第25話 蔡淑雪の過去・3
淑雪は、ある日、目覚めた。やけどの治療をした女医のような医者になろう。
父は常に勤め先の翰林院での不平不満をまき散らす。そんな出世主義者の父が決めた相手に嫁ぐのはまっぴらだ。
厳しい母の教育で字は十分に読み書き出来た。父の隙を狙って書棚から取ってきた養生書の大半を読んだ。分からないのは医学的専門用語だ。
彼女はわざとやけどを負い、母に訴えた。
「私のような大足の女がこれ以上醜くなったら、どれほどの親不孝でしょう。嫁ぎ先がどこにもありません。どうか前にやけどを治した女医さまに診ていただきたいのです。私の嫁荷と思って。後生でございます!」
徐家に趙若微が再来した。言葉に江南の訛りがあり、生まれは銭唐県だと涼やかな声が返ってきた。趙若微は薬王箱から白い軟膏を出した。
「これは特製の寒冰膏、塗る前に冷水で患部を洗う必要があります。徐夫人、水をお願いいたします」
母が席を外した隙に、淑雪は父の養生書から抜書し、袖に隠していた紙を出した。
「趙先生、この意味を教えてください。江南は女医がたくさんいると聞きました。私は女医になる勉強をしたいのです」
趙若微と淑雪の目が合った。女医は小声で江南訛りの忠告をした。
「文人の御令嬢が大胆やわ。医戸の家系でもないし、役人のお嫁さんになる道を外れちまうよ。気まぐれで女の独り立ちなんか考えちゃいけん」
「趙先生、子ども扱いしないで。私は嫁ぐ前に先生のように女医になり、この家を出るのです」
「お嬢さん、世の中は甘くない。嫁いで自分なりの幸せを築く方がましよ」
「私は殿方が嫌いです。大嫌い」
「あらま、困ったこと」
「それより『傷寒論』や『難経』を読みたいの」
「順番が逆だよ、五行陰陽の理が腑に落ちるまで学ぶ方が先だ。けど、私が唆したと知られないようにね。私は二度と徐家の門をくぐれなくなるか、お父上の指金で腕を折られちまう」
治療が終わる時、淑雪はきっぱり言った。
「母上、趙先生のお住まいににお礼に伺いたく存じます」
「まぁ、この子ったら。よほど先生の膏薬が気に入ったのね」
趙若微は何かに賭けるように答えた。
「南居賢坊の宋姑娘胡同の西の端あたり。薬瓶の絵の四角の提灯が目印です。あそこは王府のお屋敷が多い、馬車に轢かれないように来てください」




