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だから私は!!  作者: 海蛇
第四章.廃都758510編

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#75.おうさまがおうさまじゃなくなるひ


 身支度を整えたセシリアは、一人、王城を歩いていた。

部屋を出てすぐに部屋前に控えていた侍従から「どちらに?」と問われたが、「心を落ち着かせるために散歩をしたいのだ」と返すと、すぐに「承知いたしました」と、安堵したように頷き引き下がった。


(これが、初めてこの城に来た貴族令嬢ならこうはいかなかっただろうな)


 あっさり引き下がってくれた侍従に、内心ありがたいと思いながらも「これはどうなんだ」と苦笑いしながら、部屋からほどなくの場所にあった庭園にたどり着く。

美しい花々が咲き乱れ、まるでセシリアたちの結婚を祝福するかのように小さく揺れて……それがなんとも愛らしく。

けれど、今のセシリアには、それすらも「わざとらしい」と感じてしまっていた。


(一体何度、この城に来たと思っている? 初めての登城は何歳の頃だった?)


 庭園のティー・テーブルの席に座り、ほう、と息をつく。

思い浮かべるのは、子供の頃の情景。

厳めしい顔の父に手を引かれ、この城に来たのは、まだセシリアが12歳の頃だった。


「あの頃は右も左もわからず、見るモノすべてが新鮮だった……人も、装飾も、花すらも」


 呟くように一人ごちり。

そして、ここで出会った少年の事を思い出した。


「初めて見た王子様は、とても可愛らしく、とてもいたいけだった。遠目で見ているだけで、触れたら壊れてしまいそうな……アルテとは別の意味で、触れてはならないような」


 ただ一目見ただけだった。

それだけの接点。そんな相手と、今は結婚しようという話になっているのだから、壮大な話である。


「……結婚できないからと不安がり落ち込んでいたのに、結婚できると決まった途端、何故私はこうも……」


 まるで自分の心情をそのまま再確認するかのように。

既に覚悟が決まったことを吐露し、けれど、やはりそんな言葉に言葉を返す誰かはいなくて。

一瞬でもセンチメンタルな気持ちになってしまっていたことに、セシリアは少し、恥じらいを覚えていた。

まるで少女のようだと。一体何歳のつもりなのかと。


「――まあ、お嬢様ぶるのも、このくらいでいいだろう」


 城内の庭園は、日光を取り入れる為、部分的に吹き抜けとなり上階へと繋がっていた。

丁度今、セシリアが座っている真上が、その天井と吹き抜けとの境界線。

もちろん、常人ならばそんな事、知っていたからどうにかなるものではない。

だが、セシリアは『常人』の域を、既にいくらか突き抜けていた。


「ふん……はぁっ!!」


 ぐぐ、としゃがみ込み、膝に力を強く溜め……一気に飛び上がる。

足のバネによって大きく跳躍したセシリアは、そのまま庭園の天井部分に引っかかり、今度は腕の力で身体を跳躍させていった。





 そんな事を繰り返し、本来なら侍従やメイド、近衛らがうろついている回廊を全てカットして、たどり着くのが王城の最奥、国王の私室であった。

寝室より更に奥まった場所にある、王だけの為の部屋。

そこに繋がる内側の非常口に、セシリアはたどり着く。


「……ほんに、大人しくしておられん娘じゃのう、お前は」


 そして、その非常口に、王は最初から分かっていたかのように、待ち構えていた。


「申し訳ございません。ただ全てを受け入れるのは、性に合わないもので」

「だろうな……まあよい、入れ」


