第17話 事故現場
やがて広い東長安街を横切り、官庁街の最東端に建つ翰林院を玉河の向こうに見て、さらに南へ。翰林院の端で玉河中橋を渡り、右に折れて江米巷を西へ。江米巷の北側に居並ぶ塀の向こうは六部を含む文武官の世界、すなわち大明皇帝のために存在する巨大官衙だ。
その真ん中にある大明門前は棋盤街がひらけていて、正方形の広場に軽食の露店や文物の出店がひしめいていた。
再び程玄村の大声が人垣を薙いでいく。
「我らは恵民薬局だ! 怪我人が大勢いる、通してくれ!」
彼はちらと振り返り、淑雪と璚英の姿を確認した。恵民薬局の白い制服をきちっと身につけた二人の表情は引き締まり、過酷な現場に向かう覚悟が見えた。
「よく付いてくる、男に引けを取らん」と感心する。だが今日の現場で腰を抜かそうものなら失格を言い渡す。そう決めて連れてきた。
基盤街を南北に横切った先は北京城の城壁が四十尺(約十二メートル)の高さにそびえたつ。皇族専用の正陽門上の望楼修理中に、足場が壊れて落下していた。辺りの土埃はいまだ舞い上がったままだ。珍しく風が止んでいるのだ。
十数人の負傷者が土と血にまみれ、板の上に並べてあった。石畳に血溜まりや汚物が散らばり、塗料の臭いと混ざるさまに、淑雪は思わず息を止めた。隣では露天商が散らばった筆と文鎮を拾いながら、惨事に毒づいている。
「片付いてくれねえと商売にならん!」
ベテラン外科医、元十三がてきぱきと処置を指示し、医士や医生たちが治療にかかる。
程玄村は淑雪と璚英を呼び、頭と肩を切った若い男の応急手当の補助に加えた。
「英児は布で圧迫して頭を止血! 雪児は肩の傷口から木片を抜く!」
患者は落ちた衝撃で脳震盪を起こしていたが、ふと意識が戻った拍子に目の前の若者が女と気づき、驚愕した。
「女だ、女だ、女の医者は糞喰らえだ! 私は殺される!」
璚英は男の無事な方の耳をぐいと引っ張った。
「喚くと頭の血が全部出るわよ。大人しくしてないとこうしてやる!」
耳たぶの凹みの二か所を細い棒で交互にぐぃぐぃと突いた。男は小さい悲鳴をあげ、口を閉ざした。
程副使は「飴と鞭か」と止血の粉薬を男の頭に当てた。
「于璚英は男に生まれるべきだったな。痛点と痛み止めの経絡を同時に使う度胸は認める。が、私から見れば少々時間差が欲しいところだ」
淑雪は指先を血に染めて、木片をあらかた取り出した。ひきしめた口元が小刻みに何かを唱えていた。グッと眼を開き、副使に顔を向けた。
「程老師、細かい木片は肉が盛り上がる時、表面に出るでしょうか」
「付きっきりで診てやれるならそれでいいが、その保証はない。英児、代わってやってみろ。蔡は痛み止めの経絡だ、分かるな?」
「はい、会宗と支溝、液門を試します」
「顔が青いぞ、姑娘」
「ここは日陰ですから。程老師」
「老師と呼ぶのは薬局に戻ってからだ。お前たちから茶礼を受けると決めた」
淑雪の唇の端がかすかに上がった。血の薫りの中で、正式の医生になる許可を得たのだ。




