17章:みんなでプールだ!
夏休みも終盤といったころ、スバリオから招待状が届いた。
「プールにて皆を待つ。来られたし」
短くそれだけの文と、日時の指定。
なんなのだこれは。果たし状か何かか?
我、フォルクは何とも珍妙な手紙を手に、庭で涼んでいた。
確かにスバリオは、夏休み前にぷうるなるものに招待すると言っていたな。
だが、こんな手紙では何を準備すればいいのか分からない。
もしかして、何も持ってこなくてもよい。
そういう事なのか?
人の気配を感じて後ろを向くと、魔法使いマル...母上とセイヴァが立っていた。
「どうしたのフォルク、難しい顔をして」
「ああ、母上。母上はぷうるというものをご存じですか?」
そう聞くと、母上の顔がパッと明るくなった。
普段は貴族の妻として社交界の付き合いをこなす母上だが、本質的に今の生活は合わないのだろう。
小さいころに「貴族特権で禁書にアクセスできるから貴族になってやった」と、そう言っていたのを聞いたことがある。
それを聞いた父上は、とても困った顔をしていたな。
そんなわけで、いつも詰まらなさそうに、そしてそれをおくびにも出さずに過ごす母上が、明るい顔をするのは大変珍しい。
こういう楽しそうな顔をするときは、たいてい昔を思い出した時か、勇者...父上ブレスの無茶を叱っている時か、それくらいだ。
今回は前者だろう。
「プール、とても懐かしいわね。そんなことまで知っているなんてスバリオ王女は博識でいらっしゃるわ」
「む、我...僕はスバリオからの招待状だといっただろうか?」
「あなたがそういう楽しそうな顔をするのは、友だちといるときくらいよ?そして、その手紙の紙質を見れば、スバリオ王女だとすぐにわかるわ」
見透かすように笑って、母は続ける。
「プールはね、一部の魔物たちが行う、湯浴みという行為を人間の文化に合うよう調整したものよ」
湯浴みなら知っている。エルフなどにみられる入浴行為だ。体を清めるために行う。
だが、ぷうる...いやプールか。そんなものは知らないぞ。
不思議そうな我に気付いたのだろう。マルは笑って続ける。
「ふふ、何を隠そう、私がプールの発明者なの」
これは驚いた。魔法使いマルは多くの魔法に精通していたが、そんなものまで発明していたのか!
「プールはね。湯浴みの場で遊んで怒られていた、エルフの子供たちに遊び場を用意したのが始まりなの。
下水処理の魔法を応用して清浄な水を用意して、ケガしないようにならした堀に流し込む。
流石に裸じゃよくないから、水はけのよい服を用意して、それを着てもらう」
ここまですれば準備OK!
そう言って、楽しそうに母上は続ける。
「涼しい水の中で遊戯を楽しむ。ボールを追いかけたり、泳ぎの速さを競ったりね。
エルフの子供たちはとても気に入ってくれてね、それがきっかけになって手を結ぶことにもなったの」
そんなことがあったのか。
我は、四天王が2人倒されるまで勇者一行という存在を知らなかった。
転生してからも、積極的には冒険時代の話を聞こうとはしなかった。
勇者一行の活躍の裏には、多くの魔物たちの協力があったとは聞いていたが、このようなきっかけもあったのだな。
感心して耳を傾けていると、母上の顔が少しかげった。
「そんなプールを私も気に入ったの。だからこの王国にも持ち込むことにしたのよ。
高レベルな治水に、張り巡らされた下水道。王国のこうした環境はプールを持ち込むのにぴったりだったしね。
でも!男女差を重んじる王国は、プールは破廉恥だなんて言って聞く耳を持たなかったわ!
全く!遅れている!魔物たちの社会では性差なんて大した意味を持たないのに!千年王国はあまりに保守的なのよ!」
急に母上がヒートアップした。
そういえば、マルはこういう性格だったと思いだした。いつもブレス...父上を尻にしいているからな。
全く、こんな性格では社交界なぞ苦痛だろうに。
熱くなった自分に気付いたのだろう。
こほん。軽く咳をしてマルは続ける。
「そんなわけでプールは、先進的な魔物の文化圏でしか存在しないの。
それを取り入れようなんて、王女様とはやっぱり気が合うわ」
それに...、と言いかけて母上は口を閉じる。
そしてやれやれといった風に首を振った。
「準備は不要よフォルク。
プールの性質と手紙の内容、スバリオ王女様の性格を考えると、あちらで全て準備してくれているわ」
「そうなのですね。では、お土産だけもっていくことにします。
ありがとう、母上」
そう言って庭を後にするフォルクを眺めながら、マルはつぶやいた。
「プールだなんて。スバリオ王女様も大胆で、いじらしいわ。
でも、フォルクは誰に似たのか...恋情に全く気が付かないし異性に興味もない様子。
応援はするけど、期待はしない方がいいわよ」
マルは目を細めて、楽しそうに笑う。
そして隣で待機するセイヴァに、だれに似たのかしらね、と笑った。
セイヴァ...今は執事だが、過去は傭兵でありブレスやマルとは戦友だった彼は思う。
フォルクは、ブレスの好意に最後まで気づかなかったあんたに似てるんだよ。
ーーー
スバリオの別荘に着いたのは、我が最後だったようだ。
トレンにウィケ、シデル、みんな揃っていた。
「どうだ貴様ら。夏休みは順調か?」
「フォルクー、おっひさー」
「あ、ああフォルク様。久々にあえてウィケもうれしいです」
ひと際元気なシデルが声を上げる。
「師匠!師匠!ボクを見えてください!」
何やら自信気に胸を張るシデルを眺める。
む、これは...
