#61.ねがぽじあげさげ
「この辺りの地形は表層の造りから見て……かなり古い年代のもののように見えるな? 何かの遺跡というのは間違いなさそうだが」
「そうですわね。あ、お姉さま、あまり触ったりしない方がいいですわ。罠でなくとも、何かしら未知の技術が使われた異物の可能性がありますので」
「表層の時点で相当古い時代のものですもの。それより古いものだったなら……神代の頃からのものの可能性すらあるわね」
全員の無事が確認されたセシリアPT+1は、とりあえずで状況整理から始める事になった。
セシリア曰く、今の今まで誰かしらの攻撃を受けた事はなかったという事で、敵対的存在が近場に居ない安全地帯の可能性もあったが、そもそも崩落があった直後の場所に、長居したいとは誰も思わなかったのだ。
その間、安全確認でシェルビーが周囲の警戒に動いていた。
「シェルビーが危険と判断しないものでも、危険物が混じってる可能性があるのか……」
「突然意味不明な場所に転移させられる装置などもあると聞きます。上空に飛ばされ、何の抵抗もできないまま落下死した冒険者PTもあったという話もあるので……」
「まあ、素人が触らないに越したことはないわねえ。私はある程度古代の技術について造詣があるけれど?」
主にはセシリア、アルテ、そして例のお嬢様の三人で調べていた。
名無しとシャーリンドンは部屋の中央で、シェルビーや三人が気づけないかもしれない状況での、謎の輪からの不測の事態に警戒してもらう為、そちらを注視している。
「いい加減、君の名前を教えてくれないかな? 着ている衣服から、育ちがいいのは解るんだが、流石に名前が解らないのは不便すぎる」
「ふん、誰が対立する可能性のある相手なんかと……と言いたいところだけれど、流石に状況が状況だものね」
仕方ないわ、と、尊大な態度で返す見た目12歳前後のお嬢様に、セシリアは苦笑いを浮かべていたが。
幸いにも名乗る気になってくれたらしい、と、それ以上機嫌を損ねないように流れに任せることにした。アルテもそれに倣う。
「よくお聞きなさい! 私の名前はヴィヴィアン!! ゴールデンリバーの守護を任されし、偉大なるアンゼロット領主家の三女よ!!」
ご存じかしら、と、手の甲を口元に添えて胸を張る少女に、「なんだ」と、落ち着いた顔になるセシリアとアルテ。
「テレサの妹か」
「アンゼロットのご令嬢でしたのね。それなら話が通じやすいですわ」
セシリアから見れば友人の娘、そしてアルテから見れば聞き知った国内の地方の領主令嬢である。
少なくとも知らぬ家の、あるいは他国の重要人物の娘、という程でもなく、家名も知っている為ほっとしていた。
逆に、二人のそんな態度に、ヴィヴィアンは「あらっ?」と、驚かされた様子で。
「ど、どういう事ですの? 私の名前を聞けば、大体の方は驚いたような顔をするというのに……それに、テレサ姉様の名前を、なんで一介の冒険者が……」
「君くらいの歳だと解らなくても仕方ないが、私もこの国の貴族の端くれだからな……お姉さんとも、冒険先で知り合って、今は友人だ」
「姉様はこの国の騎士団の副団長。そして、我が家系は代々、王家に剣として仕える貴族ですわ。アンゼロットの方とは、交友は結んでおりませんでしたが……」
「そ、そんな……それでは私、まるで道化のようではありませんか……」
急に意気消沈してしまう。
さっきまでの尊大さはどこへやら、しょんぼりとしぼんでしまったような……いや、それにしても下がりすぎであった。
「はぁ、何もかも嫌になりますわ……死にたい……はぁ~~~~」
「な、なんだ? 急にネガティヴな事言い出したぞ?」
「そんなに落ち込むような事では……というより、張っていたものが失われた、ように見えますわね?」
突然の変容に、どういうことなのか解らず困惑する姉妹だったが、ヴィヴィアンは「ああ、お気になさらず」と、その場で手をひらひら、うんざりしたように視線を下げ、どんよりとした空気を纏っていた。
「私、元々の『素』はこちらですの。姉様方から、『そんな事では周りから馬鹿にされてしまうから』と、人前では虚勢を張る様に言われていて……強がっていただけなのだわ」
深いため息とともに、どんどんその曇りは強くなっていく。
