#76.こうてんするながれ
「――なるほど、事情は分かった気がするわ」
「陛下御自身が、そのローレンシアとかいう神の魔物に願いをかなえてもらった結果、この城内の有様、か」
テレサとクローヴェルに王との会話の内容を聞かせると、二人揃って難しい顔のまま頷いていた。
「王宮への出入りがなければ、そして、客観的に状況を見られなければ、恐らく誰も気づけないであろうことだが……それを知る私には、やはり違和感しかないんだ」
「その様子だと、素直に祝われて次代のお妃さまに、となるつもりもないようね?」
「……もしかしたら、こんな事がなくて、普通に殿下にプロポーズされたのなら、それを受ける未来もあったかもしれないが……」
「まあ、裏で神の魔物が関わってる、なんて言われたら、流石に放置はできないわよね」
今は、むしろその王子の願いが、そして王自身の願いもが、ローレンシアに利用されようとしているかもしれないのだ。
あるいは、より邪悪なスケールの大きな願いを望む者がいたなら、それが叶ってしまう事はあまりにも危険すぎた。
その危険度が、テレサにもクローヴェルにも解かるのだ。
状況のまずさを覚え、頬に汗を感じたテレサに、クローヴェルは気遣うように窓を開け、また隣に控える。
「セシリアは、そのローレンシアとかいうのを討つ気でいるのね? 勝算はあるの?」
「……ローレンシアと初めて会った時、私は彼女を敵だと見なし、攻撃を加えた事があった」
「それで?」
「一撃で瀕死にまで追いやれたよ……いや、羽ばたき宙を舞ったから斬撃で撃ち落としただけで、案外あれすらも――」
ミノスの強靭さ、シャドウの狡猾さを見れば、同じ神の魔物が、そんなに簡単に死ぬとも思えなかったのだ。
何より、二度目の時の危うさを思い出し「そんな簡単に倒せるはずがない」という気持ちも湧いていた。
「――ああ、やはり、確実とは言い切れないな。仲間とも別れてしまった。私一人では……場合によっては」
――洗脳され、いいように使われてしまうかもしれない。
そんな恐怖が、今更のように思い出されていた。
その時こそアルテの事前の策のおかげで退避に成功したが、自分ひとりだけならどうなるか……
そこまで考え、やはり仲間の存在は大きかったのだと、今更のように再認識させられていた。
(私は……自分で思っていた以上に、仲間に助けられていたんだな)
誰一人欠けてもいけなかった。
誰か一人欠けたら成り立たない冒険ばかりだった。
なのに今は、自分ひとりしかいなかった。
「……貴方の実力はよく知っているわ。それでも、仲間がいないと無理そうなのね」
「ああ。今回もやはり、私には仲間が必要だった」
私だけではどうにもな、と、苦笑いして。
そして、誤魔化す様に窓へと近づき、外を見ようとした。
「……うん?」
「うわ、ばれちまった」
不意に、『そこに居るはずのない者』が居て、スルーしようとして……二度見してやはりおかしい事に気づく。
確かに居たのだ。普段と違って、黒づくめの、見慣れた仲間が。
「シェルビー!?」
「よ、よぉ、セシリア。ちょーっと、静かにしてもらえると助かるんだが?」
しー、と、口元に指をあてるシェルビーに、セシリアも小さく頷き「とにかく中に」と招き入れる。
「あら、誰かと思えば」
「シェルビー……お前、こんなところで何をしているんだ?」
テレサもクローヴェルも驚いた様子ではあったが、シェルビーが「いやあ」と頭を掻きながら適当な椅子に腰かけたのを見て、彼の説明を待つつもりのようだった。
「実は、セレニアでセシリアと別れてからさ? 妹さんが『こんなの絶対におかしい』って言い出して……」
「アルテがか? すまないシェルビー、解散したはずなのに、迷惑をかけてしまったようで……」
