第30話 正統14年のオイラト親征
朝貢はどちらかというとオイラト部族に利があった。
なぜなら、オイラトから明に贈られる馬や物品より、明からオイラトに贈られる品々が高価だったからだ。それに味をしめていたオイラト部族は使節団の人数を水増しした。
それが十年以上は続いたのだろう。つけあがるのもいい加減にしろと言いたがったのが、使節団をもてなす光禄寺だったのか、使節団からの文書を受けとる礼部だったのか、それとも文書に目を通した皇帝だったのか、定かではない。
ただ、時の皇帝、英宗・朱祁鎮がオイラトを討つと決めたのは確かだった。
彼は若かった。この時、二十三歳。曾祖父である永楽帝のように華々しい軍功を夢見たのかもしれないが、大明を未曽有の危機に陥れるとは誰が予見できただろうか。
勅令が発せられたのは八月十四日、その二日後には皇帝自らが二十万の大軍を率いて徳勝門を出立した。文武百官もまた朝廷の機能を維持するために従軍した。
この親征に反対する臣下は多かった。勅令が発せられる前には膨大な量の反対意見書が奏上されたが、皇帝の意志を第一とする側近宦官たちの手で、全て却下され、皇帝の目にふれないままであった。
恵民薬局は備蓄していた傷病用の医薬品を供出するため、二日間、総出で作業にあたった。
有事となれば、京師のほうぼうで戦勝祈願が行われた。それは表背胡同の先にある寺や廟でも行われた。
淑雪と璚英は落ち着かなかった。于家に戻ると、双子の朱宸と朱宏はすでに十歳の少年らしく、剣を持って戦争ごっこに余念がない。
「母上、伯母上! 僕たち、もう少し早く生まれていたらオイラトを蹴散らしに行けたのに!」
淑雪がたしなめた。
「伯母上から言っておきます。あなた方二人はお父上と同じく京師を守る勤めにつくのです。剣の腕前はそのためにあるのですから、今は大怪我をしないように鍛錬を続けなさいね」
「あーん、つまらない。母上、母上も伯母上と同じことを言うの?」
「まさしくそのとおりよ。あなたたちはまだ子供ですからね。河南にいるおじいさまが聞いても同じことよ」
「じゃあ、東岳廟の戦勝祈願に行こうよ、何かしなくちゃいられないよ!」
「お父上に相談して。お許しが出たら一緒に行きましょう」
双子は飛び上がって喜んだ。
「母上も一緒に行けるんだ!」
「ええ、恵民薬局には休みをもらうわ。淑雪も一緒に行きましょう」
「そうね、医女も何人か増えたし、当番を入れ替えてもらうわ」
朱驥は女子供だけで行くのは駄目だと言って、自分も東岳廟についていった。璚英はそっと尋ねた。
「あなた、これはお仕事の一環でしょう?」




