#7.べつのせかいではしいたけとよぶきのこ
「シイタケの呪いがあるって事は、ここは本当に当たりのダンジョンかもしれないな」
「まーたその話かよ」
シャーリンドンの活躍もあってシイタケ地帯を踏破した翌日。
前日ひたすら休憩なしで突破したのもあり、ようやく安全な地域で休めるという事でその日半日を休憩に費やし、のんびりと焚火を囲っていた時の事であった。
昼食の準備をしていたセシリアの口から出た「当たりのダンジョン」というワードに、シェルビーは仕事道具の手入れを一旦止め、呆れたようにセシリアを見た。
シャーリンドンはセシリアのお手伝い、名無しは降ろした荷物にもたれかかりながら、枝で地面にお絵描き中である。
「当たりって、どういうことですの?」
以前の会話の際に居なかったシャーリンドンが、興味深げに会話に混ざってくる。
シェルビーは「いやな?」と、後ろ手に頭を掻きながら説明する。
「なんか凄い宝が眠ってるとか、願いが叶う秘宝があるとか、そういうダンジョンなんじゃって、さ。やばい罠が仕掛けられてたり、シイタケみたいなやばい呪いがかかってるモンスターが居る場所にはそういうのがあるっていう話」
「まあ! それじゃ、このダンジョンの先には素晴らしい財宝があるかもしれないんですのね!」
「ああ、その可能性が高いんじゃないかと私は思う」
「夢のある話で結構なこって」
そうとは限らねえだろ、と、皮肉げに口元を歪めながら、満面の笑みになったシャーリンドンに、枝を向ける。
向けられたシャーリンドンはむっとしながら唇を尖らせ「なんですの?」と抗議する。
「いいかシャーリンドン。お前はそんなにダンジョン潜ったことないから解らんかもしれんが、そんなのは眉唾さ。苦労した分だけ何か報酬が待ってるかもしれねえ、そんな風に思った奴らがまことしやかに囁いてるだけに過ぎねえ」
そしてその多くは、ダンジョンを作ったか、利用している連中の考えた罠なのだというのがシェルビーの持論だった。
そうして苦労して潜り抜けた先に待っていたのが、何にもならないゴミのような宝箱の中身やミミックでは救いも何もないのだと。
「だが、願いが叶う云々はともかくとしても、財宝を持ち帰ったPTは実際に居る」
「ああ、居るんだろうな? 俺だって道中の宝を見りゃ、確かにそういうのはあるかもしれねえとは思ってるさ。未だ未踏破のダンジョンは後から後から湧いてくる……常識が通じねえってのもな」
疑り深いシェルビーに、シャーリンドンはつまらなさそうな顔になるが、セシリアは苦笑いしながらも、それでも真面目にシェルビーに向き合っていた。
具材の粗方が鍋に入り、後は火にかけるだけなのだろう。
火が入り、徐々にふつふつと小さな気泡をあげてゆく液面に樫の玉杓子を入れ、静かにかき混ぜてゆく。
それを皆で眺めながら……やがてまた、シェルビーが口を開く。
「夢やロマンを語りてぇっていうなら否定はしねえよ。でも、俺たちがいる場所は細心の注意を払わなきゃいけねえ場所だっていう自覚は持ってほしいね」
「シェルビー、夢がない」
「へえへえ、夢がなくて悪ぅございました」
名無しからの非難にも皮肉で返し、焚火に枝をポイっと投げ入れる。
ぱちり、小さな音を立てて割れ、焼かれてゆく枝。
皆の視線がそこに向き……やがてまた、セシリアがくるりと鍋の中のレードルを回す。
「だが、夢はいいものだ。シェルビーの言う事も尤もだが、夢がなくちゃ人は楽しく生きられない」
「だから、そこは否定しねえよ?」
「お前は何か夢がないのか? 願望でもいいぞ?」
「俺? 俺は……日々の生活費と、毎日ちょいと酔えるだけの酒代があればいいかなあ」
「枯れてる」
「夢が無さ過ぎですわ……」
名無しだけでなくシャーリンドンまで呆れたような顔をしてきたので、シェルビーは「うるへー」と、組んだ足を組み替えながら焚火を弄り始めた。
「シャーリンドンは、お家の再興が目的だったな? 夢もそうなのか?」
「そうですわね……とりあえずは。勿論、昔のように着飾りたいだとか、大きなお屋敷に住みたいとか、そういう願望はありますが……」
「なるほどな」
かき混ぜる手はそのままに、夢や願望を聞いてゆくセシリア。
その顔はどこか、楽しげである。
「ポーターちゃんはどうですの? そういうの、ありますの?」
「ボクはじょうしゅになりたい」
