第6話 仮面舞踏会
クビになって自分の家に戻ってからは、なにもヤル気が起きない。
何日もベッドの上でゴロゴロと過ごした。
パーシーからもらった剣を大事に抱きしめながら。
金属の鞘は初めはひんやりとしているが、抱いているうちに体温で暖まっていく。
そのぬくもりを感じると心が安らぐ。
こちらから出向いて、実は私は女です、と言うことも考えてはみたが、それほどの勇気は無い。
以前のような氷の視線で”お前はウソをついたのだな”とか言われたりしたら……。
初めて出会った時、パットを平手打ちしようとした怒りの表情も思い出す。
そもそも、遠ざけられたのだから、こちらから押しかけていくのはとても怖い。
身分差というのもあるし。
なによりも、パーシーに好かれたレイは男なのだ。
この思いも、心のツボに入れてしまい込んでしまおう。
そうすることにした。
そんなとき、父の再就職が決まった。
騎士団の剣術指南役という大変ありがたい仕事だ。
騎士団とつながりのある貴族の方が推薦してくれたということらしい。
もしかしたら、我が家を心配してパーシーが推薦してくれたのかもと思ったが、推薦者はロビンズ侯爵という人だそうで、どこかで聞いたかなという程度の記憶しかない。
父の仕事が決まったので、私は街の剣術教室の先生に復帰した。
パットが尋ねてきてくれないかとも思ったが、それもなかった。
きっと、監視の目がより厳しくなったのだろう。
全ては以前の暮らしに戻った。
◇◆◇
ある日、仕事から帰った父に突然言われた。
「ロビンズ侯爵の舞踏会に出てくれないか」
できるだけ多くの独身貴族、貴族令嬢、令息を集めた舞踏会をやりたがっているから、とにかく行ってきてくれ、ということらしい。
「ですが、着ていくドレスもありませんし……」
「それがな、そういう男女には会場で服を貸してくれて、着付けも手伝ってくれるのだそうだ」
あれ? どっかで聞いた話だ……。
父の恩人ということでは断るわけにも行かず、気晴らしもかねて参加することにした。
◇◆◇
舞踏会当日になり、会場のロビンズ侯爵のおおきな屋敷に行く。
室内に入っていくと、主催者として来る客たちにあいさつしている人がいた。
あっ、エドガー殿だ。
そうか、本名はエドガー・ロビンズ。この舞踏会は以前言ってた花嫁捜しの舞踏会なんだ。
あわてて身を隠した。
ということは、もしかしたら、パーシーも来ているのかも。
期待と不安で胸が高鳴った。
でも、”オレは行かない”と言ってたっけ。
◆
「お嬢様のように、背丈が高いと非常に見栄えがしますね」
髪の毛の色に合わせて、黒をアクセントにした赤主体のドレスを選び、着付けを手伝ってくれた女性に言われた。
少し派手な気もするが、私がフワフワのピンクのドレスを着ても似合わないだろう。
私の剣の強さを表しているような力強い色使いだと一人微笑んでしまう。
だけど、お嬢様と呼ばれたのは何年ぶりだろう。
私だって着るもの着れば、ちゃんと女性に見えるのだ。
胸など出っ張りの足りない部分は詰め物で補正したり、青年に見えかねないショートヘアーは付け毛でモコモコに盛り上げ、ロングにして豪華に見せる。
いろいろと技術を屈指してくれたおかげで、父が見ても私とわからないかもしれない立派な子爵令嬢ができあがった。
でも、こんなに変わったら、もしパーシーが来ていても私とはわからないわ。
いやいや、彼の知る私は男だったっけ。
「お嬢様、どれか一つお選びください」
そう言いながらテーブルの上に並べられた目の周りを隠すようなマスクを指さした。
「今日のパーティーの趣向だそうです」
きっと、”真実の愛は顔の美醜にはないのだ”とかエドガー殿が思いついたんだろう。
同年代の貴族に知り合いがいないわけではなく、今のドレス姿で出会って私とわかったら、”がさつ姫がドレス着てるぞ!”と絶対に冷やかされるので、この趣向は私にはありがたい。
ドレスと髪の色を考えて、濃い紫の蝶のようなデザインを選んでつけてみた。
