見知らぬ男の正体は?
それからも、毎晩アルティアの亡霊は現れ俺を襲って来た。そんな日々が続いて行く中、俺は刻々と衰えていく。
レ二はそんな俺を見て心配しながらも悩んでおり、段々と彼女との会話も減っていく。
そんな状況でも食事を作ってくれるのだが余り食べる事が出来ず痩せ衰えていった。
その事に対しても俺はレ二に罪悪感をおぼえていく。
そんな中、ある日の午後に俺を訪ねに来客が来たとレ二が言う。
「マルス……貴方にお客さんよ……」
「えっ? 俺に……客?」
レ二の言葉に俺は首を傾げる。一体、誰だと思いながら部屋に入ってきたのは1人の見知らぬ中年男性であった。
顔のつくりも、どこといって平凡な風貌で何処にでもいるような顔だった。その人物の顔を見ても誰だか思い出せないのである。
「失礼ですが……どちら様ですか?」
「私ですよ……マルス……」
男は俺に答える。その声を聞いても誰なのかは思い出せなかった。すると、男は笑いながら言う。
「どうしました? 忘れましたか? 勇者が魔王と聖女を聖剣で刺し殺した事を……」
その言葉にハッとする。何故、この男はあの出来事を知っているんだ……。
「何故……知っている?」
俺は警戒しながら尋ねる。すると、男は笑いながら言うのであった。
「知らない人間の体では無理もないでしょうね……実は 私は魔王に憑いていた悪魔ですよ」
「!?」
その言葉に驚愕する。まさか、この男が自分の正体は悪魔だと言う。
俺は、その言葉に頭の中が混乱し動揺を隠せずにいた。いよいよ俺の頭もおかしくなったのか……。
「ふふふ……マルス……私は魔王の目を通して、お前の行動を見ていた」
「何だと?」
男の声の音色や口調が変わり低く重く、人間の声帯では無理な響きを帯びる。
彼の口からは場の空気が震える様な感じで言葉を発し始める。それは、アルティアを魔王と一緒に刺したのは己の意志で刺し殺したと……。
「あれは、神が企てた筋立てだ……」
「えっ!?」
男の言葉に俺は混乱して動揺する。俺が聖女を刺したのは神の演出だと言うのか……。
「お前を勇者に選び、アルティアを聖女に選んだのも筋書の一部だ」
「な……何で……」
その言葉に愕然とする。俺の行動もアルティアの行動も神に操られていたなんて……。
悪魔は絶望感に浸る俺を見て愉快そうに言うのであった。
「今回、神は……勇者が魔王と一緒に聖女を手に掛けるというシナリオをご所望していたのだ」
彼の言葉に更に愕然とする。神が俺達の行動を操り、シナリオ通りに動かしたと言うのである……。
「神が俺達や魔王を操って何が楽しいんだ……?」
俺は怒りを込めて悪魔に言う。しかし、彼は冷ややかに笑いながら答えるのであった。
「神の考えは我とて半分も理解しておらぬよ……我も神から造られた存在だからな」
悪魔が喋っている間に俺は壁に立てかけてある聖剣アストラル・ソウルに目をやる。
彼は俺の視線から聖剣を見ているのを感じ取り言う。
「聖剣を手にしてどうする気だ? 我を刺しても、この男を殺すだけで直ぐに復活する。斬っても意味がないぞ」
「……何!?」
悪魔の言葉を聞いて俺は驚愕する。こいつは斬っても憑いた相手が死ぬだけで、悪魔自身には何の影響もないらしい……。
「聖剣を手に取れば聖女に対して憎しみや殺意が湧いてきただろ? それは聖剣も神の目的を遂行するために、お前の心に語り掛けていたのだ」
「えっ……?」
その言葉に俺は言葉を失う。聖剣も俺の心を操作してアルティアを殺すように差し向けていたのだ……。
「しかし、聖女の破綻した性格を怪しいと思わなかったのか?」
「何……」
悪魔の言う事に俺は何も言い返せない。確かに、アルティアは聖女と言うより狂人そのものだ……。
