08章:魔王談義とは何事だ!?
「フォルク、今日の予定は空いていまして?」
「なんだスバリオ、談義の誘いか?」
「ええ、シデルやウィケ、トレンも誘って、いかがかしら?」
「…他の奴らを誘ってもついていけないんじゃないか?」
「今日の談義はちょっとしたおしゃべりですの。ちょうどよく面白いテーマを思いつきまして。いつものような難しい話ではありませんので、ぜひ皆さんに参加してほしいのです」
我とスバリオは、よく談義を行う。
テーマは様々。
千年王国の財政について。
農業の活性化方法と食料自給率の向上。
魔法の原理探索。
公共事業を担う騎士の知名度向上。
…と言った真面目なものから
あの演劇はどうだったか?
平民の間で流行っているお菓子の調査
など、どうでも良い雑談まで多岐にわたる。
今回の談義は後者の方らしい。
我としては、自分の知らぬ知識を手に入れる場として、この談義を歓迎している。
魔王としての経験だが、情報は力になる。
情報を軽視にして気取って構えていたら、勇者一行の情報を掴みきれずいいように遊ばれた。
そんな談義だが、皆を誘ってと言うのは珍しい。スバリオは、普段なら談義にあまり人を呼びたがらない。
我と対面で話すことに意味があると、チラッと言っていた気がするが、詳細はわからぬ。
それがどう言うつもりか、今回は皆を呼びたいのだそうだ。
談義は午後2時から行いたい、そうスバリオに伝えられた。
確か今の時間は選択授業で、スバリオと我は魔物学、トレンは演舞、ウィケは補助魔術基礎、シデルは貴族の歴史と風習、だったな。
今日の授業はこの選択授業で終了。談義までは暇だ。なれば学校を巡りながら暇つぶしして、各人に呼びかけるのも悪くない。
スバリオと教室で別れた我は、まず広場に向かった。広場ではトレンが演舞の授業を終えたところだろう。
果たして、トレンを見つけた。が、多くの女子生徒たちに囲まれているな。
「あー、フォルクだー!みんなごめんねー」
我を見つけたトレンは、人の輪を掻き分けて我のもとにやってきた。
それを笑いながら出迎える。
「人気者ではないか、トレン」
「やめてよーフォルクー、剣技の役に立つかと思って選んだ授業だけどー、なんか目立ってしまうんだよねー」
まぁそうだろうな。
トレンは贔屓目に見なくても美しい人間である。その大きな体、なびく深緑の髪で踊り舞えば、大きな注目を浴びるだろう。
「スバリオが談義に来て欲しいそうだ。午後2時、空いているか?」
「おー!珍しいねー、いつものスバリオなら、フォルクとの談義を邪魔すると怒るのにー?」
「前にシデルが見学したし、思うところでもあるんじゃないか?、確かに伝えたぞ」
「はーい、ありがとーフォルクー」
そういいながらトレンは抱きついてきた。
周りから黄色い歓声が上がる。トレンのファンからすれば、これは大事だろう。我としても暑苦しいから辞めてもらいたい。
「やめんか、暑苦しい」
「うわー、フォルクったらノリわるーい」
次はシデルとウィケだ。
この時間なら、2人とも食堂だろう。派閥の関係上一緒にいる可能性もある。
予想通り2人とも食堂にいた。
「シデル、ウィケ」
「あ、師匠!」
「フォルク様」
「シデル、師匠呼びはやめろ」
「辞めません!師匠!」
思わずため息をつく。シデルのやつ、決闘の一件以来、常にこんな感じだ。
諦めてウィケの方を向いて話す。
「スバリオから談義の誘いがあった。午後2時からだ、参加するか?」
ウィケは二つ返事で返す…と思いきやおずおずと聞いてきた。
「…今日の談義はフォルク様も参加なさるのですよね?」
「もちろんだ」
「わかりました、参加させていただきます」
シデルが割り込んで会話に入ってきた。
「僕も参加します!師匠と王女様の談義、今度こそついてきて見せます!」
「その意気や良し。だが、今日の談義は多分大した内容ではあるまいよ」
「そう、なのですか?」