セシリアも「どうにかできないかな」と、隣に立つアルテに頼った。
「こんな事で姉様に頼られるのも複雑な気持ちですが……『ダークネスドレイン』」
頼られたアルテも複雑そうな顔をしていたが、すぐにヴィヴィアンの側頭部に手を当て、魔法を発動させる。
「うぁっ……あっ、あ……なに、これ。何をしたの?」
「闇の魔法ですわ。人間が纏う負の感情を奪い取るものですの。少しは心が落ち着いたんじゃなくて?」
「うぅ……よく解らないけれど、確かに気が軽くなった気がするわ……」
「頼んでおいてなんだが、アルテは大丈夫なのか? 負の感情を奪い取るって……」
「大丈夫ですわ。これくらいならなんてことありません♪」
姉様から心配されちゃった♪ と、内心でウキウキになりながら笑顔で答える妹に、セシリアも「そうか」と、安堵のため息をつく。
ともあれ、少しは話しやすくなったところで、再びヴィヴィアンに向き直った。
「それで、君達の目的は?」
「我がアンゼロットの至高の目的は『魂の追求』。私のここでの調査も、やはりそれに沿った……古代の歴史の探求をしようと、思って……そしたら……」
「アルテ」
「『ダークネスドレイン』」
「話を続けよう」
「し、知らないPTが先に居たから、私、目的を妨害されるのが嫌で……雇った人たちから『協力した方がいいですよ』って言われてのに、私、虚勢を張る事ばかり考えてしまって……っ」
「アルテ」
「『ダークネスドレイン』」
一言話す度に靄のように溢れてくるネガティヴな闇を、その度に吸収していくアルテ。
おかげでつとつととではあるが話が聞けて「そういう事情だったのか」というのが解る。
「あの、テレサ姉様とは……?」
「『ビャクレンの園』で出会って、協力して攻略したんだ。以降、友人として付き合っているよ。物資面では協力もしてくれているしね」
「そうですか……あ、あのっ、クローヴェルとは、どうなっておりましたか?」
「どう、というと?」
「その……お付き合い、とか……してる感じかなあと」
ネガティヴが薄れたおかげか、幾分少女らしいことも言い出し、セシリアもアルテも顔を見合わせふ、と、笑みを漏らした。
「あんまりそんな感じには見えなかったが……クローヴェルが鈍感な男だというのは知っている」
「ああ、やっぱり……何の進展もしてなかったんですね」
残念そうな顔になる。
落ち込むというほどでもないのか、すぐに持ち上がるが。
「妹から見ても、やはりあの二人は?」
「えぇ。見ていてとてもやきもきさせられるので……いっそくっついてしまえばと」
「話に聞くに、随分と女心を解らない男のようで。苦労させられそうですね、テレサさんも」
「そうなのです! 執事とはいえ、クローヴェルとて貴族の出ですから、姉様とくっつく事くらい問題ないはずなのに……なのにあの人はいつも逃げてばかりで」
「まあ、壊したくない関係、というのもあるかもしれないが」
恋人になりきれない関係、と考えると、テレサの態度からクローヴェルへの感情が読み取れはするが。
だが同時に、クローヴェルとしても、主でもあるテレサにどう接すべきなのか、という悩みもあるのかもしれないと、セシリアは若干同情的にもなっていた。
それは、言うなれば騎士が仕えるべき王族に恋をするようなものなのではないか、と。
寝物語なら許される禁断の恋は、現実ではやはり恐れ多い事として取られるのではないか。。
「下のキャロル姉様もその辺り気にしてらっしゃいましたわ。ですが、そうですか。はあ、あの甲斐性無し……いつまで姉様を待たせるつもりやら」
「ははは、クローヴェルとしても大変だな。なんとかして主人を口説く方法と口実を考えなきゃいけない」
「口実なんてどうでも……そんな事より、時間の方が大事ですわ! 貴方達だって解るでしょう? 貴族の娘が、結婚もしないまま20に近い年になって――」
「うぐっ」
唐突にクリティカルな話題になった為、セシリアは大ダメージを受けた。
「……? どうかしたのかしら?」
「い、いや……大丈夫、だ」
「ね、姉様……?」
「問題ないよアルテ。それより、その話題は、ちょっと人によっては辛いから、やめようか?」
「……そう? まあ、そういうのならやめますけれど」
