#64.そんなことよりおなかがすいた
「う……?」
「大天使……? えっ、ポーターちゃんがか?」
「一度ならず二度までもっ!! 呼び捨てにするなど不敬が過ぎるぞ人の子よ!」
「生かしてはおけません!! この不心得者を斬首しましょう天使長!」
「私もそう思っていたところだ!!」
「天使ジョークだよな!? 天使たちの意地の悪い冗談だよな!?」
大天使と、そう呼ばれた名無し自身が意味も解らず首をかしげている中であった。
そんなバカなと思っていたシェルビーが口にした些細な一言で、天使らが再び光の剣を取り出し、シェルビーを囲み込んでいった。
慌てて手を前に出して「いくらなんでもそりゃないだろ」と視線をうろうろさせるシェルビーだったが、天使長の「我ら天使は冗談など言わぬ」と真顔でぴしゃりと言い放たれ、ごくり、息を呑む。
「やめて」
そして、天使らの前に、名無しが立ちはだかった。
シェルビーを守る様にして、「だめ」と、天使らに言い聞かせるように。
天使らはすぐに「はっ」と、武器をしまい、恭しげに一歩下がる。
「えーっと……ありがとな、ポーターちゃん」
「ん」
「でも、大天使様っていうのは……?」
「しらない」
「だよなあ」
もしそうならどや顔で「ボク大天使だし!!」とか自慢しそうなのは、シェルビーでなくとも仲間達なら分かるというものだった。
一緒に冒険した経験の少なかったアルテですら、すぐに浮かぶのだから。
「貴方様は、我ら天使たちを束ねる立場にあるお方。神界の守護者。そして……運命の女神様の、一番の部下」
「ボクが?」
「どう見てもそうは思えんが……」
「ああ、この子は私達の仲間だ。貴方がたの言う事を馬鹿にする気は無いが、人違いだろう」
「もし出会って間もない頃なら、きっと天使様方の方を信じたのでしょうが……私も、ポーターちゃんがそうだとは……」
「私は、ところどころ気になるところはあるとは思っておりましたが……」
一か所に寄り集まりながら、仲間たちの中で、アルテだけが違う意見ではあったが。
そうであっても「まさか大天使様だなんて」と、疑問を感じずにはいられない様子だった。
ヴィヴィアンは一人離れたままの位置で「えっ、えっ?」と、混乱していたが、「いいからこっち来いよ」とシェルビーに声を掛けられ、慌ててそちらに駆け寄る。
「という訳で、私達は一旦ダンジョンの外に――」
「それはダメです。貴方がたは大天使様がどれだけ重要な存在なのかを解っていないのですか?」
「大天使様は神々の世界を護る上で何より重要なお方」
「そのような方を穢れた人間世界に置いておくことなどできはしません」
「大天使様、ただちに神界へのご帰還を!! 運命の女神様もきっとお喜びになるはずです!!」
天使らの圧はどんどん強まっていく。
セシリアらも「どうしたものか」と戸惑いが隠せない。
何より、ずっと解らないままだった名無しの出自の問題なのだ。
天使らの言葉が正しいなら、確かに名無しは、地上に置いておいていい存在ではないかもしれない。
そんな迷いが、仲間達の間に生まれてしまったのだ。
一方で天使らも、実力的にはねじ伏せられない相手なのがつい先ほどまでの戦いで解ってしまったので、強引にとはいかないようだった。
かくして、双方の視線が名無しへと向けられ、決断が委ねられたかに思えた。
「ゆめがかなってないからダメ」
「……夢、ですか?」
「そう、ボクの夢」
じ、と、天使長を見つめ。
そして、名無しが伝えたのは、いつもこの少女が口にする、遠大な夢だった。
「城主になる」
「大天使様でしたら、お望みならばいつでも城を持つことができますわ」
「そんなんじゃダメ」
つまらないから、と、大天使の返答に色めき立つこともなく、首を振る。
「苦労しないと、ダメなの。じゃないと、城主になっちゃダメなの」
「はあ……ですが、大天使様は人や天使、数多くの神々より賢いお方のはず」
「う……?」
「ですから、人のように苦労などせずとも、望むままに城主として過ごせると――」
「できないよ?」
それで失敗したし、と、天使長に付き返し。
近くで見守っていたセシリアに抱き着いて、「ボクには無理だった」と、改めて拒絶する。
「だから仲間が必要だし、色んなけいけん? をしないとダメだし、きっとすぐにはなれないの」
天使長は……じ、と、名無しの瞳を見つめ、そして、はっとしたように眼を見開いた。
「そのお姿……お力だけでなく記憶も失ってらっしゃるとは思いましたが、まさか知性すらも失ってらっしゃるのですか……?」
「よくわかんない」
「ですが、先ほどお使いになった聖典奇跡は、貴方様にしか扱えないもののはず」
「ふつーにつかえた」
前からだよ? と、手をひらひらさせてなんてことない様に言ってのける名無しだったが。
天使らは「そんな」と、絶句してしまっていた。
「そのお姿になる前に何があったのか、思い出せることは……?」
「時々、思い出すのは、楽しかった時間。楽しかった瞬間。その時のボクは、優しい人と一緒に居た気がした、くらい」
「おいおいおい、今までの話では聞かなかった事じゃんよ」
「う……? そうだった?」
「全く知らねえぞそんな事。全く、困った奴だぜ」
こいつはよお、と、会話に混じって来てぽんぽんと頭に手を置かれ、その度に名無しが「あうあう」と可愛い鳴き声をあげていた。
