありませんよ」
璚英の肩から力が抜けていた。
「あなたは善いお医者さまです。仰る通り口にしたら楽になりました」
彼女はさらに両足を寝台から出して思い切り伸ばした。
「纏足してなくて本当に良かった。どこへでも行けますわ、行こうと思えば」
やはりこの女には芯がある。淑雪の勘は外れてなかった。
さて、どうやって于璚英を杜巧娘から守ろう。
「粥と点心がすぐに来ます、必ず食べて。今日中に家に帰るために力を付けるのです」
淑雪と璚英の目がしっかり合った。
「女冠さま?」
「ここに居てはなりません。牙婆に会わないとは限りませんよ」
璚英はあっけらかんと返した。
「三姑六婆ですね」
三姑六婆とは口先巧みに悪業を働く女たちのことで、まっとうな職業と見なされなかった。牙婆の他に媒婆(仲人)・師婆(巫女)・虔婆(やり手婆)・薬婆(薬売り)・穏婆(産婆)・尼姑(尼)・道姑(道教の尼)・卦姑(八卦見)。
高官や貴族など読書人階級は決して屋敷に入れない女たちだ。
淑雪のひと言で璚英は事態を悟った。夏児が粥と点心を盆に乗せて来た。それらを懸命に平らげていると、杜巧娘と黄芳華と陳三娘が彼女を値踏みに来た。
杜巧娘は柔和な態度で口を開いた。
「蔡知堂、よい働きです。天姑小観は参拝客に冷たくないと言われるでしょう」




