解呪できない強力な呪い
「マルス様! 大丈夫ですか!」
倒れた俺を配下達が駆け寄リ抱き起こすと、国王は驚きの表情で俺を見詰めていた。
「陛下……申し訳ありません……。どうやら魔王を退治してから、このような状態に度々襲われておりまして……」
「……なんと、それは大変だ。後で王宮付きの医者に見て貰うよう手配しておけ」
王が心配そうに俺の顔を覗き込み、配下達に医者の手配を命令する。
他の者達も俺の容態を心配しているのが分かる。俺は無理やり皆に微笑んで見せた。
「いえ……大丈夫です……」
しかし、その言葉は皆を安堵させる事は無く、逆に心配させてしまう。
「マルス! そんな体で無理をするな! 医者に見て貰うのが先決だ!」
王が俺の身を案じて体を気遣ってくれているのだが……。その思いも虚しく俺の体は、ますます衰弱していく。
「マルス! 取り敢えず医務室に行って診て貰え!」
「……はい」
こうして、俺は仲間達に支えられながら医務室へ行くことになる。そして、向かう道すがら……。
「マルス……魔王を倒してから調子が悪いようですね?」
「マルスの症状……おいら、心配だよ……」
「大したこと無ければいいが……」
仲間達が心配そうに俺を見てくる。だが、俺は彼らに心配かけまいと作り笑いを見せ答えたのだ。
「大丈夫だよ……」
医務室に辿り着くと医者が慌てて俺を迎え入れる。そして、診察するが原因は分からなかったのである。
しかし、彼は何かを考えているようでブツブツ独り言を呟いていた。すると、彼は神妙な面持ちで告げる。
「マルス様、貴方のお体には、どこも悪い所はないようです……もしかしたら呪いの類ではないかと……」
そう言われ俺は愕然とした。だが、呪いなら心当たりが思いつく。
「呪いですか……?」
「詳しくは分かりませんが呪いであれば神聖魔法の範疇……神殿で聖職者に診て貰った方が判明すると思います……」
「聖職者にですか……」
神聖魔法には呪いを解く“解呪”という魔法がある。だが、それは神の加護を受ける聖職者でないと扱えない高度なものであったのだ。
今の状況で思い当たる節は魔王の呪いか聖女の呪いか……?
どちらにせよ俺は呪いを解くため神殿に行かざる得ないようだ。
「分かりました……神殿に行って調べて貰います……」
俺は解呪の為に神殿へ向かう事にしたのだ。それで、神官から呪いを解いて貰えれば無難に終わると思っていたのである。
そして、結論から言うと俺の考えは甘かったと言う事になるのだが……。
こうして俺は王都にある神殿へ出向く事となった。だが、そこで待っていた事実に打ちのめされてしまうのである。
「結論から申しますと解呪は出来ません……」
「えっ!?」
神殿の大神官から告げられた言葉に、俺は耳を疑い呆然としていた。
「なっ……何故?」
「この呪いは強力な呪いで、とても人の力でもって解呪できるような代物ではありません。聖女アルティアならば、もしかして解呪できたかもしれませんが……彼女は既に亡くなっていますし……」
「そんな……では、この呪いはどうすれば……」
「申し訳ありませんが……私達にはどうする事もできません」
大神官の答えを聞き、俺は絶望するしかなかったのである。そして、彼は俺に同情するかのように言葉をかける。
「マルス殿、お気の毒ですが……我々には神に祈るしか術はございません……」
「……」
大神官の言葉に俺は愕然とし途方にくれたのである。神殿で呪いを解いて貰えると思っていたのに……。
アルティアが、もしかしたら解呪できるかもしれないという事は俺に掛けられた呪いは彼女の呪いなのかもしれない。
彼女は死に際に俺に呪いを掛けたのだろう。そう思わざる得ない状況であった……。
「では、何か……他に軽減できる方法は……」
僅かな期待を賭けて俺は彼に問い掛けるが、大神官は残念そうに首を左右に振るだけだったのである。
「残念ですが……」
「そんな……」
呪いは強力で解呪できないという現実に無力感で包まれてしまう。そして、俺の心には虚無感が広がり始めたのだ……。
それから、暫くして王都を離れ俺は故郷の村に戻る事になるのだが……。
「マルス! 良かった、無事だったのね」
「魔王を倒して英雄になって帰ってくるって信じてたぜ!」
村に戻ると俺の帰還を歓迎し、皆が歓喜の声を上げていた。しかし……。
「……」
そんな皆の歓迎もどこか冷めた目で俺は見てていたのである。この頃は杖無しでは思うように歩けなくなっていた。
王都から村までは王の計らいで馬車で帰還したのである。
そして、村人の歓迎が落ち着いてから、村外れにある自宅へ向かうと可愛いらしい綺麗な村娘が俺の姿を見て近付いて来る。
彼女は幼馴染のレ二で幼少の頃からの付き合いである。
「マルス……魔王を倒したのね! おめでとう!」
俺の姿を目にして涙を浮かべながら抱擁してくる。だが、その温かみも今の俺の心には届かない。
「……レ二」
神から勇者に選ばれて村を離れて行った、あの時も彼女は泣きながら俺を見送っていた。
そして、次に会えたら自分の思いを打ち明けると……そう彼女は俺に告げていたのであった。
だが、魔王を倒しても五体満足な状態で帰って来た訳でないので俺には彼女の気持ちに応える事が出来ない。
「マルス……戻ってきたら、酷い状態だけど何かあったの?」
レ二は俺の抱擁を解くと心配そうに俺の顔を覗き込んできた。そして、俺は少し考え込んだ後、彼女に呪いの事を打ち明ける事にしたのである。
当然、聖女を手に掛けた事は伏せておく事にする。
「レ二……実は……魔王が死に際に呪いを掛けたみたいなんだ……」
「……えっ!?」
俺の嘘を信用して絶句し黙り込んでしまう。彼女の悲痛な目を見詰めると自分の吐いた嘘が痛々しく感じる……。
「……呪いって……解けるの?」
「それが強力なモノで解けないらしい……しかも、どんどん衰弱していき今じゃこのザマだ……」
俺がそう告げると、彼女は泣きそうな表情になり俺を見詰めてきた。そして、彼女は震える声で俺に問い掛ける。
「マルス……私が貴方を介護する」
「……え?」
「貴方の最後まで面倒を見るわ、絶対に!」
彼女の眼差しは真剣そのものであった。俺はただ呆然と彼女を見詰める事しか出来なかったのである。
その日から、レ二は俺の介護をすると言って家に居座るようになったのである。
俺の命が尽きるその日まで、彼女は俺の傍を離れないと誓ったのであった……。