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第35話 友情か恋情か

 淑雪はしばらく璚英を見詰めていた。

「于大人の若い時の話を聞くと、出会った頃のあなたを思い出したわ。ちょっと危なっかしくて、どんどん前に進もうとする。やはりあなたは石灰吟せっかいぎんの娘よ、璚英」


 璚英は医館の診療記録簿を取り出して、一日の患者を振り返った。

「ねぇ、淑雪。やっぱり朱驥しゅ・きには側室が必要だわ。子供が二人だけでは寂しそうだもの」


 淑雪はドキリとした。そうなれば、璚英はますます医館の仕事にのめり込むだろう。双子はそろそろ母の手を離れるほど成長した。そのうえ朱驥しゅ・きが側室を迎えたら……璚英は私のものだ! そこまで考えて、淑雪は自分の欲望に慌てた。


『私ったら何を考えているの! 璚英は親友であって、私の夫でもなければ婚約者でもない。それなのに彼女を独占したがっている。ああ、なんてことを欲しているの、淑雪!』

彼女は自分の心に蓋をしようとしたが、間に合わなかった。

『これは友情だろうか、それとも恋情だろうか……私は璚英を愛しくおもうのは……何だろう』


 彼女はその心を嬉しく抱き、そのままにしておくことにした。璚英を見るたびに湧きおこる温かい感情を閉じ込めておけなかったし、何より心地よかったのだ。


 新たなエネルギーが淑雪を輝かせた。

 二人の医館・清白医館は細やかな診療が評判となり、次第に女たちの評判を勝ち取っていった。その医館は表背胡同ひょうはいふーとんの入口近くで書肆の中に溶け込んでいて、薬の絵がある提灯がなければ気づかないほどだった。


 医館は淑雪が館長、璚英が副長。診療の細々した支えに医女志願の少女が二人いた。一人は淑雪の道童だった謝夏児しゃ・かじ、もう一人は程玄村の紹介で雇った医戸出身の談冬児だん・とうじで、読み書きに堪能なので、診療記録や帳簿作成を手伝っていた。夏児かじが淑雪になつくように、冬児とうじは璚英になついた。それはいつしか、夏児と冬児がつまらないことで競って、館長と副長のどちらの医術が優れているか言い争うまでになっていた。


 淑雪と璚英は人を使う難しさに直面した。


 淑雪は館長として厳しく言い渡した。

「医術の優劣など、簡単につくものではない。お前たちの争いの元は何なの」

 夏児は淑雪の医術が璚英のそれより上だと思っているから、館長は淑雪で当然であり、館長付きの使用人である自分は冬児より上だと得意になっていた。


 一方、冬児は医戸出身で幾ばくか医学の知識があり、副長の璚英は既婚であるから、本来は璚英が館長にふさわしいと考えていた。


 理由を知った璚英は叱った。

談冬児だん・とうじ、あなたは思い違いをしているわ。淑雪は私よりもはるかに長く修業していて経験が豊富だわ。既婚であることが館長の条件ではないのよ」


冬児はふわりと璚英の腕を取り、握りしめた。

于師傅う・しふ、どうか私を辞めさせたりしないでくださいねぇ!」

その甘えた声と仕草に淑雪はギョッとした。璚英が「そんなことは考えてないわ」と応じるや、冬児は「本当ですよ! 約束してください」とせがんでいる。


 何の気ない二人のやりとりだというのに、淑雪は言いようのない恐怖を覚えた。

「私の璚英を取らないで!」

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