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18章:我は謝罪をするべきだ

夏休みが終わり、再び学校生活が始まった。

長い休みは人を変えるのに十分な時間がある。


自己研鑽を続けて、更なる力と魔力を身に着けたもの。

これ幸いと自堕落に過ごし、夏休み前より劣化したもの。

遊びに明け暮れ、別人のように変わったもの。


思い思いの夏を過ごしたのだろう。

どんな夏休みだったかは個人に差がある。

だが夏休みを惜しむ気持ちは、ほぼすべての生徒が持っているようだった。


始業式にて先生の話を聞き流しながら、周りを見ていた我は前を見る。

運命という言葉が聞こえたからだ。


壇上を見ると、王宮魔術師のデイスが話をしていた。


よく思い返すと、この男デイスは運命という言葉を多用する。

王が重用する魔法使いだ、予言の詳細を知っている可能性も高い。

どう考え、この言葉を使っているのだろうか。



ーーー



始業式が終了した後、我らはスバリオの部屋に集められた。

こうして集まるのは、あの魔王談義以来だ。

あれは疲れた。もう二度と魔王談義なぞしない。


「皆様、おかけくださいな」


スバリオはお茶を用意しながら、皆に座るように勧めた。


「王女様、ありがとうございます」

「スバリオ様、失礼いたしますね」


ウィケとシデルは素直に椅子に座った。

これにはちょっと驚いた。このふたりなら、王女のスバリオに気を使って手伝いを申し出るところだ。

これまでの生活を通じて、対等な友人であるという意識が二人にも芽生えたのだろうか。


ともかく良いことだ。

そう考えていると、トレンが口を開いた。


「いいのースバリオー、ふたりを巻き込んでー?」

「良いのです。友人であるふたりだからこそ、知っていてもらいたいのですわ」


トレンは、ウィケとシデルに向き直る。


「ふたりはいいー?

これからする話を知ったらー、この国のくらーい部分、知ることになるよー」


トレンはいつものとろけた口調だが、目は鋭く二人を見据えている。

シデルとウィケはそれを聞いて少し考えこみ、口を開いた。


「あの、ゴーレム騒ぎに関わることなのですよね?」

「ボクたちだって馬鹿じゃないよ、あれは師匠を、そして王女様とトレンを狙っていた」

「友人が傷つけられた時に、何もできない。何も分からない。

私たちは、そんなものでありたくないのです」


決意を湛えたふたりの瞳を見て、トレンは笑いながら肩をすくめた。


「本当にうれしいよー。ありがとうね、ふたりともー」


我は手を叩く。皆がこちらを見た。


「皆が納得したなら始めよう。スバリオ、頼む」


スバリオは、予測を交えつつ語り始めた。


ーーー



千年王国。

文字通り1000年の歴史を持つ、恐らく世界で最高最大の国家だ。

歴史上、千年王国を揺るがした事件はない。そう言われている。


魔王による宣戦布告でさえ、千年王国は揺るがなかった。

勇者という戦力を見出し、これをもって鎮めた。


長命なエルフや、最高の生物とうたわれるドラゴンですら、ここまで盤石な国家は作れない。


そんな千年王国が、揺らいでいる。


「予言」


その存在を知るものは、一部の貴族のみ。

そして詳細を知るものは、王族の限られたもののみ。

魔王の台頭や勇者の存在さえも予言されていた、そう信じるものもいる。


予言は、千年王国成立以前から存在していた。

時を見る魔法使いが記したとされる、未来への道しるべ。


そんな予言に、今、王は呪われている。

その事実に、こう思うものがいてもおかしくは無いだろう。


「予言には、千年王国の滅びが記されている」


そしてゴーレム騒動により、王を悩ませている予言に「勇者の息子」が関わっていることがわかった。


スバリオが、父である王や兄であるキガから聞き出した、いくつかの言葉。


血に濡れた王座。

滅びの予言。

予言の回避。


これらから導かれる結論。その最悪のひとつ。


予言に勇者の息子が関わっているのならば、勇者の息子を消すことで予言を回避する。


そう考え、実行する確かな悪意が、王城には存在しているのだ。



ーーー



話が終わった。


シデルはうつむき震えている。これはおそらく、怒りだろう。

ウィケは目を閉じ、祈るように両手を合わせている。

トレンは天井を仰ぎ見ていた。その目は、そこにはない悪意に向けられている。

スバリオは大きく息を吐き、続けた。


「この話の要点はひとつですわ。「わたくしの父がフォルクの命を狙っている」」


シデルが口を開く。


「ボクは、王様を尊敬していました。

王様の統治のお陰で、僕たち孤児が暮らせていたんだから」


こらえられなかったのだろう。シデルは声を荒げる。


「それなのに!

