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第28話 綿入れより暖かい抱擁

 趙女医は枕元に弟子を一人ずつ呼んだ。淑雪の番が来た。

「私が死ぬとあなたは行く所がない。姉弟子たちは医戸出身だから、恵民薬局けいみんやっきょくの婦人科か小児科で見習いができるかも。でも、身元保証人もなく正式な医戸でもないあなたは門前払いよ。

 昔のよしみで一人だけ心当たりがある……あなたを引き取って、少なくとも居場所を与えてくれる。天姑観の杜巧娘、銭唐県の幼馴染で少しは医術の心得がある……彼女の家は医戸だったけど、靖難せいなんえきで父親が罪に連座して、彼女は私と北京に逃れてきたの……」


 だが、杜巧娘が闇稼業の主になっていたと、趙医師は知らなかった。

 淑雪が地獄を味わったのは、そのためだった。が、彼女は趙医師を恨まなかった。いつまでも師傅しふとして尊敬し、崇拝していたのだ。


 淑雪の過去を知った璚英は、そっと親友に寄り添った。黙って受け入れることが「祝由しゅくゆう」に当たると知っていた。祝由とは傷ついた精神を癒し、元気を取り戻す治療だ。


 この日も璚英は淑雪の足を洗った。心を込めて洗った。

 

 その気遣いを淑雪は受け止めて、言った。

蔡妙真さい・みょうしんがまた恵民薬局に現れたら、私は買った戸籍を見せて娘でないと言い渡すわ。彼女の執念を絶って、彼女の残りの人生を無駄にしないようにするつもりよ」

「そう。あなたが親に復讐する気がないと分かって安心したわ」

「あら、私がそんなことをすると思ってたの、ひどいわ。璚英ったら」

「からかっただけよ。怒らないで、淑雪」

「ふふふ」

「ふふふ」


「こんなふうに話せることが出来るなんて……于家のおかげだわ。私も夏児も老天爺ろうてんやに代わるほどの恩を受けているわ。ありがとう、璚英」


「水くさいわよ。私の方、いえ、于家の方こそ、どっち向いて走り出すかわからないような私に恵民薬局への道筋をつけたあなたに感謝しているわ。夫の朱驥しゅ・きだって、きっと私を持て余していたに違いないもの」


璚英は淑雪を抱きしめた。その両腕は冬の綿入れより暖かいと淑雪は思った。そしてこの抱擁がいつまでも続けばいいのにと願った。


 恵民薬局の医生になってわずか一年半で、淑雪は婦人科の医士となった。遅れることさらに一年で、璚英は外科と小児科の医士となった。

 その頃、于家の女主人、董明妍とう・めいけんはこの世を去った。仕事で家に戻れない于謙う・けんに代わり、于冕う・べんが喪主を務めた。璚英と淑雪はわずか三日の喪に服し、医業に邁進した。


 元号は正統十年になり、二人は恵民薬局でさらに修業を続けた。

 于家では于康う・こう謝蓮児しゃ・れんじが婚礼をあげ、于冕う・べんの長女の縁談が決まった。 

 山西河南巡撫を勤める于謙う・けんは婚礼には帰京して、新郎新婦の門出を祝った。

 彼は河南に戻る前、再び淑雪を書斎に呼び、揖礼を取った。

 淑雪は彼を押しとどめた。

「お止めください、于大人う・だーれん

「いや、父の気持ちと思って受けてほしい、蔡医士殿」

医士と呼ばれた淑雪はハッとした。

「お父上の……?」


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