表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリプルリスク  作者: 青山獣炭
第二変 高血圧
5/17

Part2

 ふうっと、大きな溜め息の音が診察室に響いた。女医さんは、心底困ったような顔つきをしていた。

「判りました。では、今回処方する薬は血糖の薬だけにしておきます」

 そう言って薬の処方箋と、今日の検査の診断表をプリンターで印刷し、私に手渡した。診断表の総合判定欄には、『糖尿病』に加え『高血圧症』が新たに記載されていた。


 それから女医さんは看護師さんの方を向き「あれをお願い」と言った。

「了解いたしました」

 看護師さんは、診察室の奥にある両開きのロッカーを開いた。書類がたくさん入っている。彼女は、その中からメモ帳のような縦長の冊子を取り出した。それを私に手渡す。


 表紙には、紺色の地に白い文字で『高血圧管理手帳』と書かれていた。

「血圧を毎日測って、この手帳に記録してください」女医さんは言った。

 そんなめんどくさいこと、できるか。私は忙しいのだ。

「いくら測っても、それで血圧が下がるわけではないですよね」

「まあ測ってみてください。ではまた三ヶ月後に、お会いしましょう。お帰りになって、けっこうですよ」


「ラーメンのスープを飲まないだけでも、違いますよ。お大事に」看護師さんが言った。

 はて。ラーメンのスープか。そう言えば、ラーメンのスープを飲むのは大好きだった。とりわけ最近は空腹を満たすために、ドンブリを持ち上げて、ずずいと飲み干していた。それがよくなかったか。


 私は立ち上がり、処方箋と手帳をバッグに入れる。

「この近くに薬局って、ありましたっけ」

「ここを出て、道路を挟んだ正面にありますよ。最近オープンしたばかりですけど」看護師さんが微笑みながら言った。


 受付で診察代を支払って、また次の予約をし、看護師さんに教えられたとおりに行ってみると、はたして住宅と住宅の間に小規模な薬局が有った。出入口の上の看板にピンクの文字で《トルちゃんファーマシー》と書かれている。


 《トルちゃんファーマシー》という名前を見て少しためらいが生じたが、他に探すのも面倒だったので、私は薬局の中に入った。

 若い女の薬剤師さんが、受付のところに独りぽつんと立っている。彼女の背後は倉庫のようになっていて、薬が所狭しと並べられていた。


 薬剤師さんは、女医さんの顔に似ていた。女医さんを少し若くしたような感じだ。やはり、どこか子犬っぽい顔をしている。

 処方箋を彼女に渡し、しばらくして薬が入った小さな紙袋を受取った。三ヶ月分なので、パンパンだ。これを全部飲むのか。私は、うんざりした。


 帰り際、店の名前の由来を聞こうと思ったが、やめにした。トイプードルという単語が頭に浮かんできたからである。




 数時間後、私は居酒屋にいた。串カツ屋とうなぎ屋が合体しているお気に入りの店だ。

 そこでハイボールを飲みながら、高血圧に対峙する作戦を練っているのだ。といってもスマホで、高血圧に関する記事をひろい読みしたり、動画をチェックする程度だったが。


 高血圧症は、血液の流れが悪くなってしまった病気だ。放置するとやがて動脈が硬くなって、心臓や腎臓などの臓器に負担が掛かり、重篤な病気を引き起こす。塩分の取り過ぎが主な原因らしい。取り過ぎても、塩分を排出する力が有れば、つまりおしっこで塩分を外に出せれば問題ないらしい。私の場合、その力が弱くなってしまったことになる。老化で。

「まったく。年は取りたくないもんだねえ」思わず、独りごちていた。


 それはさておき、塩分┄┄。塩の入っていない料理など、この世には、ほとんど存在していない。塩分ゼロの食生活など実現不可能だ。仮にできたとしても、健康には、すこぶる悪そうだ。治療をしているはずが、逆に体を壊しかねない。では、どうするか。


 ネットでは減塩食のレシピを紹介したものがあふれていたが、それは自炊をしなければ食べることができない。食器すら満足にそろえていない私が、無理して始めても長続きしないのは目に見えていた。


 悩み続けている炭水化物にも塩分は含まれている。うどんやそばや中華麺、パンにだって。白飯は、さすがにゼロだが。これからは、ますます定食をチョイスすることが増えそうだった。麺類や丼物は塩分が多いのだ。


 酔いが回ってきて、だんだん考えるのが、めんどくさくなってきた。

 要するに、塩分を摂らなければ良いのだろう。看護師さんが言っていたとおりにしよう。まずラーメンのスープは飲まない。ラーメンだけではなく、うどんやそばの類いも。それだけではない。汁物の全ては具だけ食べる。これから暑くなる季節だし、クリアーできそうな気がする。冬場になってまで耐えられるかどうかは分からないが、それまでに血圧が下がればいいのだ。

 それだけで何とかなるか。ダメなような気がする。┄┄そうだ。調味料のカットだ。既に味付けされている料理は仕方ないとして、食べる直前に自分でかける調味料は調節できる。私は調味料に含まれる塩分について、さらにスマホで調べた。


 調味料の中では、醤油がダントツで塩分を多く含んでいることが分かった。ちょっと待て。醤油は日本人にとって魂ともいえる調味料だぞ。本当にカットできるのか。とりあえず、やるしかない。できなければ降圧剤と呼ばれる、いかめしい名前の薬が手ぐすね引いて待っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