#73.あたまがいいとかかるわな……?
「あー、駄目だダメだ! 全然話が進まねえ!」
アルテから相談を受け、アルテを屋敷に連れ帰ってからずっと、シェルビーは街での情報収集を続けていた。
陽がすっかり落ち、それでも尚お祭り騒ぎは止まる事無く、酒場などでは「祝い酒だ」とばかりに酔っ払いで溢れていた。
おかげで口の軽くなった者も多く、会話運びそのものはとてもスムーズに進んだのだが、いずれも怪しい点などに気付いた者は居らず。
王子の身の回りの話など多くの市民にとっては解らぬことだらけで、呪い周りの話の収穫もなし。
早くも手詰まり感がはっきりとしてきて、シェルビーは酒場の裏手側で途方に暮れていた。
(妹さんには悪ぃけどよぉ、やっぱり、雲をつかむような話なせいで、とっかかりすら見つかりゃしねえぜ……どーすんだこれ)
アルテに話を聞いていた時は、どうにもその焦燥しきった顔を見て心配になってしまってつい飲んでしまったが。
流石にどうにもならないような気がしてしまったのだ。
(大体、俺自身が何もおかしいと思えてないんだ……全然違和感がねえ。妹さんに言われなきゃ、いや、言われて尚……異常な状況だなんて思えねえ)
表通りを見れば、今も尚楽しそうに肩を組みバカ騒ぎする酔っ払い達や、幸せそうに笑いあうカップル、夜だというのに、子供も大はしゃぎで走り回っていた。
当然である。この国の次代の王となる者が結婚するのだ。その相手が決まった瞬間なのだ。
そしてその舞台に、このセリエラが選ばれた事が、住民たちにとって何よりうれしかったのだ。
この笑顔で慶事を祝いあう者達のどこに、偽りや間違いがあるというのか。
アルテ一人が姉恋しさに狂ったと思う方が、遥かに違和感がないというものである。
(当たり前のことが起きてる中で『おかしい』なんて言われても……何をどうしたら……俺自身、魔法にはそんな詳しくねえしなあ)
もしかしたら、魔法使いなら気付けることがあるかもしれなかった。
あるいは……そう、自分と全く違う視点に立てる誰かが居れば。
「――ありがとうっ、占い師さんのおかげで、失くした指輪の場所が分かったの!」
ふと、表通りから聞こえてきた声に、シェルビーは意識が向いていた。
何の事も無い、失せ物探しか何かで成果が出たのだろう、くらいのものだったが。
「いえいえ。私はありそうだなあと思って見つけたにすぎませんよ。お気になさらず」
「これ、お礼ですっ、ありがとうございましたっ」
「どういたしまして。またのご利用を」
その占い師の声が、聞き覚えのあるものだったから、妙に気になったのだ。
シェルビーが表に出てみれば、やはり見覚えのある顔が、客らしき若い娘から支払いを受けているところだった。
どうやって用意したのか、いっぱしの占い屋そのままに、小さな机と椅子があるのでとても解りやすい。
見つけた後に報酬を貰うなんて珍しい形式だと思いながら、その占い屋へと向かう。
「よう、さっきぶりだな。盛況そうで何よりだ」
「あら……どなたかと思えば、シェルビーさん」
「ああ、シェルビーさんだ。いいかい?」
「どうぞ」
――こういうのも何かの縁かね。
普段は占いなんて信じもしなかったシェルビーだが、打つ手なしという状況下では、藁にもすがりたい気分になっていた。
それでも、初めて会うような相手なら頼る事なんてなかったはずで。
あくまで、一時でも旅を共にした相手だから、多少なりとも知っているからで頼る気になれたのだ。
「占い師さんはよ、探し物が得意な方なのか?」
「うーん、そこまででもないですね。今の人はたまたま見つけやすかっただけです」
「へえ、どうやって見つけるんだい? いや、俺の相談もそれ次第って感じなんでさ」
座ってすぐに何を見てもらうのか、シェルビー自身少し迷いもあり、とりあえず話を聞きたいという気になっていた。
人探しの本職だという話は聞いたが、他にどんなことができるのかを知りたかったのだ。
「詳しい所までは人様の事なので言えませんが……そうですね、まずはその人が探しているモノが、いつ頃、どのようにしてなくなってしまったのか……それを一緒に振り返ってみるのです」
「その時の行動を振り返ると、見つかるのか?」
「見つかる事が多いですね。勿論、落とした末に誰かに拾われたりするとその限りではありませんが……結構、自分の家で見つかったりするんですよ」
意外な盲点なのです、と、へにゃっとした顔になる占い師に、シェルビーも「なるほどなあ」と、癒しを覚えながら、その方法に感心と、ちょっとした驚きを覚えていた。
「俺、占い師ってのはその水晶玉でなんかむにゃむにゃ呪文を唱えて魔法か何かで調べるのかと思ってたんだが、そういうのじゃないんだな」
「あはは、結構地味でしょう? でも、人は多くの場合、その人自身の行動範囲内でしか物事が起きませんから」
「考えて見りゃそうだよな。でも、その当たり前に案外気づけないのか」
「はい。人は『当たり前』と思っていると結構見過ごすものですから。見慣れ過ぎていて目に入っていても意識できないんですよね」
