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だから私は!!  作者: 海蛇
第四章.廃都758510編

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#74.せしりあさまえらい


 王城にて。

ライエル王子のプロポーズ後、すぐさま連れてこられた王城では今、近々行われる結婚式の準備であわただしい事になっていた。


(なんだ……何が起きている……?)


 プロポーズを受ける事になってから自身が王城に到着するまで、そこまで時間は経過していない。

それでこの様というのは最早、最初から自分が婚約を受け入れる前提で事を進めていたとしか、セシリアには思えなかったのだ。

流石に、違和感を覚えずにはいられない。


「セシリア殿」


 そして、隣を歩く王子に声を掛けられ、セシリアはびく、と身を震えさせてしまった。

恐れではない。美しい王子にを声を掛けられ、まるで年頃の乙女かのように、胸高鳴らせてしまったのだ。

それまで何とも思わなかった、いや、守らねばならぬ対象と考えていた相手に、そのような意識を向けることなど、ただの一度も無かったというのに。


「な、何……でしょうか、殿下」

「馬車の中でもお話しましたが、早速父上と母上に会っていただきたいのです。事は急を要しますから」

「それにしても、急ぎ過ぎでは?」


 到着し、何の準備も無しに両親に会えとは。

これが市井の男女ならばおかしくなかったかもしれないが、相手は国王と王妃で、そして、隣を歩くこの男は王子なのだ。

そう、何もかもが性急すぎる。

こんな事、本来なら一月位かけてじっくりと双方で使節を通して話し合い、その上で何度か本人同士で色々と確かめ合いながら進める事だ。

王族と貴族との婚姻は、民間人の結婚とは訳が違う。

そのはずなのに、まるで村で若者同士が結婚するかのような、そんな流れなのだ。

だが、セシリアの指摘に、王子は顎に手をやり「ふむ」と少しばかり考えるようにし。


「確かに、セシリア殿の言う事も解ります。なんだか、ものすごく急かされているような気がしますよね」

「ええ、ですから――」

「解りました。ですが、私としてもできれば早くに結婚したいとも思うのです。本来ならば、王族は10代の前半には結婚しているものですから」

「……それは、解かるつもりです」


 王子が結婚を急ぐのも、全く理解できない訳ではなかった。

王子にせよ王女にせよ、婚姻に関しては早い内から決まる。

ともすれば生まれた時には既に相手が決まっている、という事すらある中で、ライエル王子は随分と遅れている形になる。

当然、セシリアも。


「父上は……」

「はい?」

「若い頃の父上は、内政面で苦労され、それがあって子作りも遅れた所為でそちらでも大層苦労されたと聞きます」

「……」

「私は、父上と同じ苦労をしたいと思わないし、一人の子供に何かあったからと、全てを諦めなくてはならないような状況にはしたくないのですよ」

「確かに、王族ならばそう考えるのが自然です」

「はい。ですから、セシリア殿も」


 結婚が遅れればそれだけ、作れる子供の人数も少なくなる。

それはむしろ、年上となるセシリアの方が問題として大きいはずだった。

近隣諸国のどこを見ても、セシリアは今、年増、行き遅れと言われかねないような年齢に突入しつつある。

これを逃せば一生結婚できないかもしれないだけでなく、子供を作る事そのものが難しくなってしまう。

現に、子供を作り始めるのが遅れたこの国の国王夫妻は、ライエル王子以外に子供を作れては居なかったのだ。

これが、国にどのような危険を引き起こすか。


「私一人が倒れたら、この国はもう、おしまいなのです。私は、次代を生きる者達に、そんな気苦労を背負わせたくないのですよ」

「……はい」


 王子がどんな気持ちでそれを望むのか。

何故急ぐかの理由は、セシリアにはそこまでおかしなもののように思えなかった。

本気ならば、そうなるのだろうと、そう思うくらいには。


(だが)


 同時に、疑問も浮かんでしまった。

だと言うなら、自分の意思など無視して命ずればいいだけだった。

それこそ王が、主君として。


『セシリア卿。ライエルと婚姻を結べ』


 それだけで良かったはずだ。

わざわざプロポーズなどと回りくどい事をした意味が解らなかった。

そも、王族が街中でプロポーズするなど、聞いたことも無い。

そう、聞いたことも無い事が起きたから、幻想的に思えてしまったのだと、今では解っていた。


(やはりあれは、おかしなことだった)


 あれに近い何かが何なのかを思うと、そこにあるのは、祭りの夜のような賑わい。


『環境的洗脳』


 そういう言葉が頭に浮かび、そして酷く残念な気持ちになる。

そう思った瞬間から、熱のように浮かされた気持ちが、どんどん薄れていってしまう。


(ああ、やはりそうなのか)


