第16話 試練の日
彼女の声は次第に熱を帯び、大音声になっていた。程副使が「分かったから落ち着け」と手を上げた。
「その威勢の良さは医生になって発揮してくれ。どうだ、劉大使。蔡姑娘は逸材で、于璚英は粗削りだ。見習いを十日やって音を上げなければ医生にするというのは」
おおっと周囲の医士たちがどよめく。劉大使は頷いた。
「お前の下につけるから、座学から出張現場まで広範に経験させてやれ。それと男装は続けさせろ。呼び名は英児と雪児だ」
于家では冕と朱驥が覚悟を決めていた。獄中の父に璚英の行動を告げるのは少々気が重い。さりとて秘密にして済む話でもない。冕は「妹のことが悩ましいか?」と問うた。
朱驥は首を振り、短く揃えた顎鬚を撫でた。
「彼女は手帕の交わりを得て、ようやく岳父殿の愛娘から私の妻になったようです」
冕は尻の座りが良くない。朱驥の顔は冕を字で呼んだ。
「景譫、妹の心配は無用になった分、嫁御と娘たちに心を傾けられるでしょう」
冕は字で呼ばれ、何やら安堵と喜びが混じった顔になった。
「妹夫にそう呼ばれるのも悪くない、尚徳」
今度は朱驥が字で呼ばれて、気を良くしていた。
「蔡姑娘は本当に好い娘だ。両親も師傅も亡くしたが、天が味方したか、天が与えた試練に勝ったかだ」
「ところで、父に何と切り出そうか」
「小細工なし、単刀直入がいい。岳父も獄舎では家族のことで叫んだりしないでしょう」
「そうだろうか……」
二人は淑雪と共に于家の住人になった夏児がもう少女たちの中に入って、遊びに興じる姿を見遣った。
「尚徳、錦衣衛を動かして問題なかったのか」
「どうにでも罪状になる事案です。道禄司は汚職の罪で二人を免職して終り。しばらくは大人しいはずだ」
五月の端午節句の前日は璚英と淑雪の見習い期間最後の日となった。
午の刻始め、医士たちは薬王箱を手に役所から飛び出していく。淑雪と璚英は一隊の最後尾についた。今日が見習い期間最大の難関になる予感がした。行く先は北京城の南城壁の工事現場だ。事故で賦役囚人が多数大怪我をし、工部の官吏が恵民薬局に救援を求めたのだ。
淑雪は息を吐き、于謙の『石灰吟』の第三句で自身に活を入れる。
「『粉骨砕身全不怕』(身が砕けようとも怖れるな)」
隣で璚英が第四句を続けた。
「『要留清白在人間』(世に清く正しいことを留めるため)。行こう、淑雪」
恵民薬局は皇城東城壁のすぐ外側の保大坊にあった。裏門は皇城の城壁に沿う火講河畔街に面していた。そこを南下し、皇城の東安門前を過ぎて南薫坊に入ると、街路はぐっと狭くなる。
程玄村が先頭で「道を空けろ!」と怒鳴っている。淑雪と璚英の背中は汗ばんできたが、息はまったく乱れてない。




