第27話 蔡淑雪の過去・5
その夜、徐淑雪は消え、母方の姓を持つ蔡雪児となった。
趙若微との生活はどちらかといえば厳しさが勝ったが、幸せだった。
通いの女弟子が二人いて、彼女たちを師姉と仰いだ。淑雪は末席の弟子として掃除に始まる趙医館の雑用をこなしながら、医薬書の中身を必死で吸収した。脈診は基礎の基礎だったので、師姉たちの脈を毎日診ているうちに彼女たちの体調を言い当てることが出来た。元宵節から半年後のことだった。
趙医館は細長い塀に囲まれた敷地に診療を行う医館と小さな講堂と住居が並んで建っていた。細長い院子は塀にそって薬草が植えられ、薬剤を干すための棚が気持ちよく据えられていた。趙若微の命令で医館からほとんど出られない彼女にとって、姉弟子たちと五禽戯をする時間は貴重だった。
淑雪は十一歳になり、薬王箱を持つことを許された。同時に趙若微は淑雪に笄礼の儀式を行った。
「ちょっと早いけどさ、大人の顔になるんだよ。雪児から蔡淑雪になって、堂々と女医見習いをやるんだ。この三年で別人みたいに逞しくなった藤頭絲(ろくでなし)だからね、もう徐淑雪には見えないよ。まぁ、外に出るときは用心して緑朴膏でも塗っとくれ」
淑雪は笑った。
「師匠、それじゃ色黒娘になりすぎて、いっそ目立ちませんか。緑朴膏でそばかすを描きます」
「少しでいいんだよ。何事もやりすぎちゃ駄目なんだ」
趙若微は二年経って、やっと蔡妙真が末娘の捜索を諦めたのを知っていた。最初の一年は似顔を描いて方々を尋た母だったが、側室に男児が生まれて嫡母になったのを機に止めたのだ。
実のところ、彼女が趙医館を尋ねたことは二度や三度ではない。母親の勘が動くのだろう、娘が慕っていた女医なら手掛かりになると。
女医はお得意先の王府や官僚の家で徐程の厭らしさを伝え聞いていた。ゆえに淑雪を家に戻せば、重い折檻を容易に想像できたので、哀れな蔡妙真にはしらを切りとおした。
その年の夏にさしかかった日に、趙若微が倒れた。師姉たちと淑雪は師匠が毒に当たったと診た。
趙女医は永楽帝の孫の一人である襄王の屋敷で、夫人や令嬢の検診を行っていた。襄王は先帝の叔父だが、皇帝に嫌われていた。理由は定かでない。襄王妃はそれを逆恨みし、診察時につい女医の前で怒りをぶちまけた。そのあとで襄王妃は己の失態を女医が東廠に密告しないかと恐れた。東廠はたとえ皇族でも容赦なく獄に下す権限があった。
襄王妃は「江南の珍しい茶があるので、吟味して。銭唐県のものかもしれないわ」と一杯の椀を側近の侍女に用意させた。毒入りだった。五日のうちに趙若微は危篤に陥った。
解毒しようにも、毒の特定は困難を極め、弟子たちは他の女医に救けを求めた。が、襄王府に出入りする趙若微に関わるまいと、誰も応じなかった。




