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06章:派閥などくだらない!

魔法学校での生活が始まってしばらく、我にも新たな友達ができた。

ウィケという、子爵の娘だ。


ウィケ=コアーは白い髪に白い瞳を持っている。

彼女は見るからに弱々しい。華奢と言うには、少々細すぎる。

貴族にしては余りに自信なさそうに感じられる。シデルの方がよほど堂々としてて貴族のように見える。

だが、甘く見てはいけない。ウィケは心が強い。

弱そうに見える動物が、鋭い牙を隠し持っているような、そんな力が...いや、違うな。

もっとずっと異質な、心の強さだ。

我とも、スバリオとも、シデルとも違うだろう。どう例えればいいのだろうな。

いや、分からないことを考えても仕方がないな。

ただ、ウィケという娘は心が強いのだと、そう覚えてもらえればよい。



ーーー



ウィケと出会ったのは、派閥争いに巻き込まれてのことだった。


貴族ばかりの魔法学校、社交界のうんざりする特権意識・仲間意識を持ち込む輩も多い。

そんな輩が、派閥なるものを作って遊んでいる。余りにくだらない。

徒党を組んで自己を大きく見せるなど愚の骨頂。そんなものに意味はなく、より大きな脅威に晒されたときに蟻のように散り散りになる。


魔物の重鎮、そうのたまう輩たちなどがそうだった。

魔王たる我に歯向かおうとし、しかし力をふるえば我先にと逃げ出す。見ているこっちが情けなくなる。

我に刃を向ける者は、強さも弱さもなく、大切なモノのために戦える者たちだった。


さて、そんな下らない派閥だが、我ももちろん加入を勧められた。

勇者の息子にして公爵家、派閥に加えたくなるのは当然だ。

もちろんそんな面倒なことはお断りだがな。


ふと、四天王が言っていたことを思い出す。


弱き生き物は群れるもの。その中に序列ができるのも仕方なきこと。

我が力の元、全てが平等にひれ伏すべき魔王軍にも序列は存在した。

それを初めて聞いたときは驚いた。魔王である我の力にひれ伏し付き従う者たちに、そんな序列を持ち込む輩がいるなどと。


「序列がないと安心できないのだっているんだよ、魔王さま」

「あたしたち四天王とそれ以外の者たちに階級差はない。そういう魔王っちの考え方は好きだよ~」

「しかしだな、魔王。組織した以上は無秩序ではいられない。管理する者される者の線引きは必要なのだ。我々のような集まりには特にな」

「魔王、あんたは理解しなくてもいい。些事はみんなオレたちが受け持つ」


彼女たちの言葉の意味は、我は最後まで理解できなかった。

ただ自由に。それでよいのではないかと。


派閥の勧誘は連日続いた。

何度も勧誘されてうんざりを通り越し、心がピクリとも動かなくなった。


そんな時だった。頭から血を流すウィケを見つけたのは。

見たところ、頭を軽く打ち、皮膚を切って出血したようだな。

ふむ、傷は深くない。


「うう、大丈夫…ですから…」

「動くな…下級治癒魔法ヒリング


我は急いで治癒魔法を唱える。

足音に振り返ると、急いで逃げる生徒の姿が見えた。見覚えのある姿。我を勧誘した派閥に同じ奴がいたな。


今はこっちが先だと、この時はまだ名を知らぬウィケの方に向き直る。


「立てるか?名は?記憶に問題は?」

「うぅ...大丈夫です、ちょっともみあいになっただけで...」

「理由などよい。名は?他にケガはないか?」

「誰のせいでもないんです...ただ私が転んでしまって...」

「だから理由はよい。誰かをかばう必要もない。名は何かと聞いている」


ゆっくり、諭すように話すと、ウィケはようやく名を名乗った。


「あ...ウィケ、ウィケ=コアーです」

「ふむ、ウィケよ。我...僕が見えるか?」

「はい、あ、ふぉフォルク様!?」


この反応なら大丈夫だな。だが、妙に顔が赤いぞ?

