表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリプルリスク  作者: 青山獣炭
第二変 高血圧
8/17

Part5

 次は筋トレである。腹筋から始めて、肩、背筋、太もも、両腕とマシンを移動しながら鍛えていく。ズブの素人なので、トレーナーさんに声を掛けて、使い方を教えてもらいながら小一時間やった。


 帰り際、階段の横に血圧計が置いてあるのを発見した。そこで御老人が丸椅子に腰掛けて、血圧を測っていたのである。御老人は、このクラブでは珍しく私と同じ小太りの体型だった。

 悪いと思いつつも後ろから見ていたら、表示版の数値が高い方が百八十六、低い方が百十三と出た。明らかに高血圧の人だった。

 御老人は、溜め息をついて立ち上がった。

「血圧で、お困りなんですか」

 本来内向的な私だが、気が付くと言葉が口をついて出ていた。

「そうなんだよ。今まで飲んでた薬が効かなくなって、あわててここに通い始めたんだが、運動しても全然ダメだな。こりゃ」

 御老人は、とぼとぼと階段を昇っていった。


 私は、丸椅子に坐った。血圧計は細い柱一本で機械を支えるスリムなデザインだった。腕を突っ込む。

「うおっ」

 血圧計が、ぐらりと揺れた。嫌な予感がしたが、そのまま測ってみる。

 運動をしてしばらくすると、血圧は下がるものだが、結果は百六十八、百三だった。両方の数値とも会社で測った時よりも、十ぐらい高い。


 私は、先ほどマシンの使い方を教えてもらったトレーナーさんを呼び止め、血圧計を触りながら話した。

「このぐらぐら、何とかならないですかね。これでは正しく測れないんじゃ」

「そうなんすか。自分は測ったことがないんで、よく分からないっす」

「修理するとか買い替えるとか、できないの?」

「どうですかねえ。でも測れるんですよねえ、それ。測ったことないけど」

 私はトレーナーさんへの説得を諦めた。そして、スポーツクラブの帰りに家系ラーメンでも食った後、大手電気屋チェーンに行ってみようと考えた。




 坂を下り終えると、自転車のカゴに斜めに入った箱が、小刻みに揺れた。

 駅からだいぶ離れて、マンションが立ち並んでいる地域。その中に私が住む会社の独身寮もある。五階建てだ。けれども周りに比べると、だいぶ小ぢんまりしている印象である。


 専用駐輪場に自転車を置き、スポーツクラブで使ったものが入ったバッグを背負い、箱を抱えて建物の中に入る。私の部屋は三階にある。階段もあるが、今日はエレベーターを使う。

 部屋の前で箱を置き、鍵を開けて入室。ウナギの寝床のような長方形のワンルームの部屋。


 私は箱を開けて、真っ白い血圧計を取り出した。《ポンちゃんクリニック》にあったものより小ぶりではあるが、腕を突っ込んで測るタイプのものだ。布を腕に巻いて測るタイプのものも電気屋には売っていたが、しかも安価だったが、ズボラな性格なのでそれを買っても、やがて部屋の隅に追いやって放置しそうな気がしたのだった。

 ふとんはしまってあるものの、夏でも出しっぱなしのコタツの上に血圧計を置いて、早速測ってみる。


 上が百四十五、下が九十一だった。会社で測った時よりも良好な数値だが、血圧は自宅でリラックスして測ると、下がるらしい。この数値では、まだまだ投薬が必要なレベルだろう。減塩食の効果は、まだ現れていない。

 私は、床に無造作に置いてある高血圧管理手帳とボールペンを手に取り、一ページ目に数値を書き込んだ。

 手帳によれば、自宅で測った場合の降圧の目標値は、百二十五未満、七十五未満となっている。現時点では、あまりに遠い数字だ┄┄。


 まあ、悩んでいてもしょうがない。ストレスで、かえって血糖も血圧も上がるばかりだ。私は血圧計を部屋の隅に追いやり、ミニキッチンに行った。グラスを洗って、冷蔵庫から飲みかけの赤ワインのボトルを取り出す。このワインは、かなり甘口である。


 コタツに戻って、グラスにワインを注ぎ、床に転がっているタバコに手を伸ばして火をつけた。すぐ目の前の、横に長い壁に視線を移す。

 壁には一面、堅牢な本棚があり、厚くて重い本ばかりが並んでいる。


 それは私が長年かけて集めたコレクションだった。私は全集を集めるのが趣味なのだ。個人の全集が主だが、小説や詩などの文学から、科学、哲学、歴史などジャンルは多岐に渡っている。それこそ、図書館も真っ青な、壮観な眺めだった。そして、色とりどりの背表紙が美しい。配色に熟慮を重ねて並べてあるからだ。

 ところが、その全集の群れの半分も私はまだ読めていない。勢いで買い集めてしまった難しいものもあって、なかなか読書が進まないのだ。だが、何とか死ぬまでに全部読破したいとは思っている。そう思っているが、厚くて重い本を持ち歩くわけにもいかず、もっぱら自宅に居る時だけ、こうして甘ったるい赤ワインを飲みタバコをくゆらしながら優雅に読んでいるのだった。


 私は今日もそのコレクションの中から一冊取り出し、読み始めた。十九世紀ドイツの大哲学者が書いた物語風の哲学書である。作中で、放浪を続ける主人公が思いっ切り語りまくっている。

 読んでいると、本当に心が落ち着く。私にとって、これこそが至福の時間なのだ。タバコは血圧を急上昇させるし、赤ワインだってアルコールだし、糖質も多い。赤ワインの方は予想されるほど血糖値に影響を与えないらしいが、血管を守るためには、やはり止めるべきなのだろう。だが、そんなことをしたら何のために生きているのか分からなくなる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