 もし、本当だったなら。

本当に自分が王子から求愛され、心の底から望まれ、願われていたならば。

こんなに心躍ることなどなかっただろうに、と。


「殿下。申し訳ございません。やはり旅の疲れ酷く、すぐにご両親にお会いするのは抵抗があります。一晩だけ、猶予をください」

「解りました。私も、旅疲れしている貴女に無理をさせたくない。どうかゆっくりお休みください」


 いつからか傍に控えていた侍従に「ご案内してくれ」と命じ、「それでは」とどこかへと去っていく王子。

その顔はそれほど残念そうでもなく、どこまでも理解してくれているような、そんな優しいままで。

だからこそ、申し訳なさが胸に占めていってしまった。


(きっとこれは、幻想か何かなのだ。現実ではない)


 それでも、それでも王子様が自分に笑いかけてくれるという、とても理想的な、乙女の夢が叶えられたかのような光景が胸に響かないはずも無く。

嬉しく感じてしまったのだ。

そう、プロポーズを受けた瞬間など、胸が高鳴りどうにかなってしまいそうだった。

結婚を、したかったのだから。

したいと思いながら、できなかったのだから。


(普通に、なれそうだったのになあ)


 だが、セシリアはそれを『悪用』する気にはなれなかった。

ただならぬ事が起きている。

ならば、無視することなどできない。


「こちらにどうぞ。セシリア様」

「……殿ではなく、様なのか」

「貴女はもう、我らと同じ仕えるものではなく、我らが仕える対象なのですよ」

「そう、か」


 王城の誰もが笑っていた。

こんな事は今までにない。

多く顔を引き締め、王城の(おごそ)かな雰囲気を、威厳を損なわせぬよう振る舞っていた者達が。

どうにもだらしがなく弛緩(しかん)しきった顔で、自分たちに接していたのだ。

まるでセレニアの市民たちのように。


(こんな顔をしていたら、上司に殴りつけられるところだ)


 仮にも城に仕える侍従が、感情を表に出すなど何事か。

そう言われても仕方ないくらいに、彼らは子供のように笑っていた。

こちらは、王子の接し方どころではない違和感の塊だった。


――ありえないが、起きている。

いかに夢見がちな乙女でも、気付かないはずがなかった。






「――では、こちらにどうぞ」

「ありがとう」


 案内され通された部屋もまた、まるでそのように準備されていたかのような、場内で見た事も無い『それっぽい』部屋であった。

明日の王妃を住まわせる為の。まるで初めから用意されていたかのような。

セシリアは、ゲストルーム自体は何度も利用していたが、こんな部屋は初めてだった。


(それ自体は、とても可愛らしくて、心揺らぐものではあるが……)


 年頃だった自分なら、きっと満面の笑みで受け入れたに違いない、そんなキラキラとした部屋だった。

奥にしつらえられた寝台の造りから燭台の装飾から、お茶の為のティー・テーブルまで。

まるで恋に恋し焦がれる乙女の為の部屋だった。

だが、セシリアは苦笑いして、そしてベッドに腰かけた。

柔らかすぎて、姿勢を崩してしまいそうなくらい質のいいベッド。

その、姿勢を崩してしまう自分に、つい笑いが起きて。

そして、俯き現実に還った。

完全に。


「ああ、やっぱりだめだ」


 こんな事すらおかしいと思えてしまう、自分に耐えられない。

立ち上がり、そして、身に付けていた装備も装飾も全て落とし、ラフな出で立ちになると、おもむろに部屋の隅のクローゼットを開いた。


(……碌なものがない)


 きらびやかで、とても美しく、そして高価なドレスばかりが並んでいた。

乙女ならばきっと目を輝かさずにはいられないそれらはきっと、全て自分ぴったりのサイズなのだろうと、勝手に思いながら。

その中でもっとも動きやすそうな、スリットの多目なものを取り出し、横に並ぶドレッサーの前で、身体の前に合わせて見る。


(多少、大胆ではあるが)


 悪くない見た目だった。

貴族令嬢として恥ずかしくない、王族の前に立つにあたって無礼に当たらないものだった。


(陛下に会わなくてはならない)


 正気に戻ってみれば、まず何をやらなくてはならないのかはすぐに頭に浮かんだ。

だが、その為の準備が必要だったのだ。

少なくとも今回は、冒険からそのまま、という訳にはいかないらしいと考えながら。

このような客室には、隣り合ってシャワールームくらいは併設されているもので、実際この部屋にも用意されていた。


「戦いの前の風呂だ。せめて、疲れと汚れだけでも取らないとな」


 これより先は、今まで以上の激戦となる。

乙女ではなく、騎士として、セシリアはそう予感していた。

だからこそ、身支度は整えたかった。


(……帰ったら、また皆と冒険しないとな)


 口元を歪め、いつものように笑いながら、セシリアはシャワールームへと向かった。



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