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第3回 青い光と風

 四阿のある院子なかにわはまるで晩春の如く暑かった。午斎ちゅうしょくの時刻はとうに過ぎ、早咲きの海棠の薫りでむせかえるようだ。

 淑雪は竹の繁みを回り、そっと四阿あずまやの正面に立った。中の様子をうかがう。


 四阿の女はまったく違う空気を纏い、座していた。淑雪は息をのんだ。

「あ……」

女の姿は淑雪の琴線を一気にかき鳴らした。眠っていた何かが急激に目覚め、心が動き始めた。

「彼女の周りに青い光と風がある……」


 女は四阿あずまやでずっと瞑想していた。背中を伸ばし、肩からすらりと両腕を包む衣の曲線は滑らかで、地味に結った髪には細い簪が一挿し。化粧はわずかに眉墨のみで、耳飾りは小さな白い石が一つ下がっているだけ。丁寧に仕立てた青のさん(上着)と淡い緑のくん(スカート)は地紋一つなく、質素そのものだ。

 それでも彼女の佇まいは美しかった。

 きりりとした眉は芯の強さを現し、半眼にした目元は涼やかだった。


 淑雪はしばし棒立ちになり、見惚れた。

「汚れた道観に本物の仙女が舞い降りたの? 碧霞娘々(へきかにゃんにゃん)が人の女に姿を借りて私を試しているの? あの風情と佇まい。なぜこうも惹かれるの。彼女をさらってはいけない。攫えば後悔で私は死ぬ!」


 その瞬間から女を逃がす方法を探し始めた。信じられない速さで思考と血流が体を巡る。

 意を決して四阿に入った。女の顔は白く、午斎ちゅうしょくを取った形跡はなかった。

「施主さま、もしや茶も水も口にしてないのではありませんか」


 女はピクリと顔をあげた。とたんにその体はぐらりと傾いだ。手足が震えていた。

「気を失ってはだめ! しっかりして!」


 淑雪は迷うことなく女を背負い、通りかかった道童の夏児を呼んだ。七歳の夏児は正月に天姑小観に転がり込んだ孤児で、淑雪が面倒をみていた。


 淑雪の肩に女のなみだが伝っていた。が、背中の道衣をとおして、彼女の体幹から不思議な力が伝わってくる。淑雪が久しく忘れていた強い温もりだ。三年前まで彼女を守ってくれた趙若薇ちょうじゃくびと同じ温もりだ。


 淑雪は後ろから支えている夏児に命じた。彼女はまだ牙婆たちの悪行を知らない。

「私の丹室たんしつに小豆入り粥と点心をいくつか持って来なさい」

「蔡知堂さま、この人は悪い病気ではありませんか」

「静かに。人目のない場所で介抱が要るのです」

「関わらない方がよろしいのでは」

「あなたは冠巾拝師の儀式を終えてもないのに知堂の私に文句があるの? さあ、行って」


 蔡淑雪は部外者立入禁止の奥の院子なかにわへするりと入った。薬草が干された院子なかにわの先へ急ぐ。薬房を兼ねた淑雪の丹室たんしつにやっと着いた。背負った女を自分の寝台に降ろし、手を摩りながら声をかけた。

「精神の乱れが体に現れているだけです。安心して休めば震えは消えます。瞑想を始めてから何も口にしていませんね」


 女の眼に再びなみだが溢れた。

「私が愚かなために、間違いが何なのか、どうすれば正せるか、考えても全く分からなくなりました。この身が情けなくて仕方がありません」

 淑雪は袖の上から女の腕をさすった。

「口に出せば肝に閉じ込めた鬱積は散じます。落ち着いたら話を伺いましょう」

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