05章:今のは下級魔法ぞ?
魔法。それは魔力を力に変える業。
人や魔物など高度な文明を保持する生き物は、生命力とは別に精神の力というべきものを持っている。
この精神の力を魔力といい、呪文や魔法陣を通して魔法を発動する。
魔法は、通す呪文・魔法陣によってその属性を変える。
属性は火・水・風・地・光・闇の6種類。
治癒の魔法は光、分類不明の魔法は闇に含まれる。
魔法の発見は、この1000年続く王国の成立以前であり、時を見る魔法使いが体系化したと伝えられている。
また、魔物たちは独自の魔法体系を持ち、分類不明の闇魔法を使うことが多い。
…
ふぁ~あ、あくびが出るな。
いかんいかん、我は勇者の息子。眠い授業でも…確か「基礎魔法理論」といったか、耐えなければな。
覇道を刻むにしても、無駄に内申点を下げる必要はない。
こんな当たり前を学習するのか?
魔王を名乗る以前から、魔法の成り立ちなぞ考えずとも体が理解していたし、自由に力を行使することができた。
勇者の息子に生まれ変わっても、勉強だなんだといやというほど叩き込まれた。
周りを見回してみると、一生懸命にノートに書き留めているようだ。
ふむ、どうやら初めて習うらしい。
特別に魔法学校で学ぶ貴族たちがこうなのだ。よく勇者一行のような猛者を、人間から輩出できたものだ。
ふとスバリオに目をやると、皆と同じように熱心に勉強を…いやちょっと待て、スバリオの本だけ皆と違うぞ?
よく目を凝らすと「上級魔法理論」と書いてある。
スバリオのやつ、ぬけがけする気か。面白い。
トレンの方に視線を移すと…寝ているな。
全く、眠気を我慢している我がバカみたいではないか。
…!
視線を2つ感じた。
1つは、敵意。1つは…なんだ?悪感情ではないようだが…。
敵意を感じた方を見る。
ふむ、あれはシデルと言ったか。トレンと同じく平民から魔法学校へ入学した娘。
我の視線に気付いたか、勉強している風を装っている。
あの敵意には覚えがあるぞ。
我が魔王を名乗らんとする時にも感じた、他の魔物たちからの対抗心。
くく、面白い。
我に対抗意識を燃やすものなど何百年ぶりだ?
いいだろう、シデルとやら。
まずは貴様に我が覇道を刻んでやろう。
「…座学は以上になります。次は実習を行いますので、生徒の皆さんは教師の指示に従って外に出てください」
ほうら来た。
見せてやろう、魔王たる我の力を。
そして貴様の対抗心を折ってやる。これまで相対してきた多くの魔物たちと同じようにな。
外に出て、魔法学校の広場に出た。
遠方には生徒用のマトだろう、魔物を模した置物が多数並んでいる。
「それでは実習を行います。初めてなので出力がうまくいかなくても大丈夫です。くれぐれも、人に向けてはいけませんよ?」
先生が手本を見せようと、手をかざした。
そして唱える。
「創世の破、終いの赤、炎よ、下級火魔法」
手から火球が放たれ、遠方のマトを焦がした。
生徒たちから歓声が上がる。
「では皆さんもやってみましょう」
「創世の生、原初の青、水よ、下級水魔法」
「創世の天、高き旋風、風よ、下級風魔法」
「創世の地、昏き振動、地よ、下級地魔法」
皆が思い思いに呪文を唱えて放つ。
不発して怪訝な顔する生徒がいれば、発動して顔を綻ばせるものもいる。
くくく、ここらで我の力を見せてやろう。
そうすればシデルとやらも力の差を感じて…
む?
大きな歓声が上がる。
そちらを見ると、シデルが得意そうな顔で立っていた。
空を思わせる水色の長い髪、片目は髪に隠れているが、髪と同様の水色の瞳。
立つとひときわ目立つ小柄な体。15才とはとても思えんな。
いわゆる飛び級というやつか?
