聖女の人格
ロアンは冒険の思い出話の中でアルティアの振舞いが気に掛かっていたようで、思い出したかのように話題に出す。
「そう言えば……アルティアってさ……傲慢で棘があったよね」
「ああ……そういう性格だからな……」
俺が同意するとグリントも彼女の性格を非難するように話に加わる。
「確かに、あやつは己の事を神の代弁者として神格化していたな」
「……その事で、皆には喋ってないけどアルティアから盗人扱いされていたんだよ」
「えっ!?」
俺は驚いた表情で彼を見詰める。そんな事は初耳だったからだ。そして、グリントも眉を顰める。
「それは本当か?」
「ああ……おいらはアルティアに『私の大事なペンダントを盗ったでしょ』って、面と向かって言われたよ……」
「お前のせいにされたのか……」
彼の告白に俺とグリントは言葉を失うのであった。しかし、その事に対してロアンは苦い顔をする。
「アルティアは、おいらの事を全く信用してなかったんだ……後から彼女の荷物入れに入っていたのに気が付いたみたいだけど謝罪すらなかったよ」
「確かに、あやつの性格だとプライドが邪魔して謝らないだろうな……」
グリントが頷くと、ロアンは暗い表情になり言葉を詰まらせる。そして、溜め息を吐くとアルティアに対する気持ちを吐露し始めるのであった。
「おいら……彼女の事は最初、慈愛に満ちた高潔な女性だと思ってたけど、一緒に旅をする内に段々印象が変わっていったよ……」
「どういう風に?」
俺はその理由を問うと彼は遠い目をして答える。
「アルティアは、自分の価値観が絶対でありそれを他人にも強要するんだ……だから、彼女は仲間の事を顧みず自己中心的な行動や支離滅裂な言動をするんだよ」
「……俺もよくなじられたよ……」
「おいらもアルティアによく怒鳴られたな……『このろくでなし!』ってね」
そしてロアンは肩を竦めて自嘲気味に笑い過去を懐かしむのであった。
彼はハーフリングと言う種族であるので元々陽気で人懐っこい性格なのだ。だが、そんな性格でもアルティアの滅茶苦茶な行動に我慢ならなかったのであろう……。
「アルティアは本当に聖女の器だったのか?」
グリントは不思議そうに首を傾げ独りごちると、ロアンが思い出したように答える。
「覚えてる? 魔王城で地下に落とされて、おいらとグリント、アルティアの3人とマルス、オーガストの2人に分断して進んだ時があったのを……」
「ああ……そんな事があったな」
グリントも思い出し頷く。敵の罠で魔王城の地下に落とされた時、離れ離れになり分断した事を懐かしむように思い出していた。その時の出来事をロアンが説明を始める。
「……あの時さ、罠だらけの通路をアルティアは『神の啓示』と言って、おいらが罠を探知しようとしたら罠は無いと言い張って進むんだよ」
「罠だらけの通路をか?」
俺は思わず聞き返す。
「……そう……しかも、彼女が床のスイッチを踏んで矢が飛んできて、おいらの肩に当たったんだ……おまけに、毒矢だったんだ、最悪だよ」
ロアンはその時の事を思い出し苦笑いする。
「あの時は焦ったな……体が痺れて目の前が暗くなっていき死ぬかと思ったよ。まあ、アルティアが渋々、解毒魔法を掛けてくれたけどね……」
「あの時、アルティアは神の加護のお陰で自分には当たらなかったと、ぬかしおった……儂が怒鳴りつけなかったら、ロアンは手遅れだったかもしれんぞ」
「……よく無事に脱出出来たな」
俺は彼等の置かれた状況で無事に生還した事に感心する。しかし、その話を聞いているとアルティアの傍若無人な行動に今更ながら腹が立ってきた。
「マルス……今、彼女の事を考えていたでしょ?」
「分かるか……? 俺も彼女の行動と無茶ぶりに翻弄されて嫌な思いをしていたからな……」
「案外、死んで良かったのかもしれんぞ……生きてたら世界を救った英雄であり、神の声が唯一聞ける聖女としてもてはやされ、周囲を困らせていたかもしれんぞ」
グリントはアルティアの本性を見抜いていたのか、辛辣な言葉を吐き捨てる。そして、彼は更に話を続ける。
「それに……自分の事を神の代弁者と盲信していた節がある……」
「……それは俺も感じていたよ」
「おいらもだよ……あの傲慢でイカれてる性格が災いして、みんな迷惑していたからね……」
彼等の愚痴を聞いてアルティアが如何なる人物だったのか改めて思い知らされた。そして、彼女を手に掛けた事が怒りだけでなく人々の為でもあると思うようにする。
「マルス……お前はどう思っている?」
唐突にグリントが問い掛けてくる。それは聖女が死んで良かったかという問いであった……。
俺は暫し考えて彼に答える。
「彼女は自分の為なら平気で人を利用し、神の声かどうか分からない啓示を強要する……そんな奴は死んでも仕方がない」
「……そうか……」
俺の言葉を受け、グリントは腕を組んで目を瞑る。そして、彼は真剣な表情になり俺に問いかけるのであった。
「マルス……お前の意志で魔王と一緒に彼女を刺し貫いたんじゃあるまいな?」
グリントの問いに俺は心臓がドキリとし、動揺を隠せなかった。その反応を彼は見逃さず、ロアンもジッと見詰めてくる。
「「……」」
「俺は……殺してない! 彼女に振り回されて迷惑をこうむっていても殺すまではしない!」
俺は慌てて否定するが、2人は無言で俺の言葉を待っていた。そして、その状況に耐え切れなくなり彼等に呟く。
「すまないが……気分が悪くなったので先に休ませてもらうよ……」
そう言って、彼等の視線を無視してベッドに横になり布団を被るのであった。
「気分を害したようで、すまんな……儂等は、お前を疑っている訳ではないぞ……」
「ごめんね……見舞いに来たのに変な事を聞いて……」
2人は謝るが、俺は何も答えずにいた。その様子を見て彼等は帰途につくのであった。
帰った後、俺は暫くの間寝付けないでいた。頭の中ではアルティアを殺した事が正しかったと自分に言い聞かせるように呟くのであった……。