第14話 恵民薬局
十日を待たずして、二人は男装で恵民薬局の門を叩いた。
その頃、北京の医者は大別して三種あった。良医と館医と遊医だ。
良医の最たるものが皇帝と後宮の妃の診療を担う太医院だった。そこは医師の養成所でもあったが、代々医業に携わる医戸出身者のみが入学していた。
また各王府の良医所は王府の皇族のみを診療した。いずれも医術に精通した名医として名声は高かかった。
遊医とは鈴を鳴らして路上で庶民相手に診療したり薬を売ったりする医者で、時には客寄せの口上や技を披露する者もあり、完全に江湖(民衆)の医療者である。
そして、館医は賑やかな大街に診療所を構え、患者が来るのを待った。
そんな中、恵民薬局はれっきとした国の機関だった。
太医院の監督を受けるとはいえ、診療相手は北京城内外の庶民、軍人、囚人、職工、貧者、被災民だ。時には勅命のより北京城内外に臨時の診療所や薬剤配布所を設けることもあった。
紫禁城を取り巻く皇城周辺の官庁で、もっぱら民に開かれた公的医療機関はここだけと言っていい。医師の養成は太医院の医生がエリートコースなら、恵民薬局のそれは叩き上げに等しい。
璚英と淑雪を一瞥した劉陽安大使(局長)はにべもなく「帰れ」と手を振った。
「女子は要らん。家で縫物でもしてろ」
璚英は素早く拱手し、立て板に水の如く、大音声で決意を述べた。
「怖れ多くも洪武帝の御代から五十年のうちに、朱子学は女を家に閉じ込めるようになりました。官吏たる男たちが規範の教えを徹底的に崇めたため、今上陛下のお膝元の北京では、医戸に生まれた女でさえ女医になれません。多くの才能が生かされず、塵の如く散るのは、これ大明の大いなる損失にございます。
私、于璚英は浅学の身を社稷のために捧げると決心しました。医生となり、粉骨砕身いたす覚悟で参りました。入学試験をお願いいたします」
彼女がこれほど大声の持ち主と、淑雪は知らなかった。腹の底から出た声は恵民薬局の門から奥の広場にこだまし、医士や医生たちは何事かと振り返った。が、劉大使は取り合わず、門番に二人を追い出せと命令した。
女の大声に誘われたのか、副使(次長)の程玄村が現れた。
「もう一人の口上がまだだ」




