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だから私は!!  作者: 海蛇
第四章.廃都758510編

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#60.じいやつよい


 少し前の時間、ゲート直近の通路にて。


「ひいぃぃぃぃぃっ!? 死んでたまるかぁぁぁぁぁっ!!!!」

「滅びよスケアクロウ! アストラル・チェイン!!」

「エレメント・ブレイカー!!」

「ホーリー・レーザー!!」


 先手を打った天使の一群は、スケアクロウの軍勢に態勢を整えさせる間もなく奇襲を成功させ、彼の率いていた魔族らは瞬く間に天使らに蹴散らされていった。

まともに応戦できたのは限られた者ばかりで、そしてスケアクロウは、半狂乱となって天使らと戦うも、天使長をはじめとする三人の天使から同時に聖典奇跡を叩き込まれ、悲鳴一つあげる事もできないままそのかぼちゃ頭の中のろうそくの炎が消され、滅びた。


「――魔族軍、壊走しました。一部除き死亡。シャドウも時間の問題かと」

「奴もすぐに叩け! 決して油断するな。一瞬でも奴に隠れることを許すな!!」

「はいっ」


 ただ利用されただけの哀れなかぼちゃ頭などどうでもよかった。

重要なのは、シャドウがゲートに到達しないようにすること。

真実を見通せるケットシーは、こうすれば問題ないと伝えていた。

だから、この方法が正しいのだと、天使たちは信じた。

神の魔物をではない。ケットシーの見た『真実』を。





「――邪魔をするなっ」

「あぁぁぁっ!?」

「ふんっ、雑魚共が……私をスケアクロウ如きと一緒に考えてもらっては困るな。しかし……」

「無理に距離を詰めるな! 奴のシャドウバイトは一息に首筋に迫る!!」

「中距離を維持したまま、天使長らの到着を待て!! 我らはシャドウを包囲するだけでいい!! 決して隠れさせるな!!」

(こいつら、積極的に攻めては来ない……しかも、私の『潜伏』の弱点が見破られているだと……?)


 天使による包囲は、着実にシャドウを追い詰めていった。

影への潜伏能力を使えれば天使の集団くらい訳もなく倒せるシャドウも、流石に正面切っての多対一ではどうにもならず、消耗は否めない。


(まさか先手を取られるとは思わなかった。あの怠惰な女神が、天使を前に出すなど……誰ぞかの手引きでもあったか? いや、そんな馬鹿な、天使が運命の女神以外に従うなど……)


 そのまさかが起きたが故の現状だとは、シャドウも思いもせず。

徐々に余裕を崩され、それでいて隠れる事の出来ない現状に、身に迫る敗北の瞬間に、焦りを覚え始めていた。


(いかん……このまま戦っていては私は……魔神様をなんとしてでもお助けしなくてはならんというのに、こんな場所で……)

「シャドウ。お前ももう終わりだ。全員で聖典奇跡を叩き込んでやろう」

「天使長様、いらっしゃったという事は……」

「ああ、スケアクロウは滅びた……我らの勝利だ」

「くぅ……っ、思いのほか、早く散ったものだ。あの役立たずめ」


――想定と違った展開とはいえ、まさかこんなに早く崩されるとは。

自らの想定の甘さ、戦術の失敗に苦虫をかみつぶしたように歯を噛むも。

最早これまで、とばかりに、シャドウは手に持ったダガーナイフを落とし、両手を挙げた。


「――私の負けだ天使長よ。降参しよう。できれば、命だけは見逃してほしいのだが?」

「何の時間稼ぎのつもりだシャドウ。お前を生かしておくメリットが我々にあるとでも思っているのか?」

「いやあ、無理なら無理で構わんよ。私とて誇りはある。ミノスに並ぶ、魔神様の側近たる誇りはな?」


 語るくらいは許してくれてよかろう、と、図々しくも身勝手な事をのたまうシャドウに、天使らは「何を勝手な事を」と怒りを見せるが。

その怒りを見せる天使を見て「こいつら」と、内心でほくそ笑んでいた。


(天使の癖に、感情が芽吹いておる。もしや、ローレンシアに何ぞ吹きこまれたか? 何にしても都合がいい。こいつらは、死を恐れる様になっておるに違いない)


 普段の無感情な天使と明らかに異なる様子に、すぐさまその天使らの陥っている状態に気づいたシャドウは、わずかな隙が生まれるその瞬間を狙おうと、ひょうひょうとした仕草でぐるりと周りを取り囲む天使らに愛想よく笑いかけた。

少なくとも彼はそういう顔をしたつもりだった。

ローブの下の、真っ黒に塗りつぶされた表情など、誰にも解りはしないが。


「――私はな、貴様ら天使の事は買っているのだよ。とても強い、何せ理不尽なくらいに強い。お前らを相手にしていると、自分の無力さを思い知らされ、とても悲しくなる」

「黙れ」

「怒るな天使長。『感情』が生まれているのが透けて見えてしまうぞ? お前たちは今、生まれて初めて抱いた感情の波にさらわれそうになる、哀れな孤島の子供よ。必死になって運命の女神という名の木に縋りつこうとする、な!」

