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第19話 端午の節句

 端午の節句の日、北京の胡同ふーとんの至る所で天師符てんしふの黄色いお札が贖われ、ユスラウメや桑の実や桃花売りの声が流れ、家々の門のかたわらに菖蒲や蓬が挿されていた。不祥を祓うまじないである。


 于家はちょっとした祝い事をした。璚英と淑雪に新しい男物の服を贈り、夏児を謝蓮児の義妹とする縁結びだ。その日はちまきを蒸して、午前ひるまえ董明妍とう・めいけん朱驥しゅ・き夫婦と淑雪が都察院獄に向かった。于家の主人に報告するためだ。女たちは布を垂らした帷帽いぼうを被り、顔を隠した。


 璚英は、父に詩で叱られたことをまだ恥じていて気にしていた。しきりに「父に会わす顔がない」と夫に救けを求めていて、淑雪はそんな璚英がとても可愛くて、思わず唇がほころぶのだった。


 都察院獄に収監されて二月になる于謙う・けんは髭の手入れをしていた。

「髭ぼうぼうで娘の恩人に会えないぞ、明妍よ」

「ここはすっかりあなたの書斎とちょっとした運動場になりましたね、于巡撫う・じゅんぶ

「ああ、五禽戯ごきんぎは朝夕に欠かさないぞ。そろそろ夏の短袍が欲しいところだ。頼んでいた本はあったか」


 都察院獄は主に弾劾された官僚が収監されていた。不正収賄や官費横領で獄に繋がれている者の一族は証拠隠滅と皇帝への嘆願に必死だが、于家は飄々としていた。官界に身を置くことは命懸けであると、知っているからだ。


 于謙う・けんが衣服を整える間、淑雪と璚英は牢から見えない所で朱驥と待っていた。が、于謙の声はそこまで明瞭に届いていた。

「よく通る声ですね」

「淑雪、父はもともと声が大きいの」

「あなたの大声は父親似だわ。璚英、お父上が医生の件に反対しても反論しちゃだめよ。まずはしっかりとお言葉を聴いてからよ」


 璚英は帷帽の中できりりと眉を引き上げ、息を吐いた。牢に入り、目を伏せたまま拱手こうしゅの礼をした。父の声がした。

「随分と他人行儀な挨拶じゃないか、医生の礼はこうなのか、被り物を取って顔を見せなさい、璚英。いや、恩人である蔡姑娘に、先に父親からの感謝を伝えたい」

 淑雪が帽子をはらりと取ると、于謙は腕を胸の前に正しく伸ばして揖礼ゆうれいした。その動きから彼の強靭な精神と秘めた仁と親の情愛が放たれた。


 淑雪が慌てた。

「于大人、私にそのような礼は勿体無いことでございます」

「蔡姑娘、あなたのおかげで私は娘の無事な姿を見ている。勇気のある方だ」

「私こそ于家の方々に返しきれないほどの御恩を受けております。璚英と共に岐黄の学に打ち込めるのも皆さまの御厚情あってこそと存じます」


 淑雪はその瞬間、于謙の双眸が輝くのを見た。彼のしっかりした顎に似合わないなだらかな頬が盛り上がり、整えた髭は微笑していた。彼女は初めて璚英を見た時のように、彼の周りに青い奔流のような気を感じた。


『璚英とよく似た涼やかな目元……そう、璚英は父親によく似ている。だから家の外へとエネルギーが向くのだ』

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