03章:魔法学校へいざ行かん
我が覇道に想いを馳せていると、魔法学校に到着したようだ。
流石は勇者、顔が知られているのだろう。
周りの生徒たちが色めき立っているのが分かった。
だが、後ろがさらに騒がしくなった。
嫌な予感がした。
公爵地位かつ王国の英雄である勇者より騒がれる存在など、1人しかおるまい。
「お久しぶりですわ、フォルク様」
後方から声をかけられた。
振り返ると、深紅の髪をなびかせながら1人の女が近づいてくる。
優雅という言葉を形にしたような女は、赤の映える白のドレスをまとっている。
漂う気配は王宮にいるかのように錯覚させ、一歩進むごとに花びらが舞い散るかのよう。
しかし、その青く澄んだ目を見れば気付くだろう、優雅さのある、確かな芯を。
その力強い瞳は、その王宮がただ優雅ではなく、難攻不落の要塞であることを思い起こさせる。
周りの有象無象どもは、女のあまりの場違いさに固まってしまっているな。
「久しぶりだな、スバリオ」
我は顔をしかめながら、その女、スバリオ=M=ルインロードをにらみつけた。
「あらあら、朝からなんというしかめっ面。それでこそフォルク様ですわ」
スバリオ。この国の王女だ。
こいつと出会ったのは、初めての社交界デビューの時だったか。
くだらぬ挨拶を済ませ一休みしていた時、我と同じくつまらなそうにしていたのを見つけた。
近づいたら開口一番、
「わたくし、勇者の威光をかさに切るあなたが嫌いですの」
はぁ!?
誰が勇者の威光をかさに切たと!?
く、くく、だが、つまらない社交界の連中より余程面白い!
それ以来、何かと突っかかってくるから相手にしてやっている。
こいつがいる限り、魔法学校でも退屈はしないだろう。
「スバリオ王女、お久しぶりにございます」
「あら勇者様、そんな畏まらなくても。ここではわたくしも1人の生徒。ただのスバリオですわ」
そうしてスバリオと話していると、遠くから間延びした声が聞こえてきた。
「あー、フォルクにスバリオー。ここで会えるなんて嬉しいなー」
小癪なことに我より高い身長、長く結われた、輝く深緑の髪。髪よりもさらに深い緑色の瞳。浅黒く健康的な肌。
自然あふれる森を連想させる優しい気配を漂わせながら、ゆっくりと近づいてくる。
普段履き慣れないからだろう、ドレスに着られているというべきか。ヨタヨタと歩く姿は笑いを誘う。事実、周囲には吹き出してしまうものをいたな。
果たして、気付くものはいるだろうか。
深き森の底。隠れ潜む獰猛な獣を。
「トレン、前の剣術稽古以来だな」
「あはー、フォルクとはよくあってるかなねー。こういう改まった場だとー、なんか変な感じー」
トレン=サークはニコニコと笑いながら、よたよたと近づいてくる。
「勇者様ー、お父さんとお母さんが、たまには会いに来いって愚痴ってましたよー」
「バルドーとレリーは変わりないかい?、トレン」
「はいー、両親共に健康そのものですー」
こいつはトレン。
勇者の旅のお供である戦士バルトー、僧侶のレリー。その2人の子供だ。
勇者と違い爵位を得なかった2人は、元の生活に戻り結婚した。そしてこいつが生まれたというわけだ。
2人の才能を受け継いだトレンは剣術と癒しの力に秀でており、貴族でないのに魔法学校への入学が許された1人だ。
我が家にもよく遊びにくる。その度に剣術稽古で戦うが、その結果は全て引き分け。
普段はとろけたような女だが、戦いとなるとその才を発揮させる。
獰猛な獣を連想させる剣戟は、人の範疇に抑えるには実に惜しい。
我が全盛期なら、四天王に勧誘していただろう。
魔法学校に入学した暁には、我の方が強いのだと、わからせてやりたいものだ。
「ふん、貴様らがいれば我…僕の学校生活も退屈なものにはなるまいよ」
「相も変わらず偉そうですわね」
「ふん、実際偉いのだ」
「フォルクはーこうじゃーなくちゃねー」
3人並んで学校に向かおうとした時、勇者…父上から声をかけられた。
「フォルク」
「はい、父上」
「そう畏まらなくて良いさ」
「…」
「フォルクの進む先は、運命は、きっと幸福に満ちている。
だからこそ、この学校生活を有意なものにして来なさい」
「…ありがとう、父上」
正直なところ、だ。
我は父親であり宿敵である勇者との距離を測りかねている。
勇者ブレスは何も知らず、魔王である我を祝福する。
…まあ、よい。
「このわたくしがいるのだもの。有意なものになるのは明らかですわ」
「うふふー、スバリオは大した自信ー」
「たわけてないで、行くぞ」
勇者に、父上に背を向けて学校へ向かう。
きっと父上は、我の姿が見えなくなるまで見送ることだろう。
…いいさ、これ以上考えるのはよそうか。