 開けたままのドアをそのままに、国王は部屋に引っ込む。

セシリアもそれに続いた。


「……寝る前にはミルクを飲むことにしておる。お前もそれでいいか?」

「ありがとうございます」


 自分の分を淹れた王からミルクポットを差し出され、セシリアもそれを受け取り、自分のカップに注いでゆく。

揃って椅子に座り、甘い香りが、部屋に漂った。


「本来ならば、許されぬことのはずじゃ」

「ええ、何事も無ければ、私はきっと、首を落とされていた事でしょう」

「そんなことできるか。お前は王子の想い人じゃぞ? ワシが王子に殺されるわ」


 冗談ではないわ、と、けらけら笑いながらふんぞり返う王に、セシリアは複雑な気持ちになっていた。


「あの……殿下は、申し訳にくいのですが、私などに懸想(けそう)はしていないものと」

「何故そう思う?」

「大変申し上げにくいのですが、殿下が名無しに……愛の告白をしたという話で」

「なんと……それでは我が王子は、ロリコンの変態男だった事になってしまうではないか」

「……黙っていたことは忠義に欠けるとは思いましたが、伝えるのも苦心していた次第で……」

「だが、ワシの知る王子は、そう(・・)ではなかったのう?」


 それで話が終わるかと思っていたセシリアは、それで終わらず。

不思議そうに顔を見てきたセシリアに、王は「ふふん」と口元を歪める。


「あ奴は、幼い頃からそなたに焦がれておった。アレは子供の頃は身体が弱くてのう。じゃからと妃も中々次の子を宿せず、周りからも『早く次を』『無理なようなら側室を』と、王室周りも荒れに荒れておった……」

「……殿下が健康に育ったのは、何よりだと思いますが……」

「全くじゃ! じゃが、今度はその王子が、何者かによって呪いをかけられたと来た!」

「は……呪い、ですか?」


 結婚の話とは全く無関係の、ただごとではないフレーズだった。

セシリアは知らなかったのだ。その呪いをかけたのが誰なのかを。

ただ、自分のあずかり知らぬ場所で、とても恐ろしい事が起きたように思えたのだ。


「ま、王なんて長い所やっていると、よその国から刺客を差し向けられるだの、内乱をもくろむ輩に暗殺を仕掛けられるだの、珍しくもないが、な?」

「それは……しかし、今はもう大分平和な時代で、安定している、と」

「騎士団の副団長がそう感じるだけ、平和になれているというのは、誇らしくもあるが。実際には、そんな事ばかりではない」


 政治の世界ではな、と、小さく息をつきながら、王はじ、とセシリアを見つめる。


「そなたは、戦いにおいて無双の活躍ができる、最強の剣じゃ。今は並ぶ者も居ろうが、そなたの母を知ればこそ、そこにワシは一切の疑問を抱いておらん」

「……はい。ゆくゆくは、私も、母のように」

「だが、政治に関しては口出ししない方がいいな? 恐らく、まともに教わってもおるまい? よく解らんじゃろう?」


 耳の痛い話だった。

騎士として生きるよう育てられた娘に、政治の話など分かるはずもない。

貴族として、国王の信任厚い家系ではあったが、それはあくまで騎士としての忠義と騎士団をまとめていた働きあってのものであって、政治に関しては全く関わっても居なかったのだから。


「その、そなたには解らんであろう部分に、大問題が起きる。起きてしまう所であった。結局、呪いをかけた張本人が何者であるかは解らぬままよ。じゃが、解かなくてはならなかった」

「……そして、陛下は、『グラフチヌスの揺り籠』へ?」

「そうだ。確かにサキュバスが居ったな。ワシの願いを……親としての『欲』を叶えてくれおった。ああそうじゃ、ワシは神の魔物に願ったのじゃ。『我が息子が健やかに、幸せになれますように』とな」


