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第18話 石灰吟

 程玄村てい・げんそんは腕を紫禁城に向けて拱手した。

「今生陛下は北京城をさらに堅固かつ美麗になさる」

次に淑雪と璚璚に厳しい眼を向けた。

「ゆえに事故も無くならない。お前たちは必ず一人前になってもらう。研鑽を積むのだ。途中で投げ出せば、女の恥の上塗りとなろう」


 あとを任せられた二人は手当の仕上げにかかった。璚英が問うた。

「さっき木片を取ってた時、何を念じていたの。薬王娘娘やくおうにゃんにゃんの経文?」

「違う、千錘万撃出深山せんずいばんげきしゅつしんざんよ」

 淑雪の声が低く流れた。于謙の若かりし頃の「石灰吟せっかいぎん」と題した詩が夏空に詠まれた。

 

 千錘万撃出深山 山深くから千万ののみつちで掘り出され

 烈火焚燒若等閒 激しい火に焼かれて石灰が成るように

 粉骨碎身全不怕 身が砕け、骨が粉になるのを恐れない

 要留清白在人間 この世に清らかさと正しさを留めておくために


 淑雪は注意深く鎮痛の経絡を押しながら言った。

「今、『粉骨砕身全不怕』の七文字が私を支えている。私の志そのものだから。詠じると怖さを忘れて力が湧くわ」

「あなたでも怖いものがあるのね。父の七言絶句が役立つなんて羨ましい」


 手当を受けていた男がうっすら眼を開けた。

「お前たちは学のある医女だな。わ、私はこれでも国子監こくしかんにいたことがある。一族が誣告ぶこくを受けてこの有り様だ。この世に清らかで正しいことがあるんなら、一族の潔白の証しがどこにあるか教えてくれ。陥れられたんだ……汚い奴らに。汚い奴ら……」

 男の眼に泪が溜まっていた。


 元十三げん・じゅうさんが来て、この患者は獄舎で治療を続けると告げた。

「お前たち、私と程副使の薬王箱を運べ。転ばずに戻ったら副使が喜ぶはずだ」

弟子入り儀式のことと分かり、二人は互いの顔を見て頷いた。

 程玄村に茶杯を捧げ、弟子入りの儀式はあっという間に済んだ。恵民薬局医生の名札掛けに蔡淑雪と于璚英の札が加わった。


 劉陽安はまだぶつぶつ言っていた。

「あの女二人を足しても一人前にならん。程副使、弟子にしたところで医女を嫌う民も多い。恵民薬局は女の明節を汚すと誹りを受けかねん。蔡淑雪は元女道士というし、于璚英は夫も子もあるのに、よくも男の恰好で走り回れるものだな。太医院に知れたら、また悶着が起きるぞ」


 程玄村は「まぁまぁ」と診療記録を留める筆を置いた。

「蔡姑娘は道士になる前に五年間、しっかり修行している。一定の腕の持ち主です。半年先の試験に合格なら医生から医士にしていいくらいだ。事故現場でも落ち着いていた。于璚英は夫の許可があります。夫の名は朱驥しゅ・き錦衣衛きんいえいの副千戸で硬骨漢で知られる男です」


「硬骨漢が妻を家の外に出して平気か? 親たちは止めなかったのか?」

「朱驥の両親は他界し、今は于家に居を構えています。実質、于家の婿です」


「于家の方はどうなんだ」

「父は先帝の信任篤く、山西省と河南省で巡撫じゅんぶを務める于謙う・けんです。于璚英の独学癖を正す必要はあるが、胆力は充分。今日は怪我人の耳を引っ張ってやりこめたほどで」

于謙う・けんは三月から巡撫の任を解かれ、獄に収監されたと聞くぞ。先は分からん。二人が問題を起こしたら、私は大使の権限で追放するぞ。肝に銘じておけ」

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