第34話 清白医館の二人
景泰二年、淑雪と璚英は小さな医館を持った。場所は表背胡同の入り口近くのこじんまりとした建物だった。主に婦人科と小児科を診るはずだったが、女性の患者たちの愁訴に耳を傾けるうちに、鍼灸や按摩、果ては精神的な病を扱う祝由にまで治療は広がった。
男性患者は七歳の子供までを診ることにした。が、あまり男女の別にこだわらない庶民となれば、話は別だった。淑雪は未婚だが、璚英は既婚で、それほど女の名節にこだわる歳でもない。
璚英は言う。
「だって、私たちは二十六歳よ、そろそろ清白老人と言われてもおかしくないわ」
清白とは、于謙が二人の医館に付けた名前だった。老人は歳寄りではなく、たんに「大人のひと」くらいの意味だ。ゆえに清白医館の医師ということになる。
淑雪は少々面喰う。璚英は時々男のようだと思う。
「ねぇ、璚英。于謙殿は娘のあなたをとても大切にしているけど、最近は息子のように接しているのではなくて?」
「そうなのよ。あの儒学を学んだ父とは思えないほどだわ」
「天下の半分は女。その女を医術で助ければ、天下の半分の男を助けることになるでしょう。医館を手配して、薬舗も紹介してくれて、産科で連携できる医館や助産婦まで手を回す。さすが于大人ね」
「母によると父は最初は堅物だったのよ。それが巡撫をするうちに軍人の部分と社稷に身を捧げる部分と少しだけど女を哀れに思う部分が立ち上がったのだと言っていたわ。
父はもともと型破りなところがあってね、淑雪。驚かないでね、科挙で会試では一番の成績だったのよ。もう誰もが次の殿試では最高位の状元になるだろうって期待していた。ところが、永楽帝自らが試験官をなさった殿試でやらかしたのよ」
「やらかした?」
「ええ! 『官吏とは何ぞや?』という問いに対し、父は声をあげて『官、全てこれ、盗人なり!』と放言したそうよ」
「ま、待って。なぜ盗人なの?」
「父の言いたいことはね、淑雪。官吏が民を搾取していることだったの。痛烈な批判だったわ。なぜって、賄賂を使わない官吏も民もほとんどいないし、民を搾取しない官吏もいないからよ」
「たしかに天姑小観も道禄司にお金を渡していたくらいだもの。官吏はどこからでも銀を吸い取ろうとするわ。于大人は勇気があるわね」
「蛮勇かもしれないわ。そのために父は状元どころか、殿試合格者の下から数えた方が早いくらいの順位だったから、北京勤務は出来なかったというわけよ」
「それで南京にいらしたのね」
「おかげで母と巡り合ったわけよ。そうだわ、淑雪。あなたはずっと独り身でいるつもりでしょうけど、もしも意中の人が現れたらどうするの」
「イヤね、璚英。私は誓いを破らないわ。あなたと親友でいられたら、それで充分よ」
「本当に?」
「本当よ」




