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トリプルリスク  作者: 青山獣炭
第二変 高血圧
4/17

Part1

 猛烈な決算の仕事も一区切りつき、私は梅雨入り前の爽やかな光を浴びて、《ポンちゃんクリニック》に向かっていた。


 大きな地下鉄の駅の長い通路から、階段を上り、今ようやく地上に出たところだ。そこから十五分ほど歩く。

 会社からの紹介で、このクリニックにしたのだが、駅からちょっと遠いのが難点だ。あの女医さんは、社長の親戚らしい。少しぐらいの不便は、やり過ごさなければならないのだろう。


 前回の糖尿病宣告から、きっちり三ヶ月。今日は経過観察なので、朝から食事を抜いたり、タバコは吸っちゃダメだの面倒くさいことはなかったので、仕事は午後から半休を取った。

 私は、この三ヶ月間というもの随分と努力をしてきた。体重は測ってないが、少し痩せたと思う。やつれたと言った方が正しいかもしれない。


 クリニックに入って受付を済まし、一通りの検査を受ける。内容は前回と同じだ。体重は二キロ落ちていた。がんばったなあ。ヘモグロビンエーワンシーも、きっと下がっていることだろう。


 血液検査の結果が出るまでの間、私は待合室で、しばしくつろいだ。患者は私だけで、他に誰もいない。静かだった。

 坐っているソファーの左横には、いろんな病気をやさしく解説したチラシの入っているラックスタンドが置かれていた。その中から糖尿病について書かれたものを手に取り、ぼんやりと眺める。もう既に頭の中に入っている事ばかり書かれている。それなりに、この病気について勉強してきたのだなあと、改めて思った。

 看護師さんが診察室から出てきて、私を呼んだ。


「よろしくお願いします」

 私は深々と礼をし、椅子の傍らにあるカゴにバッグを置いて坐った。

 いよいよ三ヶ月間に渡る努力の結果発表である。ドキドキしてきた。


 椅子に坐るなり、女医さんは私の方に顔を向けた。

「ヘモグロビンエーワンシーは、七・〇ですね」

 そう言って女医さんは、にっこりした。

 えっ? あんなに苦労したのに、下がったのがたった〇・二だって┄┄。

「糖尿病と診断されるのは六・五からですが、投薬が必要なのは七・〇からとされています」

「だから?」

「今日から薬を飲んでもらいます。しかたないですよね。下がらなかったんだから」

「待ってください。そういえば、まだ運動をやってなかった。ジョギングとかしようと思っていたのですが、ここのところ忙しくて。運動療法。必ずやります」

「そうですか。では、それもぜひ始めてください。もちろん食事療法は続けてもらって、さらに薬も飲む。そうやってヘモグロビンエーワンシーを下げていきましょうよ、河成さん」

「ヘモエー」

 血糖値そのものではなく、シロウトにはすっかり謎めいた数値によって、私の生活は大きく振り回されることになりそうだった。


「ところで。ちょっと血圧を測ってきていただけますか」

「はっ? どこで」

「待合室に置いてありますよ。二回測ってくださいね」看護師さんが言った。

 私は診察室を出て、待合室に戻った。今まで気が付かなかったのだが、たしかに白い血圧計が乗った小机と、椅子が置かれている一角がある。


 円筒状の穴に腕を突っ込み、圧迫感に耐えながら、私は血圧を測った。

 表示板を見ると上が百五十二、下が九十三だった。

 ┄┄高いような気がした。レシートに似た紙片がジジジーと音を立てて、血圧計の下の方から出てきた。表示板に出た値が印刷されている。


 私は焦りながらも、深呼吸をして、もう一回測った。

 上が百五十八、下が九十七だった。やばい。一回目より上がってしまった。

 嫌な予感を抱えながら、印刷された二枚の紙片を持って、私は診察室に戻った。


 女医さんは紙片を、じっと見つめ、それからパソコンのキーボードを叩いた。

「┄┄やっぱり。上も下も、ひどいですね。河成さんは糖尿病を発症してますし、投薬が必要と思われます。わたしの医師としてのカンが当たったわ。うふっ」

 何を言い出すんだ、この女医は。血圧を診て欲しいなんて、誰がいつ言った。


「血圧の薬も飲むことになるんですか」

「そうですけど」

「そんな。今日突然言われて、薬を飲むなんて嫌です。飲まないで何とかする方法は、ないんですか」


「塩分の摂取量を減らすのが、一般的ですけど」

「また食事療法ですか」

「薬を飲めば簡単ですよ。すぐに下がります。高血圧の患者さんの中には食事療法とかしないまま、薬物療法に移るかたも多いです。塩分の摂取を抑えるのは難しいですから。まっ、糖分も難しいんですけどね。高血糖で挫折した河成さんには絶対むーりー、と思われます」

 言いやがったな。挫折しただと? 自分的には糖尿病だって、まだ薬無しの治療の途中なんだ。まあしょうがない。努力の効果が、あまり無かったことは認めよう。糖尿病の薬は飲むことにする。しかし高血圧は、いきなり今日言われたことだ。


「すいません。薬を飲むか飲まないかは、本人が決めていいんですよね」

「まあ、そうですけど」

「じゃあ、血圧の方は食事で何とかします。しばらく様子を見させてください」

「できるかしら」

「やります。やってみせます」


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