まだ幼さを残すヴィヴィアンには解らない事ながら。
既に20を超えているセシリアには何よりも堪える一言だった。
追撃の一つも喰らったらそのまま倒れかねないほどに。
幸いヴィヴィアンはそうする事も無かったのでなんとか耐えられたが。
アルテは、そんな姉を前に、心配そうに顔を見つめていた。
「もしや、呪いが……?」
「いや、そういうのじゃ……」
「呪い? どういう事? そういえば、何の目的か聞いてなかったわね?」
「ちゃんと話したんだけどな……」
「姉様は、代々一族の長子にかかる呪いを受けてらっしゃって……それを何とかする為に、関係のありそうな場所を調べているのですわ」
まだダメージが抜けきっていないセシリアはしんどそうに答えようとするが、アルテが代わりに答えていた。
出来た妹だった。
「なるほど、ビャクレンの園やこの廃都758510も、魂に関わる何らかの儀式が行われていたという逸話があるし……それに、神界との関りも近いし。古の呪いとかがあるとしたら、調べる場所としては妥当かもね」
あんなものまであるし、と、今も謎の光を漏らしながら浮かぶ光の輪を見て眼を細めるヴィヴィアンに、セシリアとアルテも視線を向けた。
「あれは、一体何なんだ? ヴィヴィアンは知ってるのか?」
「あくまで推測だけれどあれ……多分、神界への『ゲート』よ」
「ゲート? そんなものが、本当にあっただなんて……」
「神の世界に通じているのか、あれが」
「まだ生きてるかどうかは解らないですわ。でも、こんな廃墟の地下にあんなものがあるって事は……ここ自体が、何か、とんでもない意味を持つ場所なのかも」
見渡す限りの廃墟ではあったが、同時にそこは、現代ではおおよそはかり知る事の出来ない、貴重な遺構の可能性があった。
ヴィヴィアン自身「ここでなら目的が果たせるかも」と、わずかばかり眼に生気をともす。
「姉様、これはよくないかもしれません」
「よくない? どういう事だアルテ?」
「神の世界は、人々とは関りが絶たれて久しいと聞きます。それによって現代にまでつながる人々の黎明……紀元が生まれた訳で。それに再び関わってしまうのは、とても、危険な事のように――」
「だが、父上が求めたのが『神との関わり』だというなら、これこそまさに、父上が探していたものの、大きなヒントになるんじゃないか?」
「そうですが……私は、あれが直に神界と関りがあると思うと……途端に恐ろしく感じてしまって」
普段のアルテが見せない様な、どこか怯えた様な様子に、セシリアは妙なものを感じたが。
すぐに「ヴィヴィアンのネガティヴな感情を吸収し過ぎたからかな」と、不安がる妹を抱きしめた。
「ふぁっ……ね、ねえさま……?」
「大丈夫だよアルテ。何があっても私が守る。連れてきた以上、私は、お前を守り抜いて見せるから、ね?」
「ふ、ふぁい……アルテは、幸せですぅ……♥」
突如舞い降りた幸せに、アルテは壊れた。
「何やってんだか、あいつらは……」
そんな様子を遠目で見ながら、周囲の警戒を続けていたシェルビーは、遠方から、何がしかが近づいてくるのを感じていた。
それでいて、足音ではない。
「おいセシリア、何か近づいてくる! 翼の音でばさばさって感じだ。覚えはあるか?」
「ガーゴイルかもしれないな。活動すると飛ぶのを好むので地下や屋内に居るようなものではないはずだが、これくらい開けた場所ならないとも言い切れない」
「うへ、そいつぁ厄介だ。前は任せたぜ!」
「ああ、シェルビーは後ろの守りを頼む」
――ガーゴイルくらい、蹴散らして見せる。
妹の抱いた不安を完全に払しょくする為、セシリアはシェルビーの元に向かい、入れ替わる様に武器を構え、力を籠め始めた。
「数が多い。集団で来るぞ。とにかく速ぇ。さっきまで1000くらいの位置に居たのに、もう300まで詰めてきてる、近いぞっ」
「間に合わせるさっ――エネルギーチャージャー」
姿勢を低くし、腰溜めに武器を構え。
セシリアが自身の力をチャージしていく内に、翼の音がセシリアたちにも聞こえるほどになっていた。
「来るぞっ、見えるっ」
「――クラッシュ!!」
シェルビーの声と共に、セシリア渾身の一撃が、ガーゴイル(?)の集団へと叩きこまれた。