「シデル、少し縮んだか?」
「ちょっと師匠!?」
「冗談だ」
ふくれっ面のシデルを相手に続ける。
「かなり鍛錬に励んだな。魔力の流れが目に見えて変わっている。
よどみない流れ、恐らく、上級風魔法の詠唱も問題ないだろう」
「そうなんです!実は今朝、上級風魔法に成功しました!」
得意げなシデルを撫でてやる。
にへへ~っ。シデルは満足げに笑った。
急にズイっと、ウィケとトレンが距離を詰めてきた。
「わたしー、人を傷つけない剣作れるようになったよー?」
「ウィケも頑張りました!治水の学習に父さんの公務の手伝いに、えと、あの、それから!」
急に距離を詰められて思わずたじろく。
「わかったわかった、すごいぞみんな」
だが、ウィケもトレンもなぜか不機嫌そうだ。
一体なんだというのだろう。
「皆様、楽しそうでなによりですわ」
声の方に目をやると、スバリオが立っていた...
んん?
「スバリオ...か?」
「そのとーり!」
いつもと違う、妙にうわずった声でスバリオは答えた。
スバリオの格好...何だこれは。
制服やドレスしか見慣れていないからだろうか?
そう...明らかに「浮いている」!浮ついているのだ!
ドレスというには丈の短い洋服は、ひらひらと風に待っている。
服は鮮やかな黄色で、花柄で飾られていた。
頭には、王都では滅多に見かけない麦わら帽子をかぶっている。
顔の黒い眼鏡、恐らく日光を遮るための物だろう、が異彩を放っている。
恐ろしいまでに「夏」を感じる。アピールしている。
普段の優雅なスバリオからはおよそ考えられない格好だ。
見ろ。ほかの3人も、目をぱちくりさせている。
ーーー
わたくしスバリオは、ずっとこの日を待っていた。
城の蔵書を片っ端からあたり、キガには何度も探りを入れ、お父様にも何度も謁見した。
王宮魔術師デイスを捕まえては質問を繰り返し、他の兄妹たちに動きがないか探った。
夏休みの宿題なんて初日に終わらせて、1日も休まず自己研鑽を続けた。
公務にも参加した。親族の冷たい視線を無視し、民に寄り添うべく努力した。
この夏休み、わたくしは全力だった。
だから、この日は、この1日だけは何もかも忘れて楽しむ。そう決めていた。
最も先進的なファッションを取り寄せ。
他の貴族にばれぬようプールの準備を進め。
この日を!楽しむために!
「そう!今日こそ!」
天を指さし、仰ぎ叫ぶ。
「わたくしのフィーバータイムですわー!!」
トレンの、聞いたことないような哀しい声が聞こえた。
「スバリオ、壊れちゃったー...」
ーーー
私たちはー、挨拶もそこそこに更衣室に向かったー。
道中もスバリオの様子はおかしいままー。
なんだか、今にも踊りだしそうに、というか踊ってるー。
くるくる回ってー、あまりにもー、ねー。
根、詰め過ぎたー?
どう声を駆けようか思案してるとー、いきなりわたしのー服を脱がそうとしてー...って!
「ちょちょちょーっと!なにしているのー!」
「何って、脱ぐんですわ」
「着替えるのはーわかるけど、なんで脱がそうとするのー!」
「それは...」
「それはー?」
「夏だからー!やったー!」
駄目だーこりゃ。
かつてないほどにー、悩んだんだろうねー。
完全に我を忘れてるー。
タガが外れてるーっていうかー。
「とーりーあーえーず!自分で着替えるからー!」
そういって、トレンと書かれた箱を開けるー。
そこには、プールで着るための水はけのよい服、水着ってやつが入っていたー。
実はー、プールについて両親に聞いていたー。
だからー、驚きはあまりないー。
だけど、だけどさ?