錯覚とかそういう、ダンジョン内でも起こりうる話に繋がったおかげで、シェルビーも「確かにそういうのあるよな」と頷けていた。
「でも……人探しに関しては、『本物』もありますから」
「うん? 本物っていうと?」
「シェルビーさんの言うような『魔法のような何か』は、実際にあるという事です」
こういう、と、ヒスイの水晶に手を向けると、ぼや、と、何かが浮かび上がる。
シェルビーの位置からでも良く見えるそれは、どこか見慣れた、どこか。
「……これ、もしかして」
「見覚えがある場所ですか?」
「ああ、王城の……」
それがどこかまで、シェルビーは鮮明に思い出せた。
食卓であった。名無しが冷めきったスープに涙目になっていた、あの。
そこまでは口には出さなかったが、じろ、と、占い師を睨むようにして見てしまう。
ただの風景ではないのは、その風景の中に、座るべき主が座っていたからだ。
「これも、何かタネがあるのか?」
「そこまで説明してしまっては私は商売あがったりですよ?」
「それは、解るが……」
「ふふっ、まあ、細かくはお気になさらず。私がこの若さで占い師をやっていけてるのは、半分くらいはこれのおかげですから」
魔法かそれに近い何かによって見ることができる、何らかの風景。
それだけでは解る事も少ないが、シェルビーは、その水晶に映る国王の姿に、気になるものを感じていた。
「ここに映ってるの、王様だけどよ」
「ええ、そのようですね」
「なんで映ってると思う?」
「推測の範囲でしか考えられないですね」
「それでもいいから」
「では一つ……」
シェルビー一人ではまだただの断片的な情報に過ぎなかった。
自分ひとりで考えてもやはり何も変わらないだろうとという程度の。
けれど、その国王の表情には、何か思う所もあって、それを言語化する事が、彼には難しかったのだ。
「この王様の表情は……何か、大きな不安を抱えていそうな、そんなお顔に見えますよね。複雑そうな」
「ああ、俺もそう思っていた」
「では、その不安とは何の事を指すのでしょうか? 王様ですから、民の事、政治の事、国の事……他国の事なども、気になるでしょうけれど」
「一人だと、こんな風に色々悩む王様だったりするんかねえ」
国王のプライベートなど、シェルビーには想像だにできなかったが。
だが、国王の一日を見ただけで、彼にはそれが、どれだけの責務と苦しみを背負う『役目』なのか、その一端くらいはイメージできていた。
きっと、そうなのだろうと。
だが、占い師は「ですが」と、首を振りながらにこやかあに微笑みを浮かべる。
「今はこの際、そういう解らない事は全部無しにしましょう」
「……なんで?」
「だって、難しい事は私にはわかりませんから。シェルビーさんには解りますか?」
「いや、国家の運営とか政治の話とか、全く解らねえ」
「えへへ、でしたら、解らない事はない事として扱って、解る事をまず考えませんか?」
「解る事っつったって……」
王様について解ることなど、シェルビーには限られていた。
それこそ、名無し周りで激甘で、王様一日体験によって色々大変そうだと思ったくらいで……と、そこまで考えて、シェルビーは「あ」と、小さく声が漏れた。
それが、少女にとっては殊更に面白いのか、にぱ、といい笑顔になっていくのだ。
「そうです。王様もまた、家族がいる、一人の人間ですから。ご家族に何かあったら、きっと不安になりますよね?」
「……確かにそうだ。当たり前すぎて、言われなきゃ解らなかったぜ……」
さっき言っていた、『当たり前すぎて見落とす』罠にはまっていた。
ダンジョンなら気付けたような事なのに、勝手に難しく考えて、勝手に解らなくなっていたのだ。
シェルビーは、自分を恥じた。
「そうだよな。王様だって、自分の家族に問題が起きたら、それは気になる……」
そこまで考えて、アルテのやらかしとそれが、ぴたりと繋がるのだ。
「つまり、それが、何かしらの原因になったって事か……?」
「私は王室の方々に何が起きたのかまでは解りませんが。ですが、ご家族を想って複雑な表情をしている王様が、どういう行動に移るのか……イメージはできますよね?」
「そうだな……想像できる」
何もとっかかりのない中では何を調べたらいいかすら解らなかったが。
今の彼には、容易に想像できた。
(自分の息子がよく解らん理由で苦しみ出したら、親なら、そりゃ可能な限りの手を打ちたくなるよな。病気か呪いの可能性を考えて、それを解決したか……あるいは、それでは解決できずに、他の手を考えて……)
そしてすぐそばに、それを解決できるかもしれない手段があったのだ。
そう、グラフチヌスの揺り籠にいけば、願いは叶う。
欲望を司る神の魔物・サキュバスのローレンシアの存在が、今更のように思い出された。
(……でもあいつには、セシリアの呪いは解けなかったんじゃ……同じ力の源泉になる闇の魔法を解呪できるのか……いや、待てよ?)