「いや、結果的には正しかったんだと思うぜ? 城の中の警備体制が滅茶苦茶緩くなってやがったし」
これは流石に俺でも気づくわ、と、黒づくめを解きながら、とりあえずでセシリアから差し出されたお茶をずず、と飲む。
「前来た時はセシリアたちからはぐれようものなら切り捨てられかねねぇ位に警戒されてたからな、俺。通り過ぎる文官や騎士からもじろじろ見られてたし」
「そ、そうだったか? そこまででもなかったと私は思うんだが……」
「いーや、俺は確かにそう感じたね。だが、今回は楽々入り込めた。一応、見つかったら斬首も覚悟の上で来たんだけど、な?」
首をさすさすと撫でながら「そうならなくてよかったぜ」と皮肉り、改めてセシリアの格好を見る。
「なんだよ、そういう格好してりゃやっぱ普通に美人さんじゃねえか」
「今はそういう事を言っている場合ではないと思うが」
「そりゃそうだが。俺がお前のそういう姿視る事なんて今後一切ないだろうしな」
折角だからだよ、とだけ言って、改めてじろじろと見る。
最初はなんでもない風だったセシリアも、流石に赤面していた。
「……恥ずかしいからあまり見ないでくれ。動きやすさ重視で選んだだけなんだ」
「そうなのか? まあ、あんま見すぎるのもデリカシーがねえか。しかし、動きやすさっていうのは……?」
「ああ、王に直接問いたいことがあったからな。今回の件について、だ。もう済んだが」
「なるほど。俺がしようとしてた事は、もうセシリアがやっちまってたって事か」
参ったねこりゃ、と、手をフリフリしながらティーカップをセシリアに返し。
そして、席を立った。
「んで? どうするつもりで?」
「ローレンシアを討つ、つもりだったんだが……私だけでは心もとないと思っていたところだ」
「なるほどな? とりあえず街に戻れねえの? 妹さんと俺と……まあ、三人居ればなんとかなるだろ? それともテレサやクローヴェルも来てくれるん?」
「生憎と私達は無理よ。明日には謁見しないといけないし」
「まあ、そうだろうな」
来てくれりゃ色々ありがたいんだが、と、諦めをあっさり受け入れたところで「けれど」と、テレサが続けたので、セシリアもシェルビーも「うん?」と、首を傾げた。
「――お城を出るために手伝うくらいはできそうよ?」
テレサが言うや否や、それに合わせるようにクローヴェルが、部屋の外と出ていく。
何事かと思いきや、すぐさま、シーツに包まれた顔ほどの大きさの何かを手に戻ってくる。
不思議に思い、セシリアは「それは?」とテレサに問うと、口元だけわずかに開きながらテレサが手を小さく振った。
合わせ、クローヴェルがシーツを取る。
鏡だった。まるで水面がそのまま枠の中に納まったかのような、紫色の鏡面をした、揺れる鏡。
「おいおいおい……それ、もしかしてあの聖域にあった――」
「ミルヒリーフにあった大鏡……」
シェルビーとセシリアの反応に、テレサは満足そうに口元を緩め。
そして、揺れる鏡面にそっと手をかざした。
「複製に成功したのよ。名前は……そうね、『黄金鏡』とでも呼ぼうかしら? 材料は用意できるもので補完して……やはり、永続とはいかないけれど」
かざされた手に合わせ、ぶぉん、と、テレサのすぐ隣にもう一人のテレサが生まれる。
色合い、存在の厚みなども同じで、影もあった。
ぱっと見、本物のテレサとの見分けがセシリアたちにはつかず、鏡人と同じようであった。
「……いきなり襲い掛かってきたりはしねえ、のか?」
「それはないわ。『今回は』、羽虫が入らないように気を付けたからね」
「ポーターちゃんの話か。なんか今思うと懐かしいな」
『基本的には私は本体の指示を優先して行動するわ。それ以外は本体と変わらないままよ』
