幕間6:悪意とゴーレム
時は遡り、試験前日。
王座に座り考える。
勇者の息子をダンジョンに閉じ込める。ここまでは良い。だが、相手はあの勇者の息子。これだけでは脱出される恐れがある。
なれば次善の策を用意する必要がある。
勇者の息子を亡き者とするためには、これだけでは足りないだろう。
こういうのはどうか。
魔法も物理攻撃も効かない王家のゴーレムをぶつける。これならば閉じ込めるだけより勝率が高い。
しかし、万が一逃げられたら?
ならば逃げられない状況を作ろう。勇者の息子には大切にしている娘が2人いる。
これを利用しよう。
悪意が形をなしてほほ笑む。
王座は、しかし暗い影を落としていた。
ーーー
スバリオ様・シデルさんのペアがダンジョンに入って5分経過しました。次は私たちの番です。
私、ウィケはいささか緊張してまいりました。初めての試験、初めてのダンジョン。何が待ち受けているのか不安と期待で、そう、胸がいっぱいです。
お隣のトレンさんはいつも通り、目をそほめてゆるりとしております。その落ち着きはわたしも、きっと、参考にせねばなりません。
「フォルクー、大丈夫かなー?」
「フォルク様なら、うん、きっと大丈夫ですよ」
「あー、1人で寂しくないかなーって意味ー。あー見えてけっこー、寂しがりなんだよー」
「それは、その、何だか悪いことしましたね」
「うんー、まさかフォルクが余っちゃうーなんてー思わなくてさー」
そう言いながら、トレンさんは申し訳なさそうに頭をかきました。
先生が呼びかけます。
「トレンさん、ウィケさん、ダンジョンに入ってください」
今回のテストは、フォルク様に頼らずに挑む、初めての試練です。きっといい成績を取って、フォルク様にほめてもらうんです!
「はい!で、ではトレンさん、改めてよろしくお願いします!」
「うんー、よろしくねー」
ーーー
ボク、シデルは、王女さまと共に意気揚々とダンジョンを進んでいた。
王女様の前に立ち、気分はまるで勇者。心が躍った。
「王女様、魔物が現れました!」
「これは、人工のスライム…かしら?実物を見るのは初めてですわ」
王女様とボクの目の前には、プルプルとした液体が、でも自立して居座っていた。
まるで、通さないぞ!、そう言っているかのよう。
「うーん、どうしようかな?」
「どうもありませんわシデル。さっさと撃退して先に進みますわよ」
「でも何だか無害そうで…」
そう言い合っているとスライムが飛びかかってきた。反射的に唱える。
「創世の天、高き旋風、風よ、下級風魔法」
唱え終わるや否や、烈風に無惨に切り裂かれたスライムは水となって散った。
「ああ…弟たちのおもちゃにできそうだったのに…」
「まさか持って帰るつもりだったのです?」
「はい王女様、危険がなければ...ですけど」
「おもちゃのスライム...楽しそうではありますが、自分で作れるようになってからでも遅くありませんわ」
王女様は、一呼吸おいて、感嘆した様子を見せた。
「それにしても、今の魔法は見事でしたわね。正確で速い詠唱、素晴らしいものでしたわ」
「ありがとうございます!王女様!
師匠の無音詠唱に近づくために練習してるんです!どうやったら、あのように呪文を無視して魔法を放てるのでしょうね?」
「あれはおそらく、呪文を超圧縮して、まるで唱えていないように見せているのですわ。わたくしも練習中ですが、なかなかうまくいきませんわね」
「呪文を…ちょうあっしゅく?」
「ま、今はテストに集中しましょう。気になるならフォルクに習えば良いですから」
ボクと王女様のダンジョン探索は順調に進んでいきました。
「ターゲット確認…確保開始」
それが現れるまでは。
ーーー
ウィケと一緒に、ゆるゆるーってダンジョンを進んでいたんだけどー、目の前にー変なものがー現れたんだー。
「ターゲット確認、ターゲット確認、確保…開始」
わたし、トレンを指さしながらー、それは動き始めたー。
大きさはわたしより大きいかなー?2メートルくらいありそー。
体が、大きな岩の集まりーって感じでー、体の中心にー男の顔の彫刻ーって見た目ー。
これって、授業で習ったゴーレムってーやつじゃないかなー?
どうやらねー狙いはーわたしみたいー。
「ウィケー、下がってー」
「し、しかしトレンさん!?」
「大丈夫だからさー、きっときっとね?」
ウィケを下がらせてー、剣を握ってー、渾身の力を込めてー、どーん!!!
はーい、ゴーレムはぐしゃぐしゃになって吹き飛んでいきましたー、パチパチパチーッ。
「うーん、思ったよりー大したことないーかなー?」
「すごい、こ、これがトレンさんの本気!」
そう思ってたらーゴーレムがむくーって起き上がってきたー、わおー、びっくりだー。
わたしの渾身の一撃を受けられるのはーフォルクとお父さん、それから勇者様くらいだと思うんだけどなー。
よーく見るとー、斬撃の傷で真っ二つになってはいるなー。でも岩が細かくなったーってだけで動きに影響はないって感じだー。
こーれーって、もしかしてー、物理無効の魔物ってやつー?
やばーい、人生最大のピンチーってやつかもー?