「黙れと言っているのが聞こえないのか?」


 それは、明らかな拒絶だった。

だが、そんな拒絶をするくらいに、無視できないくらいに自分たちの事を的確に表した言葉なのだと気付いたのだろうと、シャドウは口元をにやけさせる。


「私を殺すのは容易かろう。スケアクロウにやったように、周りから聖典奇跡を叩き込めばすぐに死ぬ。だが。どうせならすぐ死ぬ者の言葉くらい、聞いてはくれまいか? ほれ、仲間達は皆死に絶え、私の言葉を聞いてくれるのはもう、貴様らくらいだ」


 最期の言葉くらいは。

そういう気持ちに訴えてみると、ぴくりと、眉を動かす天使がいくらかいたのを、彼は目ざとく察した。


「私とて神の魔物の一柱よ。貴様らと出自こそ違うとはいえ、魔神様という神によって産み出された哀れな一人よ。貴様ら天使とて、神の身勝手に生み出された哀れな造物ではないか。死そのものに、何も感じぬではないのだろう? 今は」

「死……」

「惑わされるな! これは、ただの甘言だ。今すぐに殺せ!! 聖典奇跡を!!」

「ああ! 殺してくれ。いっそ殺してくれ! 私は、私は今、猛烈に罪の意識に囚われている! 純粋だった貴様らに殺されるならそれもよかろう。貴様らは、我らと同じだ。我らと同じ哀れなる造物。その貴様らに殺されるなら、それも本望よ!!」


 劇役者のような演説をぶり、さも壮大な事を言っているかのように身振り手振りを見せ。

シャドウは、「さあ!」と、天使らを見た。

明らかな困惑が広がっていた。「これを殺してもいいのか?」という困惑が。

自身が、心ある生き物を殺そうとしている事に、眼に見えた躊躇が生まれていた。

芽吹いた感情に翻弄されながら、天使らは、自らが他者を殺すことに、初めて戸惑いと、あってはならぬ恐怖を抱いたのだ。


「――くっ、私は惑わされん!!」


 だが、天使長だけは、動けた。

これは明らかに危険だと。放置はしておけぬと。

これ以上話など聞けるかと、聖典奇跡を発動させるべく、掌をシャドウへと向けた。


「くくっ……殺すかね? 私を、さあ、殺せっ! 私は無抵抗だ!!」


 尚も時代がかった物言いで声を張り上げるだけのシャドウに、しかし天使長は止まる事無く距離を詰め、一撃を見舞わんとする。

ただの天使ならばカウンターで沈められる距離。

だが、戦いに長ける天使長相手ではそれも叶うまいと、確定した敗北ににやり、ほくそ笑んだ。




《――どごぉぉぉぉぉぉんっ》


「なっ!?」

「何事っ!?」


 突如、凄まじいインパクトが響き渡り、つられて天井の一部が崩落し始める。

激しい揺れが、天使らの間にも「地震か?」「これは一体」と動揺を生み、一瞬だけだが、シャドウに集中していた視線が、わずかにブレる。


影への潜伏(シャドウクローク)……』

「――っ、させるかっ! アストラルチェイン!!」

「ぐぼぁっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」


 隙を見逃すまいと潜伏しようとしていたシャドウに気付き、天使長は躊躇なくその頭に向け聖典奇跡を叩きこんだ。

魂縛の鎖がその頭部を縛り上げ、それ以上の潜伏を許さない。


「やはりお前は油断ならん。死ね」

「やめっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

《ザンッ》


 掌に纏わせた光輪が刃となり、絶叫するシャドウの頭部を切り落とした。


「ぐ、べ……」

「……終わりだな」


 突然のアクシデントはあったが、結果としてはシャドウを討ち取れた。

これで全て終わりである。終わるはずだった。


「残敵無し。魔族軍は全て死亡ないし、逃亡した模様。逃げた者も碌な力を残しておりません。遠からず魔力を維持できず消滅するかと」

「終わりましたね天使長」


 部下達の言葉に、天使長も誇らしい気持ちになり、光の剣を掲げた。


「我らの、勝利だ。我々は、神界を守り抜いたのだ!!」


 初めての歓声が、天使らの間に広がった。

今まで無慈悲に殺し、何の感傷も無く殺した敵の死体を、殺された仲間の死体を消滅させて終わりだった。

だが、この戦いは、心を得た天使らにとって、殊の外嬉しいもので。

とても強く、存在意義を、自尊心を満たされたような気持ちになれたのだ。


「天使長、先ほどの遺跡に伝わった衝撃により、一部地域の崩落を引き起こした模様。その結果、ゲート直近に地表の者達が入り込んでしまっているようです」

「なんだと……侵入者、か」

「いかがなさいますか?」

「我ら損耗軽微。一部シャドウやスケアクロウによって殺された者も居りますが、まだ意気軒高(いきけんこう)です」

「ふむ……」


 ゲート直近に現れた地表からの侵入者。

これは、神の魔物と全く無関係の、たまたまダンジョンに入り込んでしまっただけの哀れな被害者に過ぎないだろうと、天使長は考えたが。


「万が一でも、ゲートを介して神界に入り込ませる訳にはいかん。いかがわしい考えを持つ者でないという保証もない。警戒のために三名ここに残れ。他は直ちに向かうぞ」

「承知しました」


 何がしかの問題が起きるかもしれないと、その可能性の段階で危険を考え、天使らの軍勢は、ゲート前へと戻っていった。




「――シェルビー殿。まだまだですなあ?」

「うぐ……くそ、俺が背後