夢の中の聖女の亡霊
「……うっ?」
気が付くと目の前には見知った天井が映る。窓から差し込む朝日で室内は明るく照らされていた。
どうやら、あのまま気を失ってしまったようだ。しかし、鏡で確認すると首には絞められた跡が薄っすらと残っている。
夢ではなく現実に起こった事実に恐怖する。
「アルティア……」
俺は、彼女の名を呟き鏡に映る絞め跡を言葉を失いながら見つめるのであった……。
それから暫くしてレ二が寝室に入ってくる。彼女は俺の様子を見ると心配そうに声を掛けてくる。
「マルス! もう起きた?」
「ああ……起きてるよ」
無理に微笑みながら答えると、彼女は安心したように胸を撫で下ろすのであった。そして、ベッドの横にある椅子に俺は腰を掛ける。
すると、彼女は俺に向かって話し掛ける。
「……ねぇ、マルス……昨日の夜の事だけど……部屋に誰かが居たの?」
「……」
俺は無言で彼女に何を話したらいいか思い悩む。レ二は俺の沈黙を見詰め、暫く考え込んだ後に口を開く。
「レ二……信じて貰えないかもしれないが……俺は聖女の亡霊を見たんだ」
「えっ?」
昨日の出来事を正直に答えるとレ二は驚き戸惑う。無理もない、いきなり亡霊の話をされても困惑するに決まっているからだ。
昨夜の件を彼女に詳しく説明する。夜中に突然アルティアの亡霊が現れた事や彼女から首を絞められた事などを話したのだ。
それを聞いた彼女は複雑な表情を浮かべるのであった。そして、ゆっくりと口を開く。
「そう……そんな事があったんだ……」
「……俺自身も少し気がおかしくなってきてるのかもな……」
俺は自嘲気味に笑って答えると、彼女は真剣な眼差しで俺を見て言うのであった。
「気が違ってなんかないわ!だから安心して……」
「レ二?」
彼女は力強い声で俺に言う。その声は慈愛に満ちており優しい口調で語りかけるのであった。
「……有難う」
レ二の言葉に俺は救われた気がした。そして、心の底から感謝の気持ちを伝えたのである。
そんな俺の様子を見て彼女は安心したのか微笑むと立ち上がり朝食の準備を始める為に部屋から出て行くのだった。
窓の外を見ると太陽の光が眩しく少し目が痛いくらいに感じた。
今日も新しい1日が始まる……体の衰弱とアルティアの亡霊と共に……。
それから1日を過ごし夜になる。寝室には俺だけが残っておりレ二は自分の寝室に入っている。
俺は床に就くとアルティアの事を考えていた。何故、彼女は昨夜から喋り出したのか……?
そして、恨み言を言い俺の首を絞めてきた事が気掛かりであった。
しかし、いくら考えても答えが出る事は無かった。そして、いつの間にか意識が遠くなるのであった……。
その夜に夢を見る。夢の中で俺は仲間達と一緒に冒険していた。
ロアンが笑いながらグリントの隣で話し掛けて来る。グリントは仏頂面のまま何かを言っている。
そして、オーガストもニッコリしながら彼等の掛け合いを聞いていた。彼等は楽しく会話しながら冒険を続けているのであった。
俺の隣にはアルティアが微笑みながら一緒に歩いている。彼女は俺に向かって何か言うのであった……。
「マルス……貴方は勇者で私は聖女……共に神に選ばれし存在……」
アルティアは俺に言い足音を立てながら歩いている……。
「だから、貴方は私と共に歩まなければならない……」
少しして、彼女の足音が聞こえなくなるのに気が付くと彼女は俺の耳元に向けて呟く。
「ねえ……どうして、あの夜……私を拒んだの?」
「!?」
俺は、その呟きに驚いてアルティアの顔をまじまじと見る。その顔は見る見る内に肌は青白くなり、血の涙を流していたのである。
口元は笑っているが憎悪に満ちた目で睨んでくる。