「そ、そんな、トレンさんの剣が効かないなんて!?」
「ウィケー、どうやらこの魔物、多分物理攻撃がほとんど効かないタイプー、どーしたらいいと思うー?」
「えっと、下がりながら魔法で応戦しましょう!わたしも少しばかり水魔法が使えます。」
「うわー助かるー!わたしー授業ちゃんと受けてなくてさー、呪文がいまいち頭に入ってないのー」
怯えるウィケが安心するよーに、なるべく平気な顔して笑いかけるー。
勝てないーって思っていることを、おくびにも出さないよーに。
なんだかんだ、ライバルって言ったてさー。
友だちだからー。傷ついてほしくないんだー。
「じゃー、わたしが前に出るからー、呪文で応戦ー、お願いできるー?」
「ま、任せてください!」
応戦しながらー考えるー。
道中何度か出会ったスライムとは明らかーに、レベルが違うー。
しかも狙いはわたしときたー。
これってー、試験の範囲外の出来事なんじゃーないかーってねー?
いいのかなー、このまま戦って?
かつてフォルクにそうしたように、私の獣を、出した方がいいんじゃないかなー?
けれど、けれどね。
ウィケをまきこんでしまったらどうしよー。
魔法学校でできたー、新しい友達ー、そしてライバルー。
嫌だなー、傷つけたくないなー。
でもー、このままじゃウィケがゴーレムに傷つけられてしまうかもー。
だからって一人逃がしてもー、ウィケが助かる保証はー、きっとないー。
解放してしまえばー、昔フォルクにやったように見境なくなるー。
どうしたらー…
「創世の生、原初の青、水よ、下級水魔法」
ウィケは休む間ーもなく、次を唱え始めるー。
「創世の生、原初の青、水よ、下級水魔法」
そうだねー、アブナイ手段は使えない。だってこんなに懸命な女の子ー。傷つけるのは戦士の娘の名折れだよー。
でもー、ゴーレムは平気そーにケタケタ笑っているー。そー見えるー。
このままウィケの魔法切れまで戦ったってー、きっと勝てないー。
けれど、けれどね、わたしはー獣の誘惑に負けないよー。このまま戦って、勝利するのだー!
わたしとウィケの連携の隙をついてー、ゴーレムは岩を飛ばしてくるー。
それを砕いてー応戦するー。その繰り返しー。
こうして戦いを長引かせてー、先生たちの介入を待つー。
きっとそれが最適解だー。それがわたしたちの勝利ジョーケン。
何度も岩を飛ばしてくるー。
繰り返しー、繰り返しー、時間をかけてー。
じりじりと対応するー。
油断したんだー。対応に慣れてきてさー。
腹部に鈍い衝撃が走るー。
体が宙を舞ったー、そのまま天井にドーン、そして床にべチャー。
いったーい。
咳したらー、口から血が出ちゃったー。
こいつはーいいーところにヒットしたねー。
「ターゲット確保、確保、確保」
ゴーレムが近づいてくるー。よーく見ると、片腕がないー。
投げ飛ばす岩に混ぜてー、操作可能な腕を飛ばしてきたんだー。
砕けた岩を目くらましにー、私にクリーンヒーット。やるねー。
「ウィ…ケ、逃げー…」
「逃げません!」
強い言葉に思わず目を開いちゃったー。
泣きながらウィケは叫んだー。
「わたしは逃げません!あなたを置いて逃げません!、だって、だってだって!友達だから!」
ウィケはわたしに近づいてきて、治癒魔法を唱えようとしているなー。
止めなきゃー。
わたしは立ち上がって、叫んだー。
「ダメー!攻撃に集中してー!」
「でも、トレンさんが!」
ウィケは、私の前に立ってしまったー。
ゴーレムが飛ばす岩を、その身で受けとめるー。
「どいてー!」
「嫌です!どきません!」
体に鞭を打って、無理やり動かすー。
ウィケに飛んでくる岩ー、全て撃墜ー。やるじゃんわたしー。
う、血を吐いちゃったー。まずいなこりゃー。
その時、轟音が響いたー。
ーーー
「今の轟音!きっと師匠だ!」
「フォルクにも何かあったのかしら?」
わたくしスバリオは、シデルと共に謎のゴーレムと対峙していた。
大きさは2メートルくらいでしょうか。
液体のような金属で体を構成するそのゴーレムは、体の中心に、彫刻したようなら女性の面が張りついていますの。
いくら魔法を撃ってもびくともしない。
おそらく魔法無効の魔物。そしてさらに、恐らくわたくしを狙っている
下がりながら魔法を撃ち続け、隙を見てはわたくしにスピードで勝るシデルが剣で切りつける。
この戦法で、何とか戦いになっていましたが、ゴーレムは倒れる気配がありませんの。
シデルはもう傷だらけで、見ていて痛ましいほどです。
下がってとお願いするのですが、引いてくれませんの。
わたくし自分の弱さを恥じているのに、シデルのために何もできなくて、悔しい。
「きっと師匠が助けてくれる!王女様!もうひと頑張りですよ!」
「ええっ、フォルクならきっと…」
そういうわたくし自身ももう限界が近い。魔法を撃ち続けて、魔力は枯渇寸前。
それでも諦めるわけにはいかない。友達が頑張っているのに、王女たるわたくしが諦めるものか!
轟音が鳴ってしばらく。
再び轟音が鳴り響く。
轟音。轟音。轟音。それはどんどん近づいてくる!
そして聞きなれた声が聞こえる。
「我が攻撃にそなえろ!スバリオ!トレン!シデル!ウィケ!」
一呼吸おいて、再び轟音が響いた。
「…上級火魔法拳」
辺り一体は崩れ、状況が変わる。
どうやらわたくし達とトレン達は、近くにいたようですわね。そして、同じようにゴーレムに襲われている。
それを見たフォルクは激昂して叫んだ。
「みな、我の後ろにこい!!」
勇者の息子は、しかし強い敵意をたぎらせて、ゴーレムと対峙した。