セシリアがローレンシアに願ったことは何か。
自分が結婚できない事に対して、それを解決する為に『呪いを解いて欲しい』と願ったのか?
否。セシリアは、『胸が大きくなる事』を願ったのだ。そう、おっぱいである。
別に、セシリアが結婚できなくなる状態をどうこうできなかったのではない。
そんな事、最初からセシリアは伝えても居なかったのだから。
(つまり、呪いの本質ってのは、結婚できなかったところではなく、胸がでかくならなかった事……か? すげえバカバカしく思えるけど、それがセシリア自身の、一番の悩みだったんだとしたら――)
地母神様はなんと言っていたか、今更のように思い出せる。
そう、『幸福を失う呪い』。そう言っていたはずだった。
「……なあ、例えばだが」
「はい? 何でしょうか」
まさかの可能性に行き当たり、声を震わせながら、シェルビーはその『バカバカしい』事を問う。
「幸せになれない呪いがあったとしてさ、結婚する事が幸せに繋がるなら、呪いはそれを妨害しようとするじゃん?」
「ええ、そうでしょうね。そんな呪いがあればの話ですが」
「じゃあもしさ、結婚する事が……幸せにつながらなかったら、逆説的に、呪いはそれを、スルーする……?」
「えぇぇ……最初から幸せになれないと決まってる結婚とか、そういうのってあるんですか?」
「まあまあ、物語とか、劇とか、そういうのであるとして、だよ。実際にあるかはともかく!」
占い師視点で見ても意味不明な想定のようで、困惑したような顔になっていたが。
それでも、「うーん」と悩んだ末に、その疑問に向か合ってくれていた。
「何らかの理由で、最初から不幸になると定まっている結婚があるとするなら、きっと、不幸になる呪いはわざわざそれを制限しようとはしないでしょうね」
「そうか……いや、変な質問でごめん。ただ気になっただけでさ」
「いいですよ。私も自分で考えてもいないお話でしたから、ちょっと驚かされただけで」
面白い発想をしますね、と、表向きは可愛らしく笑って済ませようとしてくれているのがシェルビーにも伝わっていたが。
同時にシェルビーは「なんかこの娘、すげえ変わった考え方してるな?」という疑問も湧いていた。
「本題に戻るけどさ、俺は、ちょっと頼まれごとを安請け合いしちまってさ。それが俺の専門分野と何の関係もねえ話なせいで、何を探したらいいかとっかかりが見つからなくて困ってたんだ」
「なるほど。私も『今この人が求めてそうな事』を水晶に映させただけですから、そういった事情があるとは思いませんでした」
遠回しながら、ようやく本題に戻っていた。
そう、この娘はいつも、妙に遠回しに考える。
それこそ最初から「あなたの気にしている事を見せてあげましょう」とでも言えばいいのに、そんな事も言わずにいきなり王様を見せてきたり。
事情を知らないなら、最初から事情を問えばそれで済む話だろうに、それをしなかったのだ。
あるいはそれこそが占い師の占い師らしい部分なのかもしれないが、どうもそれだけではないように思えて、そしてそう思い始めると、この娘の色んな部分が、怪しく思えてしまったのだ。
彼の悪い癖。職業上の勘であった。
(でも、今はそんな事はいいんだ)
この娘について気になり始めると、色んな事を無視してきた自分に気づいて、余計に恥ずかしく思えてしまう。
そう、すっかり斥候としての役目を忘れていたのだ。
身の回りの『怪しい』に気付けない。『当たり前』を見過ごしていた。
それに気づかせてくれたのはこの少女である。
だから、今はあえて見過ごした。
「もし……もしとっかかりが今の王様に関わる部分だったとしたら、俺は、自力で調べる事が出来ねえ」
「そうでしょうね。シェルビーさんがどんな冒険者さんなのか、私にはよく解りませんが、でも、王様と会うのって大変でしょうし」
「ああ。すげえ大変だぜきっと。セシリアのお供としてでもなきゃ、きっと無理だった」
謁見は、決して楽なものではない。
セシリアと一緒に登城した際に簡単に会えたのは、それはセシリアが王の信頼厚い騎士だったから、というのが大きいのだ。
自分ひとりで謁見なんて通るはずがないと、そう思っていたが。
(でも……謁見じゃなきゃいけねえ理由とか、ねえ、のか?)
