16章:実家に帰省…気が進まん
終業式を終え、夏休みがスタートした。
夏休みでも学校は開かれており、希望するものは寮での生活継続が許されている。
そのため、勉学に勤しむもの、家での居場所に困るもの、自立心を育もうという気合の入ったものは寮に残ることができる。
それ以外のものは各自の実家に帰り、しばしの休暇を楽しむ。
面倒なことに、宿題も出される。
我には簡単なものだが、面倒なものは面倒だ。
スバリオは別荘に滞在するそうだが、前のダンジョン騒ぎについて調べるために城にも顔を出すようだ。
奴が王家の中で孤立しているのは知っている。
あの赤い髪を不吉がられるため、城には戻らないだろうと思っていたが、我のことが気にかかると言っていた。
全く、気にしすぎなのだ、スバリオは。
トレンは実家に帰るらしい。
自身の制御できない部分、獣について両親に本格的に相談し、制御のすべを探すのだと息巻いていた。
ダンジョンでの一件がよほどこたえたようだ。
無理はするな、あと宿題も忘れるなとだけは伝えておいた。
シデルは孤児院に帰るらしい。
孤児院の子供達に魔法を教えてやるのだと、楽しそうに語っていた。
自分に続く魔法学校への入学者を増やし、孤児の働く選択肢を増やしたいのだとか。
全く、立派な奴だ。
ウィケは父親の子爵領に戻るそうだ。
両親の仕事を引き継ぐのを目標としているらしく、夏休みの間も両親に付いて働くのだとか。
シデルといいウィケといい、目標がはっきりしているのは素晴らしいな。
かくいう我は、寮と実家を行き来するという、どっちつかずな選択肢を取ることにした。
理由はいろいろある。
1つは、両親の指導を改めて受けること。
ダンジョン騒ぎで魔王時代の奥義を使ったが、体が耐えられなかった。
このままではいけない。魔王たるものが自分の技を制御できないなどと、あってはならぬ。
勇者一行の技を改めて学ぶ、もとい盗むことで自らの力を高める目的だ。
もう1つは、約束が多すぎて拠点が一つだと行き来に苦労するからだ。
まずスバリオ。別荘に皆と遊びに来るように言われている。なんでも「ぷうる」なる、はやりの遊びを用意しているらしい。
トレンには、両親に会いに来いと言われている。
我としても、戦士バルトーに会い、久々に稽古を受けたいと思っていた。やつの剣術は、魔王時代でも我に匹敵するほどだった。
自らの力を高めるためには、ぜひ会っておきたい。
シデルとは孤児院に遊びに来る約束をした。
ガキの相手など、まあ我にかかれば余裕だろう。
煩わしいことこの上ないが、一応シデルの師匠…ということになっているのだ。弟子の顔を立てることも必要だろう。
ウィケにも、ぜひ遊びに来てほしいと言われている。
自分の育った土地を、ぜひ見てほしいのだと。
ついでに両親にも紹介したいのだと。
ついでに領の名産である果物を味わってほしいのだと。
ついでに…ついでに…ついでに…ついでに…ついでに…ああ!!もう、頭がこんがらがる。
とにかく来いと、そういうことだ。
さて、そういうわけで寮から離れ、我は久々に自身の邸宅に戻ることになった。
「お帰りなさい、フォルク」
「ただいま戻りました、母上」
目の前の小柄な女性に挨拶する。
漆黒の髪と瞳、きっと我の容姿に影響を与えたろうそれは、冒険者時代と異なり短く切られている。
そして、小柄な体に似つかわしくない膨大な魔力。わかるものなら、相対するだけで理解する、彼女がただものではないと。
勇者一行の魔法使いマル…我の母上が出迎えた。こうして対面するのは、ずいぶん久々だな。
「フォルクぼっちゃま、お荷物お持ちいたします」
「不要だ、セイヴァ」
白髪混じりの、しかし立派な体躯の男が我の荷物を持とうとするのを制止した。
セイヴァは勇者ブレスが公爵地位を受領した時から使える執事で、我が家のいっさいを取り仕切る。
掃除など面倒を片付けてくれるのはありがたいが、不要な荷物持ちまでしようとするのはありがた迷惑だ。
「父上は?」
「ブレスは公務で外出中よ。あなたの帰宅に合わせて帰れるよう急ぐと言っていたわ」
「そうか…」
父上…勇者ブレス。
力を試し高めるためにはぜひ会っておきたいが、魔王としては非常に会いたくない。
見た目は細身の優男と言った風だが、その奥には高潔な理想と、理想を実現するにふさわしい力が秘められている。
四天王の2人目が倒されたとき、我は初めて勇者一行を認識した。
初めは信じられなかった。こんなものたちに、我と共に歩んだ四天王が倒されたなどと。
だが、戦うにつれて理解した。
胸に秘められた、確かな思いを。
自室で物思いにふけっていると、執事やメイドたちの慌ただしい足音が聞こえる。
どうやら父上が帰って来たようだ。
我も出迎えるために玄関へ向かう。
「お久しぶりです、父上」
「フォルク、久しぶりだな。学校ではいろいろあったらしいじゃないか」
「…はい」
「フォルクの話を聞きたいが、久々の対面なんだ。中庭で稽古しながら話そうか」
我と勇者は、稽古をしながらあれこれ話すのが常だった。
勇者に言わせると、剣を交えた方が言葉より多くのことが伝わるそうだ。
我もその意見には賛成だ。拳を交えなければわからぬ境地は確かにある。
勇者と我は着替え、訓練用の剣を構える。
剣のきっさきが触れたかと思うと、勇者は突きをくり出した。
我はそれをかわしながら、その勢いのまま剣を横に薙ぐ。
勇者は軽々とそれを受け止め、払いのける。
ふふ、やはり楽しいな。ただ純粋に戦うというものは。
「フォルク」
「はい、父上」
「試験では大変だったそうじゃないか。すごい魔物を倒したとか」
「いえ、大したことはありません」
「はは、謙遜するな。フォルクが倒したのはおそらく、王家のゴーレム。伝説に伝わる、「時を見る魔法使い」がかつて創造したとされるものだ」
剣を交えながら話す。
「王家のゴーレムを単独で倒したとなると、フォルクの本気は、もう俺を超えているかもしれないな。父親として鼻が高いよ」
「父上こそご謙遜を。僕が父上を超えたなどと、そんなわけがないじゃないですか」
剣戟はますます激しくなる。勇者のきっさきが頬をかすめる。
隙を見て打ち込もうにも隙はなく、鍔迫り合い顔が近づく。
「フォルク、これだけは忘れるな」
「…」
「フォルクは、俺に、マルに、運命に祝福されて生まれて来たんだ。誰かに命を狙われるいわれはない」
「…!?」
勇者は気付いている!?
我が命を狙われていることに。
「たとえ、フォルクがなんであろうとだ」
「父上…それは…」
「それだけ、ちゃんと伝えたかった」
それからは取り止めのない話をした。
新しい友人の話。父上の公務のこと。再試験の些細なミス。今後の予定。
やがて、セイヴァから食事の準備ができたことを伝えられ、稽古は終了した。
ーーー
夜、自室で父上の言葉を反芻した。
「たとえ、フォルクがなんであろうとだ」
あの言葉はどういう意味だったのだろうか?
父上は、勇者は、我の正体に気付いている?
それとも、どうあろうと息子なのだという、そういう宣言?
だがわかることがある。
父上は変わらず、我を祝福していることだ。
魔王が勇者に祝福などと…。
だが、それが存外心地いい。
魔王らしくないことを考えながら、我は眠りについた。