幕間9:これって恋なのかな?
ボク、シデルは、いつも通り朝4時に目が覚めた。
寮生活から離れても、癖は変わらないようで一安心だ。
空に手をかざし、鳥などが飛んでいないことを確認。
さあ、練習開始!
「創世の天、高き旋風、風よ、全てを切り裂く風よ、世界を巻き裂く誇りを示せ、上級風魔法」
最上級の風魔法を唱えたが、なにも起きなかった。
まだボクには使えない?
もしくは魔力が足りない?
それとも、魔力の練り方?
王女様からお借りした「上級魔法理論」をもう一度頭から読み返す。
空に手をかざし、もう一度チェック。
そして唱える!
「創世の天、高き旋風、風よ、全てを切り裂く風よ、世界を巻き裂く誇りを示せ、上級風魔法」
すん。
まるで、君にはまだ早ーい!って言われてるみたいな微妙な音がなって、魔法は不発。
「はぁ〜、師匠には程遠いや」
諦めて中級呪文の練習に切り替える。
こんなんでも先生からは「優秀だ」と褒められてるけど、王女様や師匠を知っていると、ボクの実力は大したことないんじゃないかって、そう思えてくる。
特に師匠はすごい!
複数属性の同時使用や無音詠唱による呪文省略、更には魔法を体にまとわせる技術!
ゴーレムとの戦いは本当にすごかったな〜。
ボクもあんなふうになりたい。
そして誰かを守れる、勇者のような人間になるんだ!
そうしたら、きっと多くの人に認められる!
おっと、魔法の練習はここまでにして、そろそろウィン院長のお仕事を手伝わないと!
「おや、シデルかい。今日も早起きだねぇ」
「ウィン院長おはよう!ご飯作り手伝いにきたよ!」
「あぁ、いつも助かるよシデル」
弟妹が起き出す前に、ウィン院長の朝食作りを手伝うのも日課のひとつ。
魔法学校に行っている間、ウィン院長1人だけで準備することになりそうで不安だったけど…
「あ、シデル姉おはよう!」
「おっはよーシデル!」
「おはよう!マリア、ルイ。今日もお手伝いえらいね!」
こうして年長の弟妹が院長を手伝っていたみたいで、ボクは安心したよ〜。
朝食作りを終えたら、みんなでお勉強!
この国の歴史や言葉を教える。
今の王様の政策ってやつで、勉強道具は無償配布されてるんだ!
だからボク、王女様をどうしてもスバリオちゃんって呼べないんだよね〜。
だって、王家にはとっても助けてもらってるから、つい様付けしちゃうや。
王女様には呼び捨てしなさい!って言われてるけど、こればっかりは難しいかな。
勉強を教えてしばらく、みんなが飽き出してきた頃に玄関のベルがなった。
師匠だ!
今日は師匠が、ボクのお家であるウィン孤児院に遊びにくる日だ。
もちろん弟妹たちにも伝えてある。
ボクよりずっーとすごくて強い!だから楽しみにしててって!
だから、ベルの音にみんな大興奮!
師匠ししょうの大合唱だ!
果たして、師匠はやってきた!
いつも通り、ツノみたいに髪の毛を2房ピンと立ててやってきた!
「師匠、おはようございます!」
「「ししょー!おはようございます!」」
「なんだ、我...僕はガキどもの師匠にまでなったつもりはないぞ」
「ま〜ま〜師匠!そんなこと言わずに!」
ここからは師匠への質問タイムだ!
弟妹たちに混ざってボクも手をあげる。
師匠はデリスを指差した。デリスも年長の弟妹だ。
「師匠さんはシデルと付き合ってるんですかー」
な、ななな、なんてこと言い出すんだこの子は!
しし、師匠と付き合ってなんて…!
「くだらん質問、却下だ。他のもの、手をあげよ」
く、くだらん質問…
それはそれでなんだか寂しい…
「ししょーはどのくらい強いんですか?」
「シデル100人分よりは強いぞ!」
「すげーっ!」
「勇者様はどんな人ですか?」
「僕の父上は、信念を持った強い人だ。魔王を前に一歩も引かずに戦い抜いた。実にあっぱれな勇者よ」
「かっこいい!」
しばらく、弟妹たちの質問に答えてくれた師匠は、ボクの方を見て言った。
「なにをしょんぼりしているシデルよ、次は貴様の質問を聞こう」
急に言われて驚いた。
さっきの変な質問が頭に残っていて、変な質問が浮かんだ。
…人を好きになるって、どういうことでしょう?
いや、確かに質問してみたいけど!けど!
それは無し!ボクには早い!
「無音詠唱のやり方を教えてください」
「ふむ、無音詠唱か。いいだろう、ガキどももよーく聞くがいい」
無音詠唱。呪文を超圧縮して、無音で出力する業。
呪文の言葉を一音で全て述べることで、音が重なり無音となる。
魔法の威力は落ちるが、呪文を無視できる強みを生かして、不意をついたり高速戦闘で有効。
師匠の説明の間に弟妹たちが寝だした!
これはいけない、勉強は終了にして休み時間だ!
ーーー
休み時間中、師匠と一緒に買い出しに出かけた。
大丈夫だと言ったのに、師匠はついていくと言って聞かなかった。
どうしたんだろ、ちょっと師匠っぽくない。
「シデルよ。先ほどの質問、あれは本当にしたい質問ではないのだろう?」
「うえっ!?」
師匠の余りの鋭さにボクはびっくりした!
