第23話 蔡淑雪の過去・1
元十三は素早く奥に進んで、座学が終わったばかりの淑雪をつかまえた。
「騒ぎになるとまずい。書庫で隠れていてくれ」
「元医士、私に肉親はもう一人もいないのです」
「同じ名前の人違いだろうが、とにかく太医院が来てる時に厄介事は困るんだ」
程副使は璚英を門に呼び出し、女に会わせた。
「こいつが恵民薬局の女医生だ。分かったら帰れ。なんなら錦衣衛に来てもらうぞ」
璚英は丁寧に頭を下げた。女は疲れた顔をして言った。
「お前、趙女医を知ってるの?」
「存じません」
「私は徐淑雪の母親だ。淑雪の住まいを知らないか」
「申し訳ありませんが、私の知る淑雪は徐淑雪ではありません」
「なんて愛想のない返事なの! また来るからね!」
女は蔡妙真と名を告げ、捨て台詞を吐いて去った。医生の何人かが「狂顛女だ」「言いがかりだ」と話しているのを程玄村は叱りとばした。
淑雪は劉大使に事情を訊かれた。人違いですときっぱり女との関係を否定した。が、璚英は淑雪の動揺を感じていた。
その夜、夕食を終えて冬の綿入れを出してから、璚英は言った。
「蔡妙真て人、あなたを探していた。でも、あなたに会わせてはいけない気がしたわ」
「ええ、淑雪という名前ならいくらでもある……そうでしょう?」
「顔が青いわ、淑雪。初めて会った時に言ったわね、口に出せば肝に籠った悪い気が出ていくって。私で良ければ聴くわよ。そして誰にも言わない。私たちだけの秘密にしておく」
淑雪は珍しくおずおずと両手を組んだ。璚英が初めて見る淑雪の不安がそこにあった。
「趙師傅に足の怪我を診てもらったのは六歳の時だった……。私は彼女を知って、女医の道を選んだの」
彼女は思い出すのもイヤだという口ぶりで続けた。
「私には姉が五人いた。蔡妙真が産んだ娘たちよ。彼女たちは纏足をしたわ、父の命令でね」
「お父上の名は?」
「徐程。翰林院(公文書作成官庁)の下級官吏でね、本当に自分の名声を上げることと出世のことしか頭にない男。姉たちの纏足も好い縁談のため。母と結婚したのも母の血筋が欲しかっただけ。
とにかく私はあの家と縁を切った、纏足のために命を落とした姉を悼みもしないのだから……。女は出世の道具でしかなかったし、殺されてはたまらないわ」
「そんな! 実の娘を……」
「姉たちはみんな纏足の犠牲者よ。すぐ上の姉は纏足に失敗して足が腐り、体中が真っ黒になって死んだわ、たった五歳で」
淑雪の眼に泪が滲んだ。悲しみだけでなく、両親への怒りが宿っていた。
「たった五歳で死んだのに、次の年には私の足を縛り始めたのよ。あの時の驚きはすぐに絶望に変わったわ」
璚英はハッとした。
「あなたの足にある金瘡は……纏足の包帯を切ったのね、自分で! なんて怖ろしいことをしたの、淑雪!」