分身体のテレサが、クローヴェルに手を伸ばそうとし――今一度テレサが手をかざした事で消え去った。
「だが、その鏡で、何をしようと言うんだ……?」
「元々この鏡は、完成したことで陛下にお見せするつもりで持ってきたのだけれど……この分身を作り出す機能は、貴方達の役に立つでしょう? 大人しく結婚を待つセシリア嬢?」
「時間稼ぎになるという事か……しかし、いいのかテレサ? こんな事に協力したとバレたら……」
花嫁脱走の手伝いをしたなどと知れれば、一体どんなお咎めがテレサたちの身に振りかかるか。
最悪、ゴールデンリバーそのものにも影響を与えかねないと考えれば、セシリアは躊躇ってしまっていた。
だが、テレサは首を静かに振る。
「貴方には、助けられてばかりだもの……先日、妹から連絡を受けたのよ」
「ヴィヴィアンからか……姉ちゃんだもんなあ」
「しかし、私達自身もヴィヴィアンには助けられている。あの状況で、お互い様だったと思うが……」
「でも、あの子はそうは思っていなかったから。貴方達が傍に居なかったらどうなっていたか解らなかったと……あの子があんなに素直に私に話してくれたのは久しぶりだから」
久しぶりに昔の頃のようだったわ、と、どこか懐かしむようにへら、と笑顔を見せ。
そして、そっぽを向いてしまう。
「……最近の私は姉として、あの子に姉らしい事もあまりしていなかったから、少しくらい何かしてあげたいと思ったのよ。丁度いい機会だと思ってね」
「セシリアに手を貸すことが、結果的にヴィヴィアンの恩返しを手伝ったことになる訳か」
「そういう事よ。だから、協力させて頂戴」
申し出自体は有難いことこの上なかった。
セシリアが城から出たと知れれば、間違いなく連れ戻すための兵を差し向けられる。
混乱が広がれば、セレニアで待つアルテにも何が起きるか解らなかった。
その問題が、この鏡一つで解決するのだ。
「……いいんだな?」
それでも、セシリアは躊躇ってしまっていた。
友人だから。失いたくないと思ってしまった。
「いいのよセシリア。それに……やっぱり貴方は、自由にしている方が似合っている気がするわ。お城で優雅に暮らしているより、冒険者をしている方が」
「ふっ……言ってくれたな。だが、そうだな――」
確かに、ドレス姿なんて好みではなかった。
その身にはもう、戦うための筋肉ばかりが身についていて、やはり、自分はそれこそが合っているんだと思えていた。
「――私も、冒険をしている時が一番楽しい」
ようやく自然に笑えていた。
心から、そう思いながら笑い、そして、鏡に手をかざす。
「分身は、一週間くらいしか残らないわ。できれば、消えるまでに戻って欲しいわね?」
「そうできる事を願っているよ」
そんなに日数、結婚を遅らせることができるのかどうか。
あるいは、戻ってきた時には自分は結婚してしまっているかもしれないなどと笑いながら考え、現れた分身に「ここで私のフリをして結婚を先延ばしにし続けてくれ」と命じる。
命じられたセシリアは騎士らしくびしりと敬し、『任せてくれ』と、淀みなく答えた。
やはりドレス姿。とても凛々しかった。
「私は元の格好に戻る。シェルビー、悪いが部屋を出てくれ」
「私達も、これで一旦自分たちの部屋に戻るわ。気を付けてね」
「あっ、あーっ、ちょっと待ってくれ、ちょっと待って!」
テレサとクローヴェルが鏡をしまい部屋を出ようとしていたのを、シェルビーは止めた。
「……なに?」
「いや、ちょっと、頼みごとがあるっていうか――」
不思議そうに首をかしげるテレサに、シェルビーは「ちょっと頼むわ」と、願いを伝えた。
こうして、セシリアとシェルビーは、秘密裏に城から脱出した。




