襲い掛かる聖女の亡霊
「マ……ル……ス……」
「……アルティア?」
俺は彼女の掠れた声が耳に入り視線を向ける。すると、アルティアの亡霊は真っ青な顔で口から血を流しパクパクと動かして何かを伝えようとしていたのだ。
「ど……して……ころ……の……?」
彼女は消え入りそうな声で俺に言うのであった……。
聞き取れないアルティアの言葉に驚き俺は眉間にしわを寄せ何とか聴き取ろうとする。彼女は再び弱々しい声で俺に言う。
「……どう……して……私を……殺した……の……?」
「!?」
彼女の言葉に俺は衝撃を受け、心臓の鼓動が早まるのを感じた。そして、自分が今見ているものが現実なのか幻覚なのか分からなくなるのであった……。
アルティアの怨嗟の声に固まっていると、彼女は再び同じ言葉を発する。
「どうして……私を……殺したの……?」
アルティアは恨めしそうに俺を見つめながら同じ言葉を言う。その目は呪い殺してやると言わんばかりに憎悪に染まっていた。
彼女の言葉に動揺を隠せず狼狽えてしまう。そして、思わず彼女に向かって叫ぶのであった……。
「違う!! アルティア……俺は……!」
俺が叫び声を上げると暫くしてバタンとドアを開ける音がする。
レ二が叫び声を聞きつけ寝室に駆けつけて来たのだ。
「マルス! どうしたの!?」
彼女は慌てて俺の元に来る。俺は荒い呼吸のまま彼女を見つめて呟くように言うのであった。
「レ二……アルティアが……」
「……えっ?」
彼女の名を口にし枕元を凝視するとレ二は不審の目で、その方を向くのであった。
しかし、彼女にはアルティアは見えていないのか、眉をひそめて首を傾げるのであった。
レ二は暫くの間アルティアがいた場所を見つめていたが、何も見えないと分かると俺の方を見て心配そうに声を掛ける。
「誰も居ないわ……大丈夫?」
「ああ……そうだね」
俺は掠れた声で答える。そして、呼吸を整える為に大きく深呼吸をするのであった。
やがて息が整うと落ち着きを取り戻して彼女に話し掛けるのであった。
「……レ二、すまない」
「いいのよ……もう落ち着いた?」
彼女は優しく微笑んで俺の頬に手を当て気遣ってくれる。俺はその手に自分の手を添えて静かに言う。
「有難う……レ二……」
「いいのよ、気にしないで」
レ二は微笑みながら答えると俺の頭を優しく撫でてくれるのであった。
俺はその優しさに心が安らぎ穏やかな気持ちになる。そして、暫くの間彼女の温もりを感じるのであった。
「おやすみマルス……」
彼女は優しく俺に言う。俺は彼女に向かって静かに答えるのであった。
「ああ……おやすみ」
そして、レ二は部屋から出て行き俺は再び床に就くのであった……。
アルティアの恨みの声……あれは幻覚だったのか? それとも現実だったのか……?
そんな疑問を頭に浮かべながら、俺は灯りを消し目を瞑り眠りに就こうとしたが先程の件で中々寝付けずにいた。
すると突然、女の声がしたのであった……。
「マ……ル……ス……」
俺は驚き目を開けて起き上がり辺りを見渡す。だが、部屋には俺1人しかいない……。
「……?」
気のせいか……? そう頭をよぎったが、恐怖を感じベッドから起きると窓を開けて外を眺める。
しかし、月明かりが照らす暗闇の世界には人の気配は感じられなかった……。
すると今度は女の甲高い不気味な笑い声が俺の耳に響き渡るのであった。
「あひひひひひひ……!」
「……!?」
その笑い声は部屋中を駆け巡り、俺は耳を押さえながら周囲を見渡す。
しかし、やはり部屋を見渡しても俺1人しかいない……。
「マルス……」
再び女の声が俺の耳に届くと、今度は耳元で囁かれたのであった。そして、声がした方へ恐る恐る振り返るとそこには青白い顔をした血だらけのアルティアがいたのだった……。
「……アルティア!」
俺は彼女の名前を言う。すると彼女は感情のこもっていない目で不気味に微笑みながら立っているのであった……。
「マルス……私の永遠の……勇者よ……」
アルティアは俺の首に腕を回しながら耳元で囁く。俺は恐怖で体が固まり動くことが出来ない……。
そして、俺の耳元で囁いてくる。
「覚えてる……ラマデの町の宿屋で……私が貴方の部屋に……来た時を……」
「……」
彼女は俺を抱き締めながら言う。その感触は冷たく生気が感じられなかった……。
「マルス……あの時……私を……拒んだのよね……」
アルティアはラマデの宿での話をする。あの夜、俺は彼女を拒絶した。
彼女が部屋に入ってくるなり、神のお告げが降りたと言い俺を誘惑してきたのだ。
『先程、私に神託が降りました……神は貴方に抱かれなさいと言っています。これは神の導きなのです……』
彼女はそう言うと神官衣を脱ぎ捨て下着姿を俺に見せるのであった。
アルティアの体は肉感的な体ではないがスレンダーで、妙に妖艶な雰囲気を漂わせていた。
俺は彼女の姿に思わず生唾を飲み込み凝視してしまう。そして、アルティアは俺に近付いてきて耳元で囁くのであった。
『マルス……私を抱きなさい……』
『!』
俺はその言葉に驚き彼女を突き飛ばすと慌てて部屋を飛び出し外に出て行ってしまったのである。
たまたま、同室者のグリントが酒場で遅くまで飲んでいたので目撃される事は無かったが、それから彼女の俺への当たりは強くなっていった……。
過去を、ふと思い出し俺は身が縮む思いをしながら震える手で彼女の肩を摑む。
「アルティア……何で、死して俺の前に現れる……」
俺が、びくびくしながら尋ねると彼女は血だらけで黒髪を垂れさせながら顔を不気味に歪ませて笑うのであった……。
「ひひひ……マルス……私は……許さない……」
「ひっ!?」
アルティアは増悪に満ちた冷笑を浮かべると血だらけの顔で俺にゆっくりと顔を近付ける。そして、俺の首に手を回して締め付けたのであった……。
「ぐっ……アルティア……」
俺は彼女の腕を掴んで抵抗するが、その力は強く振り解く事が出来なかった。
そして、彼女は俺の耳元で囁く。
「マルス……貴方も……死になさい……」
彼女はそう言うと首を絞める力を強めて俺を窒息させてくるのであった……。
「ううっ!」
アルティアの手の力はどんどん強くなり、意識が遠くなってくる……。
薄れ行く意識の中で、彼女の手を必死に解こうとする。だが、努力も空しく締め付ける力は強くなり憎しみに満ちた目で睨みつけているのであった。
俺の意識はここで途切れる事になるのであった……。