「マルス……どうして……私を殺したの……」
アルティアは俺にそう言うと、徐々に顔を近付けてくる。
そして、空が暗転し始めると周りの草木が枯れ仲間達の声が聞こえなくなり周りの地面が裂けて崩れていた。
「……俺は……」
俺は言葉に詰まっていると、彼女は顔をどんどん近付けてくる。そして、耳元で囁くのであった。
「何故拒んだ……何故殺した……何故信じなかった……」
逃げ場がない状況で、彼女は血だらけの顔を更に近付けるので手で彼女の胸を押し返そうとする。
すると、触れた胸から血が滲みだす。俺が聖剣で貫いた部分であった……。
「マルス……死になさい」
彼女は血だらけの顔で邪悪に微笑みながら言う。そして、俺の首に両手を回すと徐々に力を入れていく。
「ううっ!」
抵抗しても振り解く事が出来ず必死に抵抗するが、段々と力が抜けていき意識が遠退くのであった……。
俺は、その瞬間ベッドから飛び起きる。そして、夢を見ていた事に気が付いたのであった。
「……はぁ……はぁ……」
額には汗が大量に流れ息が乱れていた。俺は額に手を当てながら呼吸を整える。
するとレ二が俺の呻き声を聞きつけたのか部屋に入って来て心配そうに声を掛けてきた。
「マルス……大丈夫?」
彼女は部屋の灯りを灯すと俺の姿を見て驚き駆け寄って来る。
「どうしたの!?」
「いや……悪夢を見ただけだ……」
彼女の問いかけに俺は悪夢を見たとだけしか言葉を発するしか無かったのである……。
アルティアの悪夢を見出してから数日が経過したが、俺は段々憔悴していきレ二から心配されるのであった。
「マルス……体の調子が悪くなってきてる」
どうやら、俺は毎日の様に寝言を呻き続けているようだ。聖女の亡霊が枕元に立つ代わりに夢の中に現れるのである。
しかも、彼女が現れる度に俺は首を絞められて、その衝撃で夜中に目が覚めてしまうのであった。
それが証拠に目の下に隈が出来、頬がやつれてきているのだ……。
「無理はしないでね……」
レ二は心配そうな表情で言う。しかし、俺は首を縦に振る事しか出来なかった。
そして、また1日が終わり夜を迎えるのである。
その夜もアルティアが現れる夢を見ていたのだが、いつもと様子が違っていた。
夢の中でアルティアは俺に跨り首を絞めてくるのであった。
「マルス……この恨み必ずや晴らしてやる……」
彼女は憎しみに満ちた顔で俺を見下ろしながら言う。その瞳に光は無く完全に憎悪に支配されていた。
「……うぐぐぐ」
俺は必死に彼女の手を振り解こうとするが、次第に息苦しさで意識が遠退き始める。
夢の中で意識が無くなったと思ったら、今度は現実に意識が戻されるのであった……。
「……マルス!」
レ二は俺の苦しむ声を聞きつけ、すぐさま部屋に入って来て心配そうに声を掛ける。俺は肩で息をしながら呼吸を整えるのであった。
「はぁ……はぁ……」
「マルス!大丈夫!?」
彼女は心配そうな顔で俺の頬に触れてくるが、俺は手で払い除けた。そして、彼女に対して怒鳴るように言う。
「触るな!!」
「っ!?」
俺の怒声に彼女は驚き手を引っ込める。その行動を見て俺はハッと我に帰る。
「す……すまない……レ二」
慌てて彼女に謝罪する。すると、彼女は首を横に振り優しく言うのであった。
「気にしないで……」
そして、俺の体を気遣って寝室を出ていくのであった。
レ二が出て行くと俺は彼女に対する罪悪感からか頭を抱えて悩み始める。
「俺は……どうなってしまうんだ……」
アルティアの亡霊は毎晩現れ、俺の首を絞めてくる。そして夢の中では憎悪に満ちた表情で俺を睨みながら恨みの言葉を吐いていた。
しかし、俺にはどうすることも出来ない。絶望を感じつつ今夜を過ごすのであった……。