王様は師匠を殺すつもりだっていうのか、予言の回避のために!?

そんなのボクは許さない、誰かを犠牲の上で生きたいだなんて!」


「そーだねー。賢王だというんだったら、犠牲の出ない道を選んで欲しいねー」


トレンは天井を仰ぎ見たまま続ける。


「わたしはーもっと単純ー。

友だちを狙うなら殺すー。それ以外の道はないー」


いつものとろけた口調のままで、しかし漏れ出る怒りを抑えられない様子だ。

耐えられなくなったか、震えながらもウィケはつぶやく。


「だ、ダメですトレンさん。

やられたら、やり返す。それは、そう、とても暗くて悲しいことなんです」


部屋は沈黙に包まれた。


「...あくまでも」


スバリオが口を開く。


「これはゴーレム騒ぎを受けて、わたくしが調査結果から推論したもの。

現状最も可能性の高い、それだけのお話ですわ」


更に続ける。


「それでも、わたくしやトレンを平気で巻き込む悪意が、フォルクを狙っているのは事実。

だからこそわたくしたちは、最悪に備えなければいけませんの」


再び、重い沈黙が流れる...いや、流れそうになった。

いい加減うんざりした我は、両の手を空に突き上げながら叫んだ。


「貴様ら!

そろいもそろってズレているぞ!」


皆は驚いたようにこちらを見る。

我は続ける。


「最も心配することは我の...僕の命か?断じて違う!」

「でも師匠!」

「でもじゃない!」


シデルの言葉を遮って続ける。


「最も心配すべきは、僕を狙う事件に、貴様らが巻き込まれないか、だ!」


我は立ち上がり、全員を見据える。


「我...僕は、何があろうと絶対に負けん!

無駄な心配はするな、以上だ!」


そう言い放ち、我は部屋を出た。



ーーー



自室で考える。

どうして我は怒ってしまったのか。


皆は、心配してくれていた。

皆は、怒ってくれていた。

我のために、だ。


目をつぶって思い出す。


「魔王っち、二度とこんなこと、やめてね」

「私からもお願いします。このようなこと、ないように」

「我らがそんなに信用できぬか。我は怒っているぞ」

「おいおいオメーら、少しは落ち着けって。気持ちはわかるけどさ」


まだ、四天王が全員健在だったころ。

まだ、魔王軍を立ち上げ、宣戦布告したばかりのころ。

ドラゴンの軍勢が、我らに勝負を仕掛けてきた。


ドラゴンは、この世界において最高の生物であると言われている。

高い知能。高い魔力。強靭な肉体。それに似合わぬ温和な性格。

地上における最高の存在が、しかし群れを率いて我らに挑んだ。


ドラゴン1体なら問題ない。我も、我の四天王も敗北はあり得ない。

だが、群れとなれば話は別だ。

四天王とて、数匹、数十匹のドラゴンに囲まれれば無事では済まないだろう。


だから、我は決めた。


「何のつもりだ、魔王を名乗る者よ」


空を覆いつくさんとするドラゴンの群れ。

それを率いる、エルダードラゴンとでも言うべき黄金のドラゴンが語りかける。


「何のつもり...か。

我には歯向かう愚かなドラゴン族の、その誇りを砕きに来たのだ」

「たった一人で、百を超える我らの群れを相手にすると?

舐められたものだ」


結果は辛勝だった。

最終形態こそ使わなかったが、流石はドラゴン。

我に多大な傷をつけていき、再生には多くの時間を要した。


ドラゴン全てを捕虜として、我は意気揚々と本陣に戻った。

そこで待っていたのは、怒れる四天王たちだった。


目を開けて、考える。

我は...皆を、信用していないのか?


我は、皆が心配なのだ。それだけなのだ。

四天王の時も、今もだ。


だが、我のふるまいは、皆を信頼していないに等しい。

では、なぜ我は怒っていた。


怖くなったのか?それを誤魔化すために怒ったのか?

我のために頑張ってくれる皆が、我に巻き込まれて傷ついてしまうのが。


分からない。分からない。だが...