「ちょーっとー!スーバーリーオー!」
これは、余りにもー...
殆ど下着...これが水着なのー!?
「わたくしが持つ情報網を通じ!
エルフたちより秘密裏に入手した最新の水着!
トレン!あなたにぴったりの特注!
さぁ着なさい!あなたの体を見せつけるんですのー!」
スバリオはー、興奮しているー。
異様に!興奮しているー!!
ーーー
私、ウィケは戦慄していました。
手には、スバリオ様から提供された水着。
こ、これを着て...フォルク様の前に!?
そんなの、あまりにも、あんまりにも...
ウィケは、ウィケはどうすれば...!
「どうすればも、こうすればもありません!」
勢いよくスバリオ様が正面に現れました。
本当に、あまりの勢いに「現れた」という表現が適切なくらい。
「着るのです!ウィケ!わたくしのように!」
よく見ると、スバリオ様は水着に着替えてらっしゃいました。
女性の私から見ても、とても魅力的に見えるスタイル。
遠くで恥ずかしそうにしているトレン様は、さらにすごい。
少し前に言っていた「スタイルに自信がある」という発言は真実。
それに比べて、私は...
「それは違います!ウィケ!」
見透かしたように、私の目を見据えるスバリオ様。
「あなたがわたくしを羨むように、わたくしだってあなたが羨ましい」
「え?」
急に静かになったスバリオ様が続ける。
「儚げで、細くて。お人形のようにしなやかで」
「え、あ」
「それが映える水着を用意しましたのよー!さあ着るのです!」
「きゃあー!!」
「水着は魅力を引き出す!さあ洋服をお脱ぎなさいな!」
スバリオ様は興奮していらっしゃいます。
異様に!興奮しています!!
ーーー
水着に着替えたボクはふくれっ面だ。
王女様から提供された水着には「子供用」と書かれていたからだ!
ボク同級生だぞ!王女様だからってこれはあんまりだ!
見てよ!トレンとウィケちゃんを!
明らかにボクの水着より力が入ってる!
「それは違いますわシデル!」
目の前に王女様が現れる。
「違くないです!こんな子供用!ボクは嫌だ!」
「良いのです、子供用で!」
「良くない!」
王女様はくるっと1回転したかと思うと、高らかと叫ぶ。
「子供用!それすなわち未来への期待値!」
「はぁ!?」
「すなわち無限!すなわち永遠!」
「えぇ...」
「あなたの水着には、究極の可能性が秘められていますの!」
えっと...よく分からないけども。
なんか、喜んでいい気がしてきたぞ?
「え、じゃあ、これ、似合って...ます?」
「最高に似合っています!」
「にへ、へへへ」
思わずうれしくて笑ってしまった。
そ、それなら悪くないのかな?
「すごく子供っぽくてお似合いですわー!」
「なんだよそれ!」
王女様は興奮している。
異様に!興奮している!
ーーー
「はぁ...」
わたくしスバリオは、プールの隅でうずくまっていた。
こんな醜態、晒したことない。
「はぁ...」
「スバリオー、いい加減顔を上げなよー」
トレンが呆れたように声をかける。
「スバリオ様、うれしくなって変になるキモチ、私にもわかりますから」
ウィケが優しく語りかける。
「遊びましょうよー王女様。うずくまるためのプールではないでしょう?」
シデルが諭すように頭を撫でた。
情けなさに死にそうですの。
穴があったら入って、二度と出てきませんの。
「うぅ...みなざん~」
「ほらー、泣いてないで顔を洗ってきなー」
本当に情けない。
わたしくはどうしてしまったのだろう。
いくらこの日が楽しみだったとはいえ、こんな...こんな...
「ほら、行きましょう。ウィケがついていますから」
手を引かれ、顔を洗う。
「さっきのスバリオ様は、あの、変、でしたけど」
ウィケがおずおずと話し始める。
うっ。矢に刺されたかのように心が痛い。
「でも、水着は魅力を引き出す。その言葉、嬉しかったです。
私たちのために、選んでくださったのでしょう?」
「...はい」
ウィケは優しく微笑んで続けた。
「スバリオ様は、まっすぐで、本当に優しいお方です。
フォルク様に魅力を伝える場を、私たちみんなに用意してくださったんですね」
「うぅ...ウィケ~...」
また顔が汚れてしまいました。
洗い直さねばいけませんわね。
ーーー
水着に着替えた我は、プールへと歩を進める。
何やらスバリオたちの方は騒がしかったが、今の様子を見るに落ち着いたのだろう。
全く、舞い上がりおってからに。
ふと、四天王の皆と湯浴みしたことを思い出す。
我の領土で暴れまわる巨大なワイバーンを仕留めた時だ。
溢れる血で体が汚れた我らは、近くの水場で体を洗うことにした。
あの時も、四天王全員が舞い上がっていたことを覚えている。
最後には妙に落胆した顔をしていたが...