先日の談義を思い出しているのだろう。あの時とは違うのかと、少し残念そうに、しかし安堵した様子だ。
「では確かに伝えたぞ」
さて、スバリオの所に戻ろうか。
おそらく寮の自室で談義の準備をしていることだろう。
スバリオは完璧主義的な奴で、半端な知識を嫌う。特に自分に厳しく、事前勉強を欠かさない。そのため、談義で我が知識で勝てることは滅多にない。
流石に魔物の生態や種族なんかは、我の知識量が勝っているがな。
こればかりは数百年、魔王として生きてきた我の知識が勝つ。
スバリオの部屋に向かうと、当のスバリオが慌ただしく出てきた。
「どうしたスバリオ、そんなに急いでどこに行く?」
「ああフォルク、ちょうどいいところに。少し予定が入ってしまって、談義の時間をずらすことにしましたの。申し訳ありませんが午後3時にいらしてもらっても良いでしょうか?」
「構わぬが、他の皆はどうする、もう午後2時開始だと伝えているぞ?」
「今から私が伝えに行きますわ、だからフォルクは自室でゆっくり待っていてくださいまし」
慌ただしくスバリオは去っていった。
ふむ、スバリオの振る舞い、これは嘘だな。
あのスバリオが急な予定で慌てるなどあり得ない。急を要する予定すら予測できるのがスバリオだ。
その上、魔法の気配を漂わせていた。おそらくさっきのスバリオは、魔法による分身か何かだろう。
我に内緒ということは、今度突っかかってくる時のネタを急に思いついたとか、そんなところだろうか。
いいさ、言うとおりにしてやろうか。
しかし、分身とは面白いことをする。
どうして城下のことまで詳しいのか聞いたことがある。あの時ははぐらかされたが、からくりが見えてきたぞ。
多分だが、スバリオの奴は分身を使って城下に抜け出しているな。魔法自体は、王宮魔術師のデイスにでも習ったか、はたまた自ら作り出したか。
体系化された人間の魔法と違って、魔物は独自に魔法を生み出すことが多い。我の「闇魔法げんこつ」と同じく、日常で必要になることもある。
何より、人間の身より魔物の方が、魔力というものを実感しやすい。
これは、魔王から勇者の息子に転生して知った、種族の差異というやつだ。
だが、スバリオの知識と才能なら、きっと自ら魔法を生み出すこともたやすいだろう。
才能でいえばシデルもだ。
弟子として接するうちに知ったが、魔法学校に入る前に得た知識は、全て独学なのだそうだ。そのうえ我らより3才年下だ。
知り合いに魔物がいるらしく、魔法について色々教えてもらったようだ。だが、それを差し引いても素晴らしい才能だ。
この2人が魔物であったならば、独自の魔法体系を生み出すほどの力を持っていただろうな。
そんなことを考えながら、自室でゆるりと過ごす。
勇者の息子に転生してからというもの、こうやって緩やかに過ごす時間が増えた。
やはり勇者の血が入っているからだろうか?
平穏というぬるま湯が我を蝕む。
ぬるま湯から脱しようという我と、ぬるま湯につかるのも良いのではないかと、そう思う我がいる。
…いけないな。覇道を刻むはずが普通の学校生活を送っている。
我は魔王。このままぬるま湯につかっていては、死んでいった部下たちに示しがつかぬ。
我が力のもと、全てがひれ伏す世界のために。
おや、時間とは早いものだ。もう約束の時間だ。考え事は置いておいて、スバリオの部屋に向かおう。
魔王は約束を果たすものだ。
スバリオの部屋に入ると、すでに他の4人は揃っていた。
何やらすでに談義を終えた後のような、軽い疲労感、仲間意識、少しの緊張、そんなものを感じるな。
「なんだ?我を仲間外れにして談義を始めていたのか?」
「フォルク様、ええと、その…」
ウィケが答える。その口調には焦りが見える。
「なんでもありませんわフォルク。軽い世間話をしていましたの」
そう言うスバリオは冷や汗をかいている。
ふん、我を除け者に談義とはいい度胸だ。
会議で四天王に部屋を追い出されて、我抜きで作戦が決定してしまった時のことを思い出す。