「じょう……しゅ? あっ、城主ですかっ?」
「そう。おっきなお城の……主になる」
「そういや砂の城作ってたもんなあ。城好きだったか」
今となってはそれもいい思い出なのか、シェルビーはどこか懐かしむように思い出すが、まだ一週間も経っていない。
「そういうセシリアはどうなんだよ? 何か夢があるのか? やたら当たりに拘るしさ」
「私は……私の夢は、人にそう語れるものではないさ」
「そうなのか? まあ、人には色々あるからな……」
「前に二人きりだった時もそんな事言われた」
シェルビーはともかく、それより前から一緒だったという名無しでもそれなのだから、他人の知る由もない。
ただ、人の夢を聞いていた時と違い、夢を聞かれたセシリアは遠い目をしていて、他の三人をして「あんまり聞かれたくないのだろう」と察することができたので、その話題はそれで終わりになった。
「いやあ今回は大当たりだったなあ! シイタケゾンビが居た以外は変な茶色いキノコしか生えてない洞窟だったが、なんだかんだキノコが美味かった」
「そうですわね。これで良いお出汁が出て、味に深みがありましたわ!」
「おいしかった」
「うむ。よく解らないキノコだったが毒はないみたいだし、なんだかんだ楽しめたな!」
今日の料理は先日通過した洞窟に生えていたキノコで作ったシチュー。
他の動物が食べているのを見て「いける」と判断したセシリアがシチューにぶち込んだものだが、幸いにして問題はなかったらしい。
※彼らは特別な訓練を受けている冒険者です。真似をしないようにしましょう。
「しかし、ここも随分深くまで潜りこんだものだ。そろそろ終わりが見えてきても不思議じゃないと思うんだがな」
「そだなー。なんだかんだ結構な日にち潜ってるもんなあ。中~小規模ダンジョンならとっくに制覇して地上に戻ってる所だ」
腹をさすりながらも、「そろそろ出発か」とセシリアが立ち上がり、各々支度を整えてゆく。
ほどなく、移動が再開された。
「前のPTの時に潜ったダンジョン並ですが……これくらいが普通ではありませんの?」
「普通って程じゃねえなあ。どこもかしこも規模が小さい訳じゃないから何とも言えんが、7割くらいは中~小規模で、残りはこんな感じの大規模ダンジョンか、小規模未満の動物やモンスターの巣穴みたいなもんっていう統計なかったっけ?」
「ああ。この国にもそういう分野で研究している宮廷学者がいたな。私も色々潜ったが、体感的には確かにそんな感じな気がする」
統計のされ方は騎士団をはじめ最深部まで潜って帰還した生存者から聞いた話というおおざっぱなものながら、実際にダンジョン攻略に参加し、生き延びた者達の統計の為、ある程度信ぴょう性のある話ではあった。
「そして、大規模ダンジョンの多くには、強力なモンスターが存在する。アークデーモンやメカナイトゴーレム、デスなんかがよく聞く話だな」
「シイタケもな」
「うむ。シイタケや石化化、後はパニックストームなんかの呪いがあるのも大規模ダンジョン最深層の特徴だ」
「石化化は前のダンジョンにもありましたわね……リカバリーがあるからなんとかなりましたが」
「前のダンジョンはそれくらいが精々だったが、ここにはシイタケがあるんだもんな。割とシャレにならねえ初見殺しダンジョンよここ?」
薬で治せない呪いが存在した時点で、直前でシャーリンドンが仲間にならなかったらアウト案件であった。
「道中の罠の頻度も決して甘くはなかった……つまり」
「まーた当たり外れの話に戻すのかよ。流石にしつこくねえ?」
「まあそう言うなシェルビー。踏破以外にご褒美が待ってるかもしれないと思えるのは、モチベーション維持に大切だろう?」
「……まあ、そりゃそうだけどさ」
あくまで願望止まりで、油断はして欲しくないシェルビーとしては口を酸っぱくして言いたいところであったが。
それはそれとして、モチベーションの面を持ち出されると、流石にそれを否定する気にはなれなかった。
唇を尖らせ、つまらなさそうにそっぽを向く。
「その上で、最深層には注意も払わないといけない――おや、扉が見えてきたな?」
「んじゃ、お仕事に入りますかねえ。お前らは動くなよ」
休憩ポイントからそう離れていない距離で、洞窟は一本道になり、やがて扉が視界に入り。
前に出たシェルビーが「それ以上進むな」と、全員を留める様に横に腕を出す。
