#71.それはぜったいにおかしいから
「――こ、これは……殿下? 一体何を……?」
「ふふっ……何を、と問うのですか? プロポーズですが?」
「プロポ……いやっ、それは解りますがっ、そうではなくっ!!」
街中での突然のプロポーズ。
民衆らが周りで期待に満ちた目で見つめてくるのを、セシリアとて感じていない訳ではなかった。
ただ、理解が追い付かなくて。
何か、理由が欲しかったのだ。
ライエル王子も、セシリアの状態が見えていない訳ではなかった。
そく、と立ち上がり、そして困惑するセシリアの手を取り、笑顔を向けていた。
「実は先日、私は病に伏していたのです。そんな中、いつまでもいつまでも、私は貴方の事を夢に見ていた……」
「……っ」
(うん……?)
病に、という辺りでアルテがびく、と、反応したのをシェルビーは気付いていたが。
話がそこで終わらず、セシリアが「なるほど」と、震える声で納得したように呟いたことで意識がそちらに向いてしまった。
「ゆ、夢、ですか? では、その夢の所為で――」
「いいえ、違うのです。夢の所為で貴方に焦がれたのではなく。私は元々、貴女に焦がれていたのですから!!」
「えぇっ!?」
――ロリコンじゃなかったのか?
そういう疑問も浮かばないではなかったが、まさかこんな街中でプロポーズしておいてその線も無いだろうと、ただの誤解だった可能性を思い、シェルビーも納得してしまう。
「そして都合よく、貴女には今現在、婚約者はいないはずです。私の愛を受けるにあたって、何の障害もありません。父上も母上も勿論の事、賛同してくれていますよ」
さあ、と、再び手を差し出され。
セシリアは「どうしたら」と、瞳を左右させてしまう。
うろうろとさまよう視線。
そんな中「そうだ」とばかりに目が向いたのは、妹とシェルビーだった。
「こ、こんな事があって、私は、どうしたらいいのか……」
「姉様……」
「どうっていったってよ・・・・・・・」
普段のアルテならば何が何でも阻止したいと思う所であった。
だが、姉が結婚できない事について苦しんでいたのを知ってしまった今、本当にそれをしてしまっていいのか、アルテには解らなくなってしまっていた。
姉を見れば、困ったような顔をしているのは解るのだが。
それでも、口出しできなかったのだ。
シェルビーもまた、セシリアが苦しんでいたのを知っているのだから、止めるべくもない。
「良かったじゃねえか。お前さんのそれは、呪いでもなんでもなかったか、あるいは、呪い自体が弱くなって、関係なくなったんだろ、きっと」
「……そう、なのだろうか?」
「そうに決まってる! そりゃ、王子様からのお誘いとあっちゃ驚くかもしれねえけどよ? でも、今まで相手がいなかった分、幸せになったっていいだろ?」
「それは……そう、かもしれないが」
こっちに聞くなよ、と、手をフリフリされ、セシリアも「そうか」と頷く事しかできない。
元より、自分が望んでいたことのはずなのだ。
あまりにそうならなかったから、自分に自信を喪失していただけで。
「わざわざ他の男に聞くのはどうかと思いますが、仲間だというなら多目に見ましょう。さあ、セシリア殿、どうかご返事を」
「……ありがとうございます、殿下」
変わらぬ笑顔を向ける王子を見れば、間違いなく美男子だった。
セシリアとて、男の顔は整っている方がいいに違いなかったが。
改めて仕える王家ではなく異性と意識すると、その美しく整った顔に微笑みかけられるのは、恥ずかしく思えていた。
(なんだ、これは……なんで私は、殿下にこんな……)
恋心のようなものを抱いたのか。
あるいは、あまりに美しい顔だから胸が強く打たれたのか。
脈拍が早くなり、耳裏にどくん、どくん、と、鼓動が聞こえ、自分がひどく緊張しているのだと気付かされる。
「……謹んで、お受けしたいと思います」
その手を取り、プロポーズを受けてしまった。
「おめでとうございます殿下っ」
「おめでとうございますセシリア殿っ」
「きゃぁぁぁっ、成立よっ、プロポーズ成功したわっ♪」
「歴史的瞬間だわっ、やぁんっ、私もこういうプロポーズされたいっ♪」
合わせて祝福の声が届き、それが街中に波及していった。
街の一角、限られた場所のみの賑わいが、やがて伝搬し、まるでお祭り騒ぎかのように祝福の声で満たされ。
「……参ったな、まさか、こんな事になるなんて」
「おめでとさん。あー……妹さん? 大丈夫か?」
「……こんな、こと」
一人だけ。
ただ一人だけ、アルテだけが、何が起きているのか解らないかのように固まっていた。
セシリアが受け止め、シェルビーもまた祝福の声を伝えているのに、である。
(こんな事、ありえない。なんで王子が? なんで、姉様を……?)
いっそ、王子の訃報が届いた方が納得がいくとでも言わんばかりに、恐れを以て王子へ視線を向け。
「……? どうされた、妹殿?」
「……いえ。失礼、いたしました」
そして、健康そのものといった様子の王子に、アルテはふい、と視線を反らし、姉へと向ける。
「姉様、申し訳ございません。私、体調が……少し、離れてよろしいですか?」
「そうなのか? なら、この場を失礼して休憩を――」
「いいえ! 私だけで、大丈夫です……申し訳ございません。本当は、一番にお祝いしないといけないはずなのですが……アルテは……」
「だが、そうは言っても一人では――」
「なら、俺が付き添おうか? 屋敷の場所くらいわかるし、連れて行って爺やさんに任せればいいんだろ?」
幸いにしてシェルビーが付き添いを申し出てくれたおかげで、その場の雰囲気が壊れるという事はなかった。
「ではセシリア殿。妹殿の事は気になるでしょうが、一旦王城へ参りましょう。今後の事もあります」
「解りました……すまないシェルビー、アルテを頼む」
「ああ、いいって。必要な事だろ。こっちは気にすんなよ」
俺にできるのはこれくらいだし、と、すぐにアルテに「大丈夫か?」と気遣う様子が見えたので、セシリアも彼に後を頼み、手を引かれるままに王子と共に、近くで待機させられていた馬車に乗り込んでゆく。
御者の合図とともにすぐに走り出し、馬車はゆっくりと、街を進んでいった。
「おめでとーっ」
「おめでとうございますーっ」
「王子様ーっ、お幸せにーっ」
「いよっ、未来の王妃様っ!! めでてぇなあっ!!」
「おめでとーっ、よくわかんないけど、おめでとーっ」
お年寄りから小さい子まで。
男女関係なしに祝いの声援を聞き、セシリアは「そうか」と、納得がいった。
(私の結婚は……祝福されて、いいのか)
なぜ自分だけが人から愛されないのかずっと解らずに悩み続け。
冒険で呪いの存在を知ってからは、ずっと呪いにかけられ、その所為で結婚ができないのだと思っていた。
だが、こうして人々から祝われ、セシリアは今、初めてその幸せを実感しようとしていた。
人から自分の幸せを祝われる暖かみを、ようやく覚えながら。
「……シェルビー、さん」
去っていく姉を見守りながら、シェルビーに肩を支えてもらいながら離れ。
そうして、アルテは足を止めた。
「どうしたんだ妹さん? なんか急によ……」
「お願い、します」
青い顔のままに。
苦しそうに、本当に苦しそうに胸を抑えながら、アルテは、今そこに居る唯一の仲間に頼る事しかできなかった。
「――このありえない状況を、止めてください……っ」
アルテから見て、絶対に起き得ない状況が起きていた。