「魔王様は会議に参加されなくてもよいですよ」
「魔王っちってさ、出す作戦ぜーんぶ正面衝突ばっかりだよね?」
「作戦を考えるのは我々に任せていただきたい。皆が皆、魔王様のようには戦えないのだ」
「オレは好きだけどよ、魔王様の作戦さ?」
「「「脳筋は黙っててください」」」
昔の悲しい思い出と今を重ね、我は少ししょんぼりしつつ席についた。
さぁ、談義を始めようではないか。
ーーー
魔物。
それは人間ではなく、また動物でもない生物の総称だ。
人間と交易する魔物もいるが、大抵は不可侵を貫いている。
集落を作り暮らしているものも多い。
最も有名なのは、エルフと呼ばれる種族だろう。長命で閉鎖的だが、人間と近しい体をしているため、他の魔物以上に交流が多い。
人とエルフのハーフなどもいるそうだ。
そんな中、魔王を名乗り、魔物の一部を統率し、世界へ宣戦布告する者が現れた。
宣戦布告の理由は「我が力の元、全てをひれ伏す」。
魔王の軍勢は、魔物・人間関係なく襲いかかった。占領された町は服従を強いられた。
千年王国の王はその状況を憂い、魔王を倒すもの、すなわち勇者を見出した。
勇者一行は多くの冒険を乗り越え、時には魔物と協力し、魔王の軍勢を撃破した。
四天王を打ち破り、ついには魔王をも討伐した。
世界は魔王という脅威に晒され1つになった。
今後の世界はどうなるのだろうか?
融和の道に進むか、元の断絶した暮らしに戻るか。
今はまだ、わからない。
ーーー
「さて、ここまでが、授業で習った魔物と人の歴史の概要ですわ」
まぁ、常識の範疇だな。
魔法学校で改めて習ってはいるが、平民含めほとんどの人が知っている内容だろう。
「さてこの話には重要な要素がありますわ」
「魔王、ですか?」
「やっぱーそれだよねー」
ふむ、そうだろうな。
世界の歴史を語るにおいて我の存在は欠かせまい。
「ボクは魔王の凄さがよくわからないな。兄弟たちを寝かしつける時に、寝物語として聞かせてあげたくらいかな?」
「シデルの言うとおりですね、私たちが生まれる前の話ですから」
「あれー、ふたりとも兄弟いるのー?」
「シデルには妹がひとり、シデルの兄妹は18人でしたわね」
「王女様スゴイ!ウィン孤児院のことを知っているの?」
「ふふ、王女たるもの、城下のことは何でも知っていますわ」
「じゃあじゃあ!最近できたパン屋トバリスのことも?」
「流石のスバリオもそれは知らんだろう」
「あのパン屋のアンパンは絶品、もちろん存じておりますわ」
「すごー!」
これでは談義というよりほとんど雑談だな。
しかし、よくよく考えてみれば、我の死後にこいつらは生まれたのか。
なれば、我が恐怖を知らぬのも無理はない。
こんな恐れ知らずなテーマの談義、我が生きていれば誰もできまいよ。
「そこで今日のテーマ、私たちが魔王と対峙し、勝つためにはどうすれば良いか!、ですわ!」
は?
「おーそれは面白いねー」
「ボクが魔王と対峙…ゴクリ」
「つ、つまりスバリオ様、私たちが勇者ならどうなっていたか?と言う仮定のお話ですね」
「そのとおりですわ!」
待て待て待て!我と勇者一行の戦いを談義の場に持ち出すでない!
それほど軽い戦いではないのだぞ!世界の命運を賭けた…
「フォルク?、すごく不服そうですけど、他のテーマが良いですか?」
「勇者の息子だしー思うところあるのかなー?」
「そ、それはトレン様も同じでは…?」
くそっ!
我が魔王だから軽く扱わないでほしいとか言えるわけがない!
そんなこと言った正体がバレてしまったら、談義の内容が現実になりかねん。
全盛期ならともかく、だ!
今の力で、トレンの獣と刃を交えつつ他の相手はできん!
つまり死ぬしかない!
それだけはごめんこうむる!
「…別に…異論はないさ」
「よかったですわ、それで始めましょう」
こうして、我を倒す談義がスタートした。
なぜ我が我を倒さなければならんのだ...