どうしてわかったのだろう。
「あの、これは、その…」
「言ってみろ?どんな質問でも笑わん」
「じゃあ、えっと、その…」
どうしよう…言葉が出ない。顔が熱くなる。振り絞ってなんとか質問した。
「ひ、人を好きになるってどういうことでしょうか?」
「…その質問は予想外だったな」
師匠は驚いた顔をした後、腕を組んで少し考えて、こう言った。
「すまんなシデル、我にもよくわからない。だがきっとそれは、尊い気持ちだ。」
師匠は続ける。
「我の...僕の父上は、僕のことを祝福してくれている。生まれてきてくれたことへの感謝を、よく口にしているよ。運命に祝福されている、なんてことも言っていたな」
師匠の顔が少しかげった。なんだかまるで、自分には過ぎたものだと、そう言いたげだ。
そんなことはない。ボクだってウィン院長に祝福されていると、そう言い切れる。
だから、そんな風に師匠には思ってほしくなかった。
「誰かを好きになる、それはきっと自分の家族以外に初めて、そんな気持ちを持つことなのだと、そう僕は考えている。だから、誰か好きな人がいるなら、その気持ちを大切にするがいい」
師匠はそう言って、前してくれたようにボクの髪を撫でた。
師匠の手は暖かくて、心地よいんだ。
「ねぇ、師匠?」
「なんだ?」
「師匠は両親に、とっても大切にされていて。それはきっと、過ぎたものじゃないよ」
「...そうだな」
今ボクが抱いている、この暖かな気持ち。
これが恋なのかな?
王女様の宣戦布告以来、ボクの中で解けない疑問。師匠に聞いてみても、やっぱりはっきりしなかった。
でも、師匠を独り占めできたら幸せだろうなって、そう思う。
そうなれば、稽古し放題!ボクも一気に勇者になれるかも!なーんて。
「おやおや、シデル坊やが恋人さんを連れてきたのかい?」
「ちょっと、ザリアさん!からかわないでよ!」
城下町に似つかわしくない...って言ったら失礼かな。
とにかく、リザードマンのおじさん...知り合いの商人ザリアさんのところに着いた。
「ザリア...ふむ?」
師匠は何か思い出したような、そうでもないような、なんとも微妙な表情でザリアさんを見ていた。
師匠、リザードマンを見たことないのかな、やっぱり珍しいのかな?
「魔法学校の友達かい、リザードマンは珍しいかい?」
「申し訳ない、気を悪くしたなら謝ろう」
「はっはっは、行商しているとそういうのは慣れっこさ。シュルル!」
ザリアさんは舌を出して笑った。
ザリアさんは行商で、いろんなところを旅しているらしい。なんと18年も行商を続けている!
凄いよね。ボクが生きた時間の1.5倍だ。
「ザリアさんは行商でね。珍しい品を一杯扱っているんだ。」
「ウィン院長は難病の子供も引き取っているからね。そういう子たち向けの薬も取り扱っているから、その縁でシデルとは仲良しなんだよ。シュルル!」
いつものように薬を頼み、お金を渡す。
その時、小声でザリアさんがつぶやいた。
「で、実際のところどうなんだい?恋人かい?」
「~~~!もうザリアさん!」
「シュラララ!」
ボクは声にならない声で叫んだ。
ーーー
買い出しから帰ってきたら、もう午後になっていた。
午後は弟妹たちと遊ぶ時間!
師匠も混ざって、鬼ごっこをした。
鬼はボクと師匠。ここでも師匠はすごかった。弟妹たちを次々と捉えていき、あっという間に全員をとらえた。
ここでまたデリスが余計なことを言い出した。
「師匠とシデル姉、どっちが鬼ごっこ強いのかみたいでーす!」
「あ、私もみたーい」
「みたいみたいー」
も〜、デリス!また変なことを言って!
「ふむ、シデルの素早さには我...僕も一目置いている。やってみるか、シデルよ」
「え!師匠、のり気なんですか?」
「僕は力試しが好きなんだ」
こうして始まった、タイマン鬼ごっこ!
師匠が全速力で僕に向かってくる。僕はそれから逃げるがすぐに壁際に追い詰められる!
「バカめシデル!そこは壁だ!」
「わかってます、よっと!」
僕は壁を蹴り、師匠の頭上を飛び越えた。
これが必殺、三角飛びだ!
師匠は勢いよく壁にぶつかる!あちゃ〜!
「し、師匠、大丈夫ですか!?」
「く、くく、シデルよ。やるではないか!」
再び全速力で追いかけてくる師匠。
再び僕は壁際に追い込まれる!
「今度は三角飛びは使わせんぞ!」
「それなら!」
僕はもう一つの必殺技、股くぐりを使う!
師匠の股をくぐって見事ピンチを脱出。したのはいいけど、師匠がまた壁にぶつかった…
「がぁぁぁあああ!!いい度胸だなシデルよ!」
師匠が本気で怒り出したのと、僕も楽しくなってきたのもあって、追いかけっこは10分以上続いた。
「今度こそ終わりだシデルよ!」
「わぁぁあ!?」
気がついたら僕は師匠に抱きしめられていた。
顔が赤く、熱くなっていくのがわかる。
「ちょ、師匠、離してください!」
「離すものか、また逃げられたら敵わん!どうだガキども!我…じゃない僕の勝利だ!」
「あー、シデル赤くなってらー」
ちょっと!またデリス!
こうして、師匠との時間はとても楽しく、そして少し恥ずかしい感じで過ぎていくのだった。