第39話 奪門(だつもん)の変
景泰六年になると、璚英は少し体調を崩した。血の道と呼ばれる婦人科の症状が早めに出てきたのだ。于家では「鬼の霍乱」とまで言われたが、朱驥は妻の心配をした。
「難産の後遺症が今頃になってでたのかもしれんぞ」
璚英は寝込むほどではなかったが、淑雪は璚英をいたわった。彼女が重病にでもなったら、生きた心地がしない。淑雪はこれ幸いと冬児を自ら指導し、璚英の負担を減らす建前の裏で嫉妬を感じまいとしていた。
ちょうどその頃、紫禁城の朝廷では、病気がちな景泰帝に代わり、蟄居中の上皇を担ぎ出したい勢力が策動し始めた。
景泰八年正月、景泰帝は重病になった。それを目の当りにした武官・石亨はすばやく上皇を帝位に戻すことを考えた。功を立てれば、彼は英雄になれると考えた。彼が上皇復位に積極勢力を構築するにあたり、すぐさま加わったのが徐有貞である。
彼は狡猾にも「紫薇星という皇帝を示す天体に変化が見られる。これは帝位が代わる前兆だ」と主張した。そして宦官の曹吉祥が上皇の母である孫皇太后に打診に走った。
皇太后の承認を得て、一月十六日の夜、徐有貞は先に宮中に入っていた。石亨が「タタール族が侵入した」と虚偽の報告で軍隊を動かし、北京城の各門を制圧した。彼は長安門で宦官の曹吉祥と落ち合い、南宮の上皇を迎えに行った。
そして夜明けに上皇を輿に乗せ、鐘と太鼓を打ち鳴らした。そして朝廷が始まるのを待っている文武官がいる所へ通りかかると、徐貞有が「上皇が復位なさるのに、なぜ皆さまは拝礼なさいませんのか」と呼ばわる。
何事かと驚く官僚たちだが、上皇を目の前にすれば「皇帝陛下、万歳万歳万々歳!」と膝を折ってしまうのだ。
これが「奪門の変」と呼ばれる小さなクーデターだったが、于家と淑雪にとっては大きく致命的な事件となる。英宗が正統な皇帝であるなら、弟の朱祁鈺を皇帝に据えた于謙は反逆者になってしまうのだ。
徐有貞は于謙への復讐を始めたのだった。
宮中で捕らえられた于謙はそのまま政治犯を収容する招獄に入れられた。その知らせは瞬く間に北京中に広まった。
璚英は驚きのあまり、失神しかねなかった。清白医館は戸締りをしてその日の診療を打ち切った。夏児までが震えていた。
「蔡師傅、于大人はどうなるのですか」
答えられなかった。答えを口にしてはならないと思った。叛逆罪ならば、その罪は斬首ですすぐしかないからだ。
淑雪は懊悩した。
「于大人、まさか、まさかこんなことになるなんて。私の父が、あなたの命を奪おうとしている! あの小男が、あの狐のような男が、器の小さい男が、あなたを死に追いやるなんて!
もう駄目だ。私は璚英の親友でいられない。私の父があなたの父を手にかけようとしている。璚英、私はあなたに会わせる顔がない!」