不可能を可能にした例は、過去にあった。
噂話程度に聞いた、大盗賊の偉大なる数々のお騒がせ。
つまり、できるのだ。
(俺に……同じくらいの技量があるってんなら……あるいは)
何を目的に、そんな大それたことを?
そんなのはとっくに定まっていた。
知りたいからである。解らないからである。
「……お悩みは、解決しましたか?」
「ああ、ありがとうよ。上手くやりゃあ解決しそうだわ」
お代として懐から財布を取り出すと、少女は「まだ」と手を前に、それを断る。
「後でいいです。その方がきっと。お互いの為にもなるので」
「何だそりゃ……いや、んじゃ、解決したらまた来るわ」
「ふふっ、はい……また」
再会できる保証なんてどこにもないのに、不思議と、シェルビーはまた会う様な気がしていた。
そう、これは彼が知覚できる『不思議』だった。
やはり、何もおかしいことなどなかったのだ。
街の人々は何かおかしくなったのではなく、普通に、おめでたいから笑いあっているだけだった。
王子は、積年の想いの全てをセシリアにぶつけただけだった。
セシリアはきっと、結婚相手のあてがないから受け入れただけだった。
アルテは、やはり姉の事で頭がいっぱいになっているだけだった。
王様は、自分の息子が呪いで苦しんでいるのをなんとかしたいだけだった。
そしてすぐに近くに、人々の欲望を叶える事の出来るサキュバスが棲んでいた。
当たり前しかない、だからこそ「何かある」と思うと気付けなかったことだらけ。
(……俺もまだまだだ)
そう、これは他者を疑う事ばかり考えてしまうからこそ陥る、恥ずかしい罠なのだ。
ただ、起きた事を字面のままなぞらえていけば真実にたどり着ける、当たり前の罠。
それにようやく気付けて、シェルビーは笑いながら、夜の街に消えていった。
疲れを癒す、酒を飲む為に。
シェルビーが消えてから少しして、占い師はその日の商いを終え、片付けをはじめる。
そんなに面倒な事も無く、建物と建物の間に机と椅子をしまい込んで、水晶だけを手に、宿へ向かうのだ。
「やっぱり欲望を抑えられなかったかぁ、ローレンシア」
路地裏に入りながら、「困った人」と、眉を下げてぽつり。
まるでそれに合わせたように、青い小鳥が肩に留まった。
『やはり、グラフチヌスか』
「はい。最深部にいるみたいです、フレースベルグ様」
恐ろしげな声が響き、少女もまた、神妙な顔で頷く。
「そうは言っても、私は戦うのはできませんし、フレースベルグ様もダンジョンの中で戦う訳にはいかないだろうから……」
『都合よく、ダンジョンに潜ってくれそうな冒険者がいるではないか』
「そうですね……やっぱり、そうなりますよねえ」
利用すべき対象は、既に見定めていた。
彼女の眼は、真実しか映さない。
嘘すら告げられる唇とは違い。
真実しか見ることができない。
その瞳が、確かに捉えたのだ。
仲間の為に何でもする、そんな男を。
「はぁぁ……ローレンシア、暴走してますよね、これ」
『間違いなくしておる。というより、協力者がいるようだな?』
「はい。水晶ちゃんが見せてくれました。この国の王様、ですね」
『全く余計な事を……だが、都合が良い』
「そうですねえ。おかげで、『お仲間』を見つけるのに苦労しなさそうです」
『ではそうすると良い。我はのんびり傍観させてもらうとしよう』
「はぅぅ……大変な旅になっちゃったなあ……」
今の主人が誰かと言えば、主などいない身で。
けれども同胞の中で最も力が強いのは、かねてより関わることの多かったこの青い小鳥であった。
仔猫と小鳥。互いに力なく、けれど一方は力を得て、もう一方は……かよわいまま。この差は何なんだろうと悩みながら、ケットシーはとぼとぼと宿へ足を早めたのだった。