 ただそれだけじゃ、と、また息をつき、視線を上へと逸らせる。

何が起きたのかが分かり、そして、セシリアは手を顔に、「あぁ」と、嘆いた。


「私には、陛下のお気持ちが痛いほどに解ります」

「そなたにも身体の弱い妹がいただろうからなあ」

「ですが、私はそのような時でも、妹の健康を、彼女に……ローレンシアには願いませんでした」

「怖かったのじゃろう? 『本当に不安な事』を叶えてもらったらどうなるのか、信じられなかったのだろう?」

「そうです。私には、できませんでした。恐らくは……陛下が殿下を想うのと同じくらいに、私はアルテの事を想っていたはずなのに」


 ローレンシアの事を、全く信じられなかった。

神の魔物、それもサキュバスという、人類から見たら敵としか思えない存在が、自分の願いを、心の底からの願いを叶えられるなどとは。

そして実際問題、自分の願いを全くかなえられなかったローレンシアに、セシリアは安堵もしていたのだ。

そう、「ああやっぱり無理なのだ」「神の魔物などに、私の願いはかなうはずがない」と。

そして「アルテの事を頼まなくてよかった」と、勝手に納得して。


「ワシとて、信じていた訳ではない。だが、他に手が思いつかなんだ。一国の王が、やれる限りのあらゆる手を尽くして……それでもダメだった。他に手段がなかった」

「ですが、陛下は神の魔物を利用しようとした。その結果が『これ』ですか?」

「そうじゃ……これが恐らく、あやつの……ライエルめの考える、『幸せ』なのじゃろうな?」


 恋した相手と結ばれたい。

ただそれだけの、純粋な一人の青年の願い。

それが、国を狂わせようとしていた。

そして、この王は恐らく、それに気付いていたのだと、セシリアは思った。


「あの神の魔物は、人の欲望を叶える事に、至上の喜びを感じているようだった。確かに健康にはしてくれた。呪いは瞬く間に解呪されたようだった。じゃが……」

「……」

「じゃが、ライエルの願う幸せが、まさかこのように夢物語のようなものだったとはのう。これではまるで、子供のようじゃ」


 子供の思い描く、即物的な、情景のみが優先される世界。

今この国は、ライエルの願いを叶えるために、そうなるように全てが狂おうとしていた。


「そなたは、ライエルに何とも思っておらんのか? 何故ワシの元に訪れた? そのまま受け入れるだけで、妃にもなれ、相応に幸せになれただろうに」

「私も、そう思っていました。まるで夢のようだと。けれど、夢がいつまでも続くのはやはり、気味が悪いと、そう思ってしまいました」

「……ふっ、我が息子の夢は、気味が悪いか」

「陛下……」


 それが、王にとってどれだけ悲しい事だったか。

けれど、悲しいながら、「やはりそうよな」と、納得もできてしまっていた。

だから、王は怒らない。


「陛下。私は陛下が、あのサキュバス……ローレンシアと何か、目論んでいるのではないかと思ってしまいましたが、どうやら違ったようで……」

「目論見などするものか。ただ……ただワシは、王子に幸せになってくれればと願っただけで……それだけで……」


 俯き、言葉尻が弱々しくなっていくのを見て、セシリアは、それ以上の話を聞くのは酷のように思えてしまっていた。

席を立ち、背を向け。

そして、往くべき場所に向かおうと思った。


「――あのサキュバスめ、恐ろしい力を持っておるわ。アレは、ワシの、語ってもいない欲望まで、叶えようとしておった」

「語ってもいない、欲望……?」

「民の恒久の安寧。国家の……永久(とわ)の繁栄。いずれも、王としての欲望よな」

「……大変すばらしい大望だと思いますが」

「じゃが、叶ってしまってはならぬ願いじゃ。王は、それを叶えるために、王で居続けるのじゃからな」


 叶ってしまえば用済みよ、と、力なく笑う。

足を止めたセシリアは、振り返る事無く、疑問を口にした。


「その願いは、叶えられたのですか?」

「叶えさせるものかよ。断った。じゃが……この流れ、もしやすると――」


――叶ってしまうかもしれない。

異常な歓喜が、幸福感が、国を突き動かそうとしていた。

時代の流れそのものを支配する、幸せへの期待感。

