第33話 北京攻城戦
表背胡同は大街ほど乱れてないが、書肆も表具店も製本店も戸締りをしたり、商売の在庫を大量に運び入れたりといつもとは様子が違った。
オイラト軍が来たら、九つの城門は全て閉じられる。それがいつまで続くか分からない。籠城を決めた人々は食糧の配給所に登録するため、長い列を作っていた。
于家は冕がその役目を引き受けた。彼は昨日、丸一日を費やして何とか配給札を手に入れた。
「これが我が家の生命線だ。父上は徳勝門の守備隊を率いる。私たちは父上に余計な心配をかけないようにするのが仕事だ」
年頃になった夏児が言った。
「では、門房で勉強を続けましょう。私も医女になりたい。淑雪姐さんや璚英小姐のように! 戦で傷ついたら助けられるようになりたいのです」
結婚適齢期にさしかかった冕の娘たちも、うなずいていた。少しでも医薬の知識があれば、病や怪我の苦しみを和らげられると知っていた。
謝蓮児はお腹に子を宿していた。
「いっそ于家は医戸にならないかしら。生まれてくる子に医師の道があってもいいと思いませんか、冕兄さん」
「お前たち、すっかり璚英と淑雪さんの弟子になったつもりだな。医術は人の命を左右する。軽々しく扱うものじゃないよ。さぁ、食糧は大切にするんだよ」
十日後、北京城の門が閉じられた。その頃、オイラト軍は二手に分かれて北京のすぐ北方に現れた。オイラトの使者が皇帝の身柄と引き換えに膨大な量の銀と絹を要求したが、すでに皇帝の弟が即位していたため、囚われた英宗に価値はなかった。
翌日から五日間、オイラト軍は北京の北と西の門を攻めた。城壁の上から火矢と大砲の弾がオイラト軍に降りそそいだ。各門を必死で守る守備隊が残り少ない馬で出陣し、小競り合いの末に退却すれはば、たちまち怪我人の手当が必要になった。
こんな時こそ恵民薬局の出番である。劉大使と程副使はそれぞれ人員を率いて北西の門に向かった。璚英と淑雪も外科医として徳勝門に向かった。
そこで二人が見たものは、血と泥にまみれた死体、そして深手の金瘡や落馬による怪我だった。たちまち修羅場となった救護所に于謙が現れた。
彼は程副使に「よろしく頼む」と声をかけた。
璚英と淑雪はますます気を引き締めた。
六日後、オイラト軍は潮が引くように去って行った。これ以上北京を攻めても得るものがないと判断したためだった。
兵部尚書の于謙は英雄扱いされ、名誉職である少保にも任命されたが、于家の慎ましさに変わりはなかった。于謙はそのまま北京勤務となり、家に戻った。
皇帝の交代によって、年号は正統から景泰へと変わった。
オイラト軍に囚われ、モンゴル高原にいる英宗皇帝は上皇と称され、一年後に北京に戻ったが紫禁城には入れず、皇城の隅の南宮に幽閉された。現在の皇帝にとって兄ではあるが、同時に位を奪う存在でもあったからだ。
皇帝が誰であろうと、庶民にはあまり関係のないことだった。毎日の暮らしを立てていくのに必死で、お上のことなど雲の上のことだったし、病や怪我で何より頼りになるのは街の医師たちだったからだ。