そうして全員が止まったのを確認し、そろり、そろりと足音を立てぬよう慎重に進んでいった。
「扉までの罠、なし。扉自体は……んー、罠らしい罠は、見かけ上無い、が」
念のため、と、腰に下げていた仕事道具の一つ、小ぶりな棍棒を取り出しながら扉から距離を取り、柄の部分についたロープを持ってクルクルと回して――扉に叩きつけた。
《ガコンッ》
《ジャキィッ》
「ひぃっ!?」
「あー、やっぱ扉そのものが罠だったか」
棍棒がぶつかると同時に、扉だったモノから無数の腕程の長さの針が飛び出し、それまで扉に見えていたものが壁へと変化してゆく。
シャーリンドンはびく、と身を竦めたが、セシリアと名無しは「おー」とぱちぱち手を鳴らし感心していた。
「よく見抜けたな? 私は扉にしか見えなかったぞ」
「ボクも」
「俺にだってそうにしか見えなかったよ?」
褒められて悪い気はしないのか、照れを隠そうと行き止まりの壁を見やる。
「俺は最初、扉を見つけて喜びのまま駆けだした奴を狙ったトラップを警戒したんだ」
「ああ、途中を警戒してたのはそんな感じだろうなとは思ったが」
「だけど、何もなかった。何もなかったんだ」
照れが引いたのか、道中の短い道を今一度確認し、セシリアたちに「こいよ」と手招きする。
安堵した様子で歩み寄ってくる仲間達。
「つまり、『ここには罠なんてない』と警戒させる罠なんじゃって思ったんだよ。こんなのはただの勘だ。言ってみりゃ臆病な奴が宝箱全部警戒して爆発しないか石投げつけんのと同じだよ」
「根拠はなかったが、経験がそうしたって事か?」
「そんなとこだ。扉見つけるたびに棍棒投げつけるかって言われたら普通そんな事はしねえが、警戒するに足るだけの材料がいくつかあったからなあ」
後頭部に腕を回し、周りの床を見る。
危険なトラップはない。
扉に見えた壁は、今はもう針が引いていた。
「この道に罠がなかったから、以外にもありましたの?」
「まず、ここが大規模ダンジョンって事。ここが恐らく最深層って事。そして、道中にシイタケがあったって事」
「シイタケそんなに重要なフラッグでしたのね……」
「超重要だよ? ダンジョンの難易度測るのにシイタケがあるかないか基準の一つになってるくらいだからな?」
トラップや呪いの部類としては最悪の一つに数えられるのがシイタケであった。
冒険者の悪夢である。
「んで、この扉だ。つまり、前にも言ってたように……『当たりかもしれないと思わせておいて最深部でとどめを刺す罠』が実際にあった、と」
「……お前の警戒心のおかげで、ここで一人死なずに済んだ、という事か」
「ここから先はこんな感じの罠が当たり前のようにあると思ってほしいね。悪いが、休憩スポットはほとんどねえと思いな」
解ってるとは思うが、とセシリアに釘刺しし。
セシリアが神妙な顔で頷くのを見て、その横の壁をごん、と拳で弾く。
すぐに《ゴゴゴゴゴ》という重苦しい音を立て、叩かれた壁がズれ、人一人通れるくらいの横穴になっていった。
「そこが本当の入り口か」
「ああ。しかも見る奴が見れば解るようになってる入り口だ。『解る人だけ来なさい』って言われてる気分だぜ」
「試す気マンマン」
「な、なんだか、怖くなってきましたわね……」
これを簡単に見抜けるシェルビーも相当な腕利きのはずだが、そんな彼をして緊張の表情をさせるのだ。
普段自信に満ち溢れているセシリアも頬に汗を流し、マイペースな名無しも小さなおててをぎゅっと握りしめ、シャーリンドンは不安に怯えていた。
「行くかい? 財宝やなんか目当てって言うなら、俺は止めるけど? 引き返すことをお勧めする」
「踏破が目的だ。それに、私は財宝に目が眩んだことなど一度もないぞ?」
「……ま、あんたならそうだよなあ」
セシリアはこの国の王から命を受けこの洞窟の踏破をしようとしている騎士である。
騎士という人種は、財宝に目を眩ませたりなどしない。
かつてのPTメンバーたちのようにはならない。
そうならないのが解っていたから、シェルビーも「やだなあ」と口では嫌がりながらも、前に進んでいった。
「ま、前払いの分は働くさ。信用に関わるから、な!」
「ああ、頼りにしてるぞ、シェルビー」
「がんばれシェルビー」
「今度は、一緒ですわ」
仲間から見えないところで、それでも少し嬉しそうに口元を歪めながら。