国民も臣も貴族も王族も全てが飲み込まれる、幸福による支配がはじまろうとしていた。

国家の勢いは、国内のムードに大きく左右される。

絶頂期ともいえる状態が長く続けば、それは一つの『時代』となりかねない。


「陛下」

「……」

「内心では、それでもそうなって欲しいと、そう思ってらっしゃるのでしょう?」

「そう思うか?」

「ええ。思いますとも。陛下はきっと、ご自身よりも、国家を優先する方ですから」

「そうでなくては王にはなれぬ。王になってはならぬのじゃ」

「そして王が必要無くなったら、王である事すら投げ出したい」

「……そこまで見透かしておったんかのう、あのサキュバスめは」

「そうさせたくないので、止めてまいります」


 それは、あってはならない事だから。

ライエル王子は、王とするにはまだ若すぎる。

王にはまだ、王でいてもらう必要があったのだ。

セシリアはそのまま部屋を去る。

王は止めなかった。






「――さて、これからどうしようか」


 部屋に戻るや、セシリアはまず、自分の考えをまとめることにした。

やらなくてはならない事が解ってきたのだ。


(ローレンシアを、討つ)


 ローレンシアはやはり、危険だった。

放置などできない。

このままいけば、この国は世界に覇を唱え始めかねない。

国民がそう願えば、王はいずれ、それに屈する。

セシリアが知る限り誰よりも民を想う王ならば、きっとそうなる。

国のムードは、王子の婚姻話で一気に跳ね上がっている。

これはそう、王の願いを、ローレンシアが叶えようとしているのだ。


(くだらない……いや、くだらなくなんてないが、小さな願いを伝えるだけでよかった。規模を制限しなければ、ここまで桁違いな事が出来てしまえるのか)


――こんなの放っておいたら、誰かが世界征服を願った時点で叶ってしまう。

それも、恐ろしく違和感の乏しい、そのまま考えなしに居たら流されてしまうに違いない方法で。

いや、もっとバカらしい、くだらない願いでもいいのだ。

それこそ「人類なんて滅びてしまえ」と願えば――


 恐ろしい事を考えてしまいそうになり、ぞわ、と背筋が粟立った。

あの時、あの出会ったばかりの頃に、やはり殺してしまうべきだったのだ。

そうしなかった事を、今になってセシリアは後悔した。





《コンコン、コン》


そんな時である。

不意に、ドアがノックされた。

三度目はやや遠慮気味に。

いずれも小さな音で、夜中でもなければ聞き逃してしまいそうなものだった。

侍従にしては遠慮し過ぎで、これでは自分にも伝えられないかもしれないのに、と不思議そうに首を傾げ、「誰でしょう?」と声をかける。


『こちらにいらっしゃるのはセレニア伯セシリア様とお聞きしました。私、ゴールデンリバーの守護、アンゼロットが令嬢、テレサですわ。この度は、セシリア様にお祝いの言葉をお伝えしたいと思い――』

「――なんの冗談だ、テレサッ」


 相手が誰なのかが分かり、セシリアはすぐにば、とドアを開ける。

ドアの前には……やはりドレス姿のテレサと、スーツ姿のクローヴェルがいた。

突然開かれたにも拘らずテレサは表情も変えず「あら」と、だけ返す。


「私と貴方とで、そんな堅苦しい言葉遣いはいらないだろう?」

「そうかしら? 貴方が王家に入るというなら、今のうちにご機嫌を取ろうかと思ったのに」


――心にもない事を。

笑いそうになりながら、「部屋に入ってくれ」と、テレサたちを迎え入れる。

なんだか、ようやくほっとできた気がしたのだ。

あまりにも色々な事が一度に起きすぎていて、気疲れしてしまっていた。

そしてその気疲れが、一気に吹き飛んだのだ。

二人も、部屋に入るや真面目な顔になる。


「貴方が大変な状況に置かれている事も、なんとなくだけれど察しているつもりよ。城内の状況が、明らかにおかしいもの」

「近衛や文官の締まりのない顔を見れば、何かおかしなことが起きている、くらいは我々でも解かるというものだ」


 幸いにして、事情の説明は短く済みそうなのが解り、「そうなんだ」と、二人に事情を説明する事にした。

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