おかげで、どこの誰だかぜんぜんわからない。
だけど、この姿、色が派手すぎて見方によってはオペラの悪役だわ。
◆
会場に入っていくと、独身の貴族男女ってこんなにいるのかと驚くほど大勢の着飾った男女で賑わっている。
なぜか子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
入り口の右隅に木の柵で囲ったスペースがあり、仲に置かれた木馬やぬいぐるみ、積み木などのオモチャで数人の子供が遊んでいた。
舞踏会に子供同伴? と思ったが思い出した。
この子たちはエドガー殿が言ってた夫や妻を亡くされた子持ちの招待客の子供たちなんだ。
出会いを求める”男やもめ”や未亡人が結構いるということなんだ。
小さなかわいい女の子を間にはさんで話が盛り上がっていそうな男女もいる。
エドガー殿、なかなかいい発想だったのですね。
笑ってすみませんでした。
とか思いながらパットの姿を探したが見つからなかった。
やっぱりパーシーは来てないんだ。
ホッとしたような、がっかりというような。
私はいったいなにをしたいんだろう……。
人の間を歩いていく私は長身に派手な色のドレス。
結構注目されているのか視線を感じる。
周囲からキレイ、ステキ、どこの方……、そんな声も聞こえてきた。
髪を伸ばし始めようかな、そんな気も起こってしまった。
軽い立食なので、給仕の方に注がれたワインをたしなみながら、軽めのスナックに手を伸ばす。
誰か王子様とか貴族のご令息でも声を掛けてくれないかな、と待っていても特になにも起こらない。
いったい、私はなにしに来たんだろう?
以前の“がさつ姫”なら父がなんと言おうとガラじゃないから、と断っただろう。
キレイに着飾り、なにかに期待して胸をときめかせる。
私はなにがしたい?
そうか、わかった。
私はここでパーシーに出会い、初めて会った女性として声をかけてもらって二人は恋に落ちる。
そして告白する。”私はレイです。だますつもりではなかったのです”
私を女性として好きになってしまったパーシーにはそんなことはもうどうでもいいことだった。めでたし、めでたし。
こんな夢のような展開を期待しているんだ。
うわー、自分で自分が恥ずかしい。
カ――と顔が赤くなっていく。
あきれるほどのご都合主義。
いや、これはもはや妄想だ。
帰ろう。
義理は果たしたし、そろそろ帰ろう。
来たときの入り口に向かっていくと、聞き覚えのある子供の笑い声が聞こえてきた。
パット⁉
思わず子供スペースを見るとパットが男のたちと遊んでいた。
ということは、パーシーも来ているんだ!
自然に足が会場に戻っていき、顔を左右に動かして探すとパーシーがいた!
心臓が口から飛び出るほど驚いた。
あっ、視線が合った。
不思議そうな顔をしながらこっちに歩いてくる。
胸が高鳴る。どうしよう、どうしよう……。
考えているうちに私の前まで来たパーシーがジーと私を頭の先から足を何度も往復して眺め、たずねてきた。
「失礼ですが、どこかで、お目に掛かったことがありませんか?」
どうしよう……。
言う、言わない、名乗る、名乗らない……。
言うなら、なんて言えばいいの。
とっさのことで心の準備ができてない。
「さ、さあ、ないと思いますが」
ともかく逃げた。だけど、ウソの上塗りだ。
「そうですか。なぜでしょう、あなたに親しみを感じるのですが」
高鳴る胸がギューと押しつぶされそうになる。
だって、一緒に暮らしてキスをしてもらった仲ですから!
でも、そのときの私は男でしたけど。
テンポの速い管弦楽の曲が流れてきた。
「せっかくのご縁ですので、一曲よろしいですか?」
パーシーはダンスに誘おうと私の手を取ろうとする。
彼の手から逃げるように手を引き、背を向ける。
「すみません、ちょっと、お手洗いに」
「待ってください!」
後ろから右手を握られ、私の動きは止まった。
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