ふと気付く。この視線、魔法の授業中に感じたものだ。シデルとは違う、敵意のないもう1つの視線。

なるほど、この娘だったのか。なぜ我を見ていたか、理由は分からないが。


今考えることではないな。傷の手当は済んだ。次は血を拭かねば。

我の服を破り渡そうとすると


「いけませんフォルク様、貴方様のお召し物を傷つけては…」

「服がなんだというのだ、いいから拭け」

「しかし…」

「強情な奴め、ほら、僕が拭いてやる」


血に汚れた顔を拭き、綺麗にしてやった。幸い、この娘の洋服に血はついていない。

ただでさえ弱々しい外見に血でもついたら、もう幽霊と見間違えてしまいそうだからな。これで一安心だ。


「ありがとうございます、フォルク様」

「…いくつか質問がある」

「-はい」


ビクリとする娘を見て、思わず顔が綻んだ。

この娘、見どころがある。これから来る質問がわかっているようだな。


「ウィケよ、先程の輩と何があった?」

「…」

「安心しろ、大事にはしない。我は...僕は約束を守る男だ」

「…」

「相手を思ってのことなら、それは相手の為にならないぞ。話すんだ」

「…」


しばらくにらめっこが続いたが、観念したようにウィケは話し始めた。


何名かの生徒に話しかけ仲良くなったところで派閥に誘われたこと。

派閥への参加は拒否したが、これからも仲良くしていきたいこと。

派閥への参加を拒否した理由をわかってもらえなくて口論になったこと。

口論のはずみでビンタされ、勢い余って角に頭をぶつけたこと。

そこに我が通りかかったこと。


「彼らに悪気はなかったんです。どうか、どうか内密に」

「秘密にするのはいい。だがウィケ、貴様はどうするつもりだ?」

「どうする、と言いますと?」

「彼らとの関係だ。仲良くしたいのだろうが、派閥に入らなければ不可能だ」

「…そんなこと…ありません!」


力強く返すウィケに我は少し驚いた。

いかにも弱そうな、庇護すべき存在だと思った娘から、思わぬ力強さを感じたのだからな。

この見た目に似合わぬ強い言葉。スバリオのように心が強いのだろうと、我はそう受け取った。


「彼らが貴様を派閥に誘ったのは親切心からだろう。その方が良いだろうという善意だ。ならば、派閥に入らなければ彼らとの関係は改善しまい」

「そんなことはありません」

「だが、次はどうする?また勧誘されるか、今日のことが尾を引いて関係がこじれるぞ」

「そんなことにはなりません」


うむむ、強情だ。

見た目に似合わぬ芯の強さ。気に入ったぞ。


「なぜそうと言い切れる?」

「あなた様が入学式におっしゃいました。皆、共に歩む仲間であると。

そしてフォルク様はその通りに歩んでいらっしゃる。私も、力無い私でも、その理想を歩みたいのです」

「…つまり、皆と仲良くなりたいから、派閥に入りたくないと?」

「はい!」


なんということだ。我の演説に感銘を受けたから派閥に入らないというではないか!

しかも、我の派閥には入らないという姿勢を、何やら良い方向に受け取っているようだ。

この娘、ウィケといったか。ますます気に入ったぞ。


しかしこのまま放っておけば、また似たような事件が起こるだろう。どうしたものか。


...


おお、我ながらいいことを思いついたぞ!

ウィケの悩みを解消し、かつ我に対するわずらわしい派閥勧誘を停止させる、素晴らしい方法を!