成績が特に優秀なものは、年齢が15才に到達していなくても魔法学校に勧誘されることがあるらしい。
つまり、シデルという輩は平民出身かつ年下というハンデがありながらも、貴族を超えた魔法の行使ができるという事。
素晴らしい。努力の成果か、才能に恵まれたか。はたまたその両方か。
だが、他者に見せつけるために力を振るうなどと。
余りに若すぎる。
が、齢15にも満たないなら、それもしょうがないといえるだろう。
「何度でも見せて上げます、これがボクの力!」
偉そうに吠えたかと思うと、シデルの体に風が集まる。学校中の風が集まったかのような突風が吹いたかと思うと、シデルの手のひらには圧縮された空気の塊ができていた。
「創世の天、高き旋風、風よ、全てを切り裂く風よ、中級風魔法!」
打ち出された空気の塊は、マトを完全に打ち砕いた。
ほほう、偉そうに吠えるだけある。
「ふふ、どうですかボクの風魔法!。勇者の息子なんて目じゃ…」
そこまで行ってシデルは口をつむぐ。その目は我の後ろに向けられていた。
歓声を上げていた周りの生徒も、その異様な様子に気づき、シデルの視線の先に注目する。
そこにはスバリオが立っていて、魔力を練っていた。スバリオの赤き髪が湧き立ちなびく。
意を決したかのように目を開き、呪文を唱える。
「創世の破、終いの赤、炎よ、全てを焼き払う炎よ、我が敵を燃やし尽くせ、上級火魔法」
唱えたかと思うと、手のひらから炎が放たれる。炎はマトに命中したかと思うと大きく炎上し、周りのマトを巻き込んで爆発した。
遠く離れたこちらまで爆発の余波は届き、熱風が頬をなでた。
先程まで得意そうな顔をしていたシデルも息を飲み、観客は度肝抜かれた様子でポカンとしている。
渦中のスバリオは、涼しい顔で我に近付いたかと思うと、開口一番
「どうかしらフォルク?、わたくしはここまで強くなりましてよ?。
勇者の息子たる貴方なら、もっと素晴らしい力を発揮できるのでしょうね?」
青い瞳を楽しそうに歪ませ、挑発的な目線を我に送る。
久々だな、こういうやりとり。
社交界で失礼な罵倒をかけられて以来、何かにつけて我に張り合ってくる。
それに軽く対処してやると、楽しそうに笑って去っていくのだ。
全く…何を考えているかわからない。
だがいいだろう。今こそ我が力を見せるとき。
シデルもこちらを注視しているようだ。
「僕に張り合ったつもりだろうが、30年は早かったなスバリオ?」
「うふふ、そんなわたくしに貴方はどんな力を見せつけてくれるのかしら?」
「まぁ見ていろ」
スバリオの上級炎魔法に巻き込まれなかったマトに向けて手を向ける。
「…下級火魔法」
我がてから炎が放たれる。炎は窓に当たると、スバリオが起こしたのと同等の爆発を起こした。熱風が我の頬を再びなでる。
ふふん、どうだ?、スバリオにシデルよ。
「ちょ.ちょっと!…今のはなんなんですの!?」
「何って、下級火魔法だが?」
「下級火魔法はあんな威力にはなりませんわ!?」
「魔法の威力は、唱えるのもの魔力に依存する。さっき習ったではないか」
「確かにそうですけれど!それに呪文を唱えなかった!?そんな魔法、見たことありませんわ!」
「ああ、無音詠唱のことか?なんだ貴様にはできんのか?」
ニヤリと笑う我に対して、スバリオもまた笑い返す。
「本当、貴方はいつだってわたくしの遙か上を行きますのね?」
そういって、スバリオは笑いながら去っていった。いや去るんじゃない。
「まだ授業中だバカタレ」
「あら、そうでしたわね。つい」
いつものやりとりだ。安心するな、こういうのは。
そういえばシデルのやつの反応を見ていなかったな。どれどれ?
う、教室で感じた以上の敵意を感じる。ものすごく眉間にしわが寄っているぞ。
どうやら折るつもりが、対抗心に火を注いでしまったようだな。
まぁ、簡単に折れるよりこの方が面白いか。
こうしてつまらないと思っていた授業は、意外と楽しく幕を閉じた。
…トレンのやつはずっと寝ていたようだかな。
移動中も魔法実習も寝ながら過ごすなんて一種の才能だな、まったく。