彼女の行動を思い出すと奴の言う事が腑に落ちたのである。
「人間が神と対話すれば、その人間は精神を正常に保てる筈がない。アルティアは神の声を聞いてから心が壊れてしまっていたのだ」
「……」
奴の言葉に俺は愕然とする。彼女は神と対話して精神が耐えきれず、あんな支離滅裂な性格になったのだ。
俺はアルティアの境遇に憐れみさえ感じる。彼女は神の声を聞かなければ真っ当な人生を送れたかもしれない……。
悪魔はそう説明すると俺を指差して言う。
「次はお前の呪いに、ついてだ……」
「俺を蝕む呪いも神によるものか……?」
俺の問いに対して悪魔は含み笑いを浮かべると口を開く。
「そうだ……お前が聖女を聖剣で刺し殺した時から神の呪いが発動した」
「……くっ」
俺は絶望感に打ちのめされ、その場に膝から崩れ落ちるのであった。
悔しくて涙が出そうになるが必死に堪えた。そんな俺の様子を見て悪魔は満足そうに笑う。
その時、ふと疑問が湧き上がるのであった。そして、奴に向かって疑問を問う。
「何故……悪魔が俺に呪いの事実を知らせるんだ?」
俺の問いに悪魔は笑みを浮かべて言う。
「それは……お前に神から選択を与えるよう言われたからだ……」
「選択……?」
奴の言葉に疑問を浮かべる。すると、悪魔は服のポケットから血の様なドロリとした赤色の液体が入った小瓶を取り出す。
「お前に選択を与えよう……このまま衰弱していき死んでいくか、苦しまずに死ねる薬を飲んで死ぬかをだ……」
「!?」
悪魔の言葉に俺は言葉を失う。このまま、衰弱して死ぬか薬を飲んで安楽死するかの選択肢だ。
奴の問い掛けに俺は考えを巡らせていた。簡単に決められるものではない。
それは自分の運命を自分で決める事であったのだ……。
「さあ、受け取れ……後でじっくり考えてから決めろ。神も急いではいない……さらばだ、2度と会う事はないだろう」
悪魔はそう言うと小瓶を俺に向かって手渡す。そして、そのまま部屋から出て行ったのであった。
俺は奴から渡された小瓶を手にする。この選択が今後の俺の運命を決めるのである……。
悪魔が去ってから、俺は寝室で1人で考えていた……。
このまま、衰弱していき寝たきりになって死ぬのは嫌だ……しかし、安楽死の薬を飲んで簡単に死ぬのも嫌だ……。
俺は、どちらを選択を選んでも神の筋書き通りになるのが悔しくて憤慨していた。
「マルス……」
背後からレ二が声を掛けてくる。彼女は心配そうな顔で俺に近付いて来ると、ベッドの脇に立ち俺に向かって言うのであった。
「……来客は誰だったの?」
「……悪魔だ」
「えっ……?」
彼女の質問に俺は静かに答える。それを聞いたレ二は驚き言葉を失ってしまうのであった……。
「冗談だよ……」
俺は心配させまいと咄嗟に嘘を言う。しかし、彼女は真偽を問うように俺の目を真剣な表情で見詰めるのであった。
「旅の間……世話になった事があった人で、昔話をしていただけさ……」
適当に嘘を言って誤魔化すと、彼女は少し安心したのか胸を撫で下ろす。
「マルス……貴方も疲れている様だから、今日はゆっくり休みなさい」
レ二はそう言うと、俺の体を気遣って寝室から出て行くのであった。
今後の事を考えていると突如、俺の頭の中に低く重い言葉の響きが断片的に聞こえてくる。
『……選べ……呪い……解放……どちらかの……死を……』
「なっ!?」
俺は慌てて周りを見渡すが誰もいない。それはまるで頭の中に直接話し掛けているようであった。
「神の声……!?」
呪いによる幻聴だと思ったが、どうやら違うようだ。その声は俺の心を揺さぶる様に重く響き渡っていたのであった……。