「ならばウィケよ、貴様が派閥を作ると良い」

「わ、私がですか!?」

「そうとも。派閥の目的は全ての派閥と仲良くすること!、そしてその最初のメンバーに我...僕が加わる!」

「フォ!フォルク様がですか!?」

「ああ、そうとも。貴様の理想、実に素晴らしい。だが、力なくして理想はなしえないのもまた真理。僕が加わることで、貴様の理想に力がともなう。」

「そ、そんな。私の理想などにフォルク様をわずらわせるつもりは…」

「そういうな、僕の演説に感銘を受けたなら、今回のことは僕にも責任があるといっていい。だから気にせず、貴様の派閥に僕を加えるんだ」

「しかし…」

「いいから!」

「でも…」

「い・い・か・ら!」

「い・や・で・す!」


まったく強情な奴だ。そこを気に入ったのだがな。

だが、こうしたら逆らえまいよ。


「ならばこうだ。僕が貴様の派閥に入ったと周りに吹聴する」

「な、それはずるいです!」

「諦めろ。僕は決めたことは必ずやり遂げるのだ」

「そんな...うぅ...わかりました...」


おっと、ウィケが半泣きだ。やりすぎたか。


「…ではフォルク様」

「なんだ、改まって」

「これから、よろしくお願いいたします!」


ウィケは立ち上がり、満点の笑顔で我の手を握ってきた。


これで解決だな。

魔王たるもの、誰かの心配や悩み事を解決するのも仕事。

魔王の元、力の元、平等にひれ伏す。それ以外の悩みなど不要なのだ。


「ではフォルク様!早速いきましょう!」

「ん?、どこに?」

「先ほどの生徒たちのもとです!」

「ああ、さっき揉み合いになった生徒たちか、って今からか!?」

「はい!、今の話を伝えて、ともに手をたずさえていこうとお話しするのです!」

「貴様だけでいけば良い!?なぜ僕まで…」

「派閥の仲間ですから!ほら一緒に!」


ウィケは急に興奮して、我の手をつかまえたかと思うと走り出した。

どこにそんな力があるのかと不思議に思う。



ーーー



私はダリア。ダリア=デイビス。由緒あるデイビス侯爵家の娘。


それなのに、酷い失態だ。

昔から、カッとしやすい所が玉にキズだと思っていた。

だが、先ほどのは特にひどかった。


ウィケという子爵の娘と仲良くなった。

周りの、派閥の子たちとは違う、学校にきて初めて仲良くなった子だ。


親切心で私が所属する派閥に勧誘した。

それを断られて、ついカッとなった。手をあげてしまい、気付けば彼女は血を流していた。

そして、それを勇者の息子、フォルクにみられた。


周りの派閥の子は私を慰める。


「気にすることはありませんよ。ダリア様」

「便所貴族、仲間にする必要はありません」

「そうですわ、せっかくの言葉をあんな失礼で返すなんて」

「フォルク様もわかってくださいます。あんな便所騎士の娘、かばうに値しませんもの」


便所貴族。便所騎士。


この王国における公共事業、特に下水に関わる仕事に就く貴族への蔑称だ。

国の要でありながら、嫌われるもの達。


私は、ひそかに憧れていた。

華やかな世界ではなく。虚栄に満ちた世界でなく。

ひっそりと。誰かの役に立つ。


だから、友だちになれて嬉しかった。


だけど、それももうおしまい。

私は侯爵家。派閥での地位も高い。

皆の前で、地位の低いものにへりくだるような姿を見せたら、きっと軽蔑されるし、派閥での地位も低くなる。


それは怖い。怖い。怖い。

怯えた様子を悟られないようにふるまう。


「ふん、そうね。あの便所貴族、せっかく目をかけたのに。みんなと仲良くしたいなんて夢見ゴトを...」


そう言って気が付いた。

ウィケとフォルクがすぐ後ろにいることに。


場違いなことを考える。

ウィケの傷がない。きっとフォルクが魔法で治癒したのだろう。


「貴様、今なんといった?」


ウィケの服に目を向ける。汚れていないようだ。

おしゃべりしていた時、父に誕生日に買ってもらったのだと、嬉しそうに語っていた。

良かった。汚れてなくて。私のせいで。汚れていなくて。


「ウィケ。こいつらと仲良くする必要はない」


ああ、分かっている。

私は現実逃避している。

密かな憧れも、友情も、もう終わり。

強がりだとしても。吐いた言葉は戻らない。


そう、思ったのに...


「フォルク様、何を怒っているのです?」

「ウィケ、便所貴族と呼ばれたのだぞ。この国の誇れる騎士に対してこのような侮辱、不快極まる」

「侮辱でも、ダリア様にも事情があるのです。それに、私の誇れる父の仕事を覚えてくれていたなんて、こんなうれしいことはありません」


耳を疑った。ウィケを見た。

少し傷ついた様子を見せて。でもすぐに。嬉しそうにはにかんでいる。

侮辱したのに。それを許して。


「あの、ダリア様。先ほどは失礼しました。派閥には入れませんが、また仲良くしていただけませんか?」


そんな。そんな。

あなたがそんなことを言わないで。私が全部悪いのに。

涙が出そうになる。


「そんな、でも、あなた、派閥」


言葉がうまく出ない。

周りの子たちも、怒れるフォルクとほほ笑むウィケの様子に面食らっているようだ。

フォルクはウィケの様子に。呆れたように黙ってしまった。

少しの沈黙。そして。


「ごめんなさい。私、派閥を作りました。フォルク様も参加してくださいました。でも、これならきっと、派閥なんて気にせず仲良くすることができるはず。だから、私ともう一度、友だちになってください」


ウィケが手を差し出してきた。

涙をこらえながら。ただうなずきながら。

その手を握り返すことしかできなかった。



ーーー



我...フォルクは、ウィケの様子に面食らってしまった。


心の傷は治ることがない。そう聞いたことがある。

酷い侮辱は心の傷となり、恨みはずっと続く。そういうものを多く見た。


だが、ウィケという娘。

傷ついた心の傷が、その場から癒えていくような。

傷つくことを、恐れてすらいないような。

我も不思議な例えだと思うが、ともかくそんな印象を受けた。


こんなタイプの人間初めてだ。その心の強さをますます気にいった。


相手の娘も、本心で侮辱したわけではないようだ。

ウィケの手を握る様子と、こらえる涙からそれがわかる。

おそらく、周りに焚きつけられたのだろう。貴族というものは、虚栄というものは本当に厄介なものだな。


当人同士が納得しているのなら、我もいう事はない。

きっと、それでいいのだろう。



ーーー



そんなこんなで、友人としてウィケとは仲良くさせてもらっているのだが、そのことを周りに話したらおかしなことになった。


「あー、フォルクにウィケー、何やってるのー?」

「あらあら、ウィケったら。これは抜け駆けというものなのかしら?」

「え、あ、抜け駆け!なんのことでしょう!?」

「ふふ、冗談ですわ」

「ほんとーかなー?目が笑ってないよースバリオー?」

「その言葉、そのままお返ししますわトレン」


なぜかスバリオとトレンのやつも、派閥に入りたいと言い出したのだ。

今ではすっかりウィケと仲良しだ。


しかしこのやり取り、我を前にした四天王たちを思い出すな。

仲良さそうにみえて、妙な空気を感じる。


彼女たちの間の妙な空気感、我は最後まで理解できなかった。

まぁ、仲良きことはよいことだ。


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