「魔王っちさぁ?なんかかける言葉ない?」
「魔王様、どうしてそう、平静を保てるのですか」
「オレら、そんなに魅力がないか?」
「まぁまぁ皆よ。魔王様はそういうやつだとわかっていただろう?」
あの時は、まるで針のむしろに座っているかのような、そんな心持ちだった。
今でも、あの時何が悪かったか分からない。
だが、今回はそうはならん。
何故なら出発前、セイヴァに呼びとめられ、こういわれたからだ。
「フォルク様、友人たちの水着姿、必ず褒めるのですよ」
皆が我の前に並んでいる。
心なしか、皆顔が赤い。
我はそれを見て、口を開いた。
「皆、水着よく似合っているぞ!」
その言葉を受けて、皆の顔が明るくなったのが分かった。
「ふふ、わたくしがみんなの水着を選んだのですよ」
「はい、とても素敵な水着、感激です」
「良かったー、師匠が似合っているって言うなら、それでいいかな!」
しかし、トレンだけが鋭い目で我を見た。
「どのあたりがー似合っているー?」
「え、あーっと、色、とか?」
空気が重くなるのを感じた。
まるで針のむしろに座っているかのような、そんな心持ちだった。
ーーー
ボール遊び。
なぜか我1人、対、残り全員という謎の組み合わせで勝負が始まった。
プールを半分に区切り、陣地を決める。
ボールを相手の陣地に投げ入れ、相手が3秒以内にボールに触れられなければ得点となる。
もちろん、勝負は一方的だった。
我がボールを、相手の陣地のどこに投げ入れてもキャッチされた。
当然だ。相手は陣地を4人で守っているのだから。
相手の方は余裕があるのか、我に向かってボールをぶつけてくる。
遊びのはずなのに妙に力の入ったボールを受け止めつつ、この理不尽を我は楽しんだ。
競争。
水の中をどれだけ早く泳げるかの競争だ。
この勝負は流石にチーム戦ではなかった。
一列に並び、スバリオの合図で一斉に泳ぐ。
ここではウィケが凄まじい早さを見せた。
流石、治水に関わるだけはある。
かつて見た人魚に例えて褒めると、ウィケは嬉しそうに笑っていた。
さっきは褒めても針のむしろだったのに、この差は一体なんだのだ...
鬼ごっこ。
なぜか我の参加だけは許されなかった。
楽しそうにプールを駆けるシデルたちを眺めて、サイドでゆっくりすることにした。
せっかくだからと皆に飲み物を準備していると、スバリオが横に来た。
「今日は来てくれてありがとう、フォルク」
「こちらこそ感謝だ。水遊びなど何百年...じゃなくて何年振りだか分からん。良い息抜きになったさ」
「ふふ、それならよかったですわ」
スバリオはただ隣に立って、準備をする我を眺めている。
「スバリオ」
「はい」
「今は、真面目な話を全て捨てておけ」
「...」
「よほど根を詰めたのだろう。僕の為なんかにご苦労なことだ」
スバリオは目を伏せている。
「心配するな。我は...僕は誰にも負けん。なぜなら...」
魔王だからな。と、そう言いかけて口をつぐんだ。
魔王である我が負けたから、今があるのか。
「なぜなら、僕はとても恵まれていて、幸せだからだ」
「どういう理屈ですの、それ」
スバリオは、目を細めて、笑った。
魔法学校は、我が覇道を突き進む、そのための舞台。
のはずだった。
だがどうだ。今の状況は。
1人で生きていた時も、四天王と共にいたときも、こうではなかった。
勇者の息子として生まれ、両親の愛を受けて育ち、友に恵まれた。
我が力の元、全てがひれ伏す世界。
目指した世界より、今がずっと輝いている。
もはや、なぜ「全てがひれ伏す世界」を目指したか、思い出せぬほどに。
言葉の主、スピチャ。
生きた海、ミシー。
無命の王、イフ。
無銘の刃、アノニ。
我が四天王たちよ。今の我をみたら軽蔑するか?
それとも、あったのか?
お前たちと、この輝ける日々を過ごせる可能性も。
遠くを見る。
悪意よ。いまだ姿を見せぬ悪意よ。
我は必ず、この輝ける日々を守る。
例え運命ですらも、我が前にひれ伏すのだ。
「柄にもないことを言ったな。忘れろ。我も忘れる」