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第24話 蔡淑雪の過去・2

「足に傷痕がのこるくらい平気。それより私は姉のように死になくなかった、ただそれだけ。包帯を切れば親不孝だけど、従いたくなかった。

 包帯を切るたびに父は私を鞭で打ったわ。女医の趙若薇ちょう・じゃくびのところに逃げるまでに家にあった大概の医学書は読み終えていたのよ」


「あなた、家出したのね」

淑雪は急に明るく微笑んだ。

「六歳で趙師傅ちょう・しふに出会って、女の人でも医者になれると考えた。父の出世道具になるのは死ぬほどイヤだったの」


 その日、璚英は淑雪の身の上を知った。

 淑雪の父・徐程じょ・ていの娘たちは良縁を呼ぶために、幼い時から指を内側に折り曲げたまま布で固く縛られていた。人工的に足を変形させ、成長を止めた結果、成人しても三寸(十センチ弱)の小さな足、三寸蓮花さんすんれんかを最上とする纏足てんそくが出来上がる。それが美人の条件だった。


 淑雪が物心つくころ、大姐ちょうじょは赤い花嫁衣裳で名家である祝家に嫁いだ。ゆらゆらと揺れる柳の葉のような歩みの花嫁は誉めそやされた。


 二姐じじょは纏足の痛みでしかんだ顔しか覚えてない。彼女は足を引きずるようにして同じく文人の蒋家に嫁いだ。蓮花三寸と言えない中途半端な纏足に苦しみながらの婚姻だった。


三姐さんじょ四姐よんじょも同じだった。彼女たちが纏足の痛みに泣く声は淑雪の耳に、今も残っている。


 すぐ上の五姐ごじょは纏足のために死んだ。

 四歳の淑雪は姉が死んでいくのを見た。父は娘を見舞いもしなかった。痩せた頬と貪婪な眼の男の命令で足を壊された五人の姉たち。その中で一番仲の良かった五姐は泣きながらこの世を去った。


 母の蔡妙真は仏を熱心に信心し、夫に従うことを第一とした婦道の化身だった。夫と娘には菩薩のような献身ぶりを見せたが、躾と纏足だけは容赦なかった。


 幼い淑雪は父が母を娶った理由を知っていた。母は三百年前、宋の時代に書法家として名をはせた蔡襄さい・じょうの末裔である。蔡襄は卓越した文筆を遺し、また茶学に秀でた文人の鑑だった。その血を欲したが、父は息子に恵まれなかった。ゆえに娘たちを婦徳の権化に育てては、有力な文化人エリートの家と繋がる道具にしたのだ。


 淑雪は五歳で纏足の布を巻かれた。歩けなかった。夜になると予想通り、鬱血の痛みで眠れなかった。彼女は隠しておいた鋏できちきちに巻かれた包帯を必死で切り裂いた。


 北京の夏は雷雨が多い。その雷光を頼りに、幼い彼女は鋏が皮膚を傷つけようが包帯を切った。纏足を頑として拒んだのだ。


 父は激怒した。

「親に逆らえば、生きて不孝の恥を晒し、死して地獄の閻魔に四肢を引き裂かれるのだ!」

 淑雪は不孝の恥も死んだ後の事も考えなかった。


 五度目に鋏を取り上げられた時、淑雪は火鉢の炭に足を突っ込んだ。布が燃えてしまえばこちらのものだ。これには母が怯えてしまい、やけどを負った末娘のために女医を手配したほどだった。父は鞭を手にしたが、この時ばかりは母は身を挺してかばったのである。


 ほどなく、徐程は男児を得るために側室を娶った。母は正夫人として側室に威厳をもって接し、末娘の淑雪に文人の娘たる教育を課した。淑雪は纏足を免れた代償に書画と漢籍を叩き込まれ、刺繍や家財管理の帳簿を学んだ。

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