天使らは「なっ」とどよめいたが、仲間達はそれで緊張から抜け出せていた。
「だが、思い出せた事が増えたのは良い事だ。このまま一緒に居れば、いつかきっと全部思い出せる日が来るはずだ」
「ああ、俺もそう思うぜ」
「私もですわ」
「まあ、結論は解っていた事ではありますが……では、皆様がた!」
「ついでにヴィヴィアンもなっ」
「ほへっ!?」
仲間達の表情がキリリとしたものに変わった事に、天使らは何かが起きたのかと警戒したが。
「悪く思うなよ! はぁぁぁぁっ!!」
「なっ!? かわせっ!!」
「ひぃぃっ!?」
「きゃぁぁぁぁっ」
セシリアが力を溜め始めたのを見て、またぞろ強烈な斬撃を見舞われると考えた天使らが、天使長の言葉で散り散りになる。
だからと戦闘などできるはずもなく。
「シャーリンドン!」
「はいっ――ポータルっ」
力を溜めての全力の一撃。
そう見せかけておいて、セシリアは、シャーリンドンに奇跡の使用を促す。
指示されるより早く、シャーリンドンは既に、脱出の奇跡を使う所であった。
『ああ、ダメよダメダメ。遠くに行っちゃうなんて許さない――』
すぐ目の前の空間に生まれようとしていた奇跡が、霧散してしまう。
「え……奇跡が」
何が起きたのか、セシリア一行のみならず、天使らも唖然としていた。
「発動に失敗した? あれか? SP切れか?」
「シャーリンドン……?」
「やらかした? またやらかしたの?」
「ち、ちがっ、そんなはずは……」
「……いいえ、SP切れというなら、発動しようとしたシャーリィさんにも大きな負担がかかるはず。これはもしや……」
この肝心な場面でのミスか、と、シャーリンドンへの「うわあ」という視線が集まる中。
じ、と、すぐ近くに存在する『ゲート』に意識を向けるアルテ。
けれど、ゲートは揺らぎもせず。
ただ、嫌な静寂だけが、その場を支配していた。
(……この先にいる、神様が?)
シャーリンドンだけが被害者のような状態になっていく中、アルテは、とても恐ろしげな、想像する事すら恐れ多い存在が、そこに居るような気がしてしまった。
ゲートの、その先に。
「……とにかく、貴方がたを帰還させる訳にはいきません」
先ほどまでの戦闘を忌避しようとしての天使らの態度とは異なり、天使長の言葉で、天使らは再びセシリアらを囲い込む。
決して突破できない壁ではなかった。
だが……脱出に失敗して「どう帰るのか」という問題が解決が自力で難しくなった以上、セシリアたちとしても、天使らとの対立は望ましい選択とも思えなくなっていた。
「ここは……従っておくべき、かねえ?」
「君もそう思うか……? かといって、武器を捨てて投降、というのは避けたいが」
「ダメ。それは絶対にダメ」
「だよなあ。シャーリンドン、今のうちにSP剤飲んどけよ?」
「うぅ……ですが、また脱出に失敗したら……」
「最悪は、私もお手伝いするわ……でも、このまま戦うのはどうかと思うわね……」
戦意は著しく低かった。
対する天使らも、武器を取り出すところまではいかず。
互いに膠着状態、といった様子で時間ばかりが流れていく。
一方、ゲートの先。
神界では、寝所から出た運命の女神が、一人の神に阻まれていた。
「――あの? 地母神さん? 私の邪魔しないでほしいのだけれど?」
シャーリンドンのポータルを「そんな奇跡なかった運命」に切り替え、これからゲートを超えようとしていたところだった。
とても長い黒髪の、運命の女神と比べても大柄で豊満な身体を巻布に包ませたいでたちの女神が、手に持った大鎌を手に、運命の女神に立ちはだかる。
「ほほ、邪魔などとんでもない。運命の女神殿が珍しく寝所から出てきた故、ちと声掛けをしようとしただけでな?」
「お喋りする気なんてないんだけど?」
「妾にはある」
「知らないわよそんな事。私は大天使ちゃんに用があるの! 邪魔しないでほしいわ」
退いて頂戴、と、腕を軽く振ると、地母神の周りの空間が大きく歪みを見せる。
だが、地母神もその程度では表情を変えすらせず、とん、と、鎌の柄を地に叩きつけただけでそれを霧散させた。
「――母親譲りの傲慢さよな。光の神が堕ちたのも、お前たち母娘の傲慢さの所為ではと、かつて誰ぞかが囁いておったのを思い出したわ」
「何それ、私に喧嘩を売っているの? 私をバカにするのは構わないけれど、母様をバカにするのは許せないわ」
「なに、その流言をのたまった者はとうに滅びておるわ。だが、妾としても、懐かしい血を感じたのだ」
「なんですって? 血?」
「左様。いや、そなたには解らぬかえ? そうかそうか――」
それは残念よな、と、さほど残念でもなさそうに笑い、ゲートを見つめる。
「とはいえ、その者も今ではそなたの信奉者よ。まことつまらぬ。あまりにつまらぬから、少し意地悪をしたくなったのだ」
「……性格悪いのはどっちよ。ほんとに、これだから最古参は」
「ふふふ、そなたの母親と妾とで、どちらが性格が一番悪いかという話もあってな?」
「だから、そういうのやめなさいよね!! 趣味が悪いにもほどがあるわ!!」
意識こそゲートへ向けつつも、地母神の妨害を無視する事も出来ぬ運命の女神は、はやる気持ちを抑え、その相手をさせられることになった。