あの振る舞いはよくなかった。それだけはわかる。


どうしたものか。

我は答えの出ない問いを前にうずくまり、朝を迎えた。



ーーー



スバリオの談義が終わり、しばらくの時が過ぎた。


最初の内は警戒していたが、事件という事件は起きなかった。

我とて、何か起きてほしいと思っているわけではない。

しかしこう何も起きないと、警戒の糸も緩み、あくびの1つも出ようもの。


「...寝てないのー、フォルクー?」


剣術応用の授業で一緒になったトレンが、顔を覗き込んできた。


そういえば談義以降、皆とは話していなかった。

何となく気まずくなって、できる限り避けていたのだ。

我ながら女々しいとは思うのだが、皆もそうだったのだろう。

何となく話さないまま、1週間以上が過ぎていた。


「...暇なんだよ。あくびのひとつでもでるさ」

「そーいうこと言わなーい。先生悲しむよー」


トレンは、安心したように笑った。

久しぶりの会話だが、いざ話してしまえば何てことない。

何を悩んでいたんだか...心の中で自嘲しつつ、話をつづけた。


「...しかし、何も起きないな」

「何もー起きないねー」

「こうなると、我が...僕が狙われているなど杞憂に思えるぞ」

「気持ちはー、分からなくないけどねー。

夏休みは何も起きなかったしー、学校生活も問題なーく続いてるー。

警戒の糸も緩むしー、そうなるとあくびも出るよねー」


後ろから声が聞こえる。


「そういう隙を、悪意は探しているのかもしれませんわよ。

わたくしたちが警戒を解く、その瞬間を」


スバリオだ。シデルとウィケも一緒だ。

実のところ、後ろにいたのはわかっていた。

選択科目は別だったが、話す機会を得るために終わってすぐこちらに来たのだろう。

少し息が上がっているようだ。


「そうは言うがな、スバリオよ。

姿の見えぬ敵を相手に警戒を続けるのは難しいのだ。

せめて、いつ仕掛けてくるかわかれば楽なんだがな」


極力、いつもの通りに言葉を返した。

我が返答に顔が明るくなるのが分かった。

こうも揃いそろって女々しいと、これが普通なのではと思える。


シデルが困った顔をして、頭をかいた。


「そうですよね。

師匠の言う通り、仕掛けてくるタイミングがわかれば楽なのだけど」


ウィケは少し考えて、口を開いた。


「タイミング、と言えば、そろそろ文化祭が近いです。

王国の文化を発信する、アマジア魔法学校で最大のイベント。

外部からも人を呼び込むこのイベントは、仕掛ける良いタイミングになる気がしますね」


全員が、目を大きく見開いてウィケを見る。

それに気付いたウィケは、顔を赤くしてうつむいた。


「わ、私、何か変なことを言ったでしょうか?」

「変どころか、素晴らしいぞウィケよ!」

「文化祭、完全に失念しておりましたわ」


我はにやりと口の端をゆがめる。


「はっはっは、ならば警戒するのは文化祭だけでよい。これなら楽で良いな」

「ちょっとフォルク、それは余りに短絡的ですわ」

「でもさースバリオー、考え自体は的を得てるーって思うよー」


トレンの後を、シデルが続ける。


「王女様の考え通りになら、魔法学校内部に犯人はいないわけで。

日常で必要以上に警戒する必要はないって、ボクは思います。

もし警戒が必要な相手だったなら、夏休みも学校生活もこう安穏とは過ごせなかったはずです」


スバリオは納得いかない様子で目をつむる。


「それでよいのかしら。

相手はどんな手段も取れる、だからこそもっと警戒するべきでは...」

「スバリオ様の考えは素晴らしいと、ウィケはそう思います。

でも、警戒しっぱなしは辛いですし、疲弊してしまいます。

そうなれば、そう、いざってときに動けなくなっちゃう、かも、しれません」

「それは、その通りですけど...」


納得いかない様子のスバリオをよそに、我は大きく伸びをした。


「さあ、文化祭までゆるゆると過ごすとするか!」


そう言って前に進もうとして、しかし足を止める。

言わなければならないことがある。


「皆よ、すまなかった」


皆は歩みを止めて、我を見る。


「怖く...そう、怖くなったんだ。

皆が、我に...僕に巻き込まれないか。それが怖くて、隠すために怒った。

許して...ほしい」


スバリオとトレンは、目を大きく開けて、やがてつぶやいた。


「フォルクが謝る姿、初めて見ましたわ」

「ほんとー、びっくりだー」

「おいっ!」

「ごめんなさい、冗談ですわ」

「ごめんねー、あまりに驚きーだったからさー」


二人は笑うのをやめ、我に向き直った。


「わたくしたちもごめんなさい。

優しいあなたが、そう考えるなんて予想できたのに。

配慮が足りませんでしたわ」

「わたしもーごめーん。自分の怒りにばかり気がいってー、フォルクを見てなかったー」


シデルが続ける。


「ボクも...頭に血が上って、何も見えてなかった。師匠、ごめんなさい。」


ウィケは優しく微笑んで、口を開く。


「ウィケはうれしかったです。フォルク様が私たちを大切に思っていることが伝わってきて。

そんなフォルク様のために、私も、私たちも力になりたいのです」


皆、ありがとう。

そう、言おうとしたが、これ以上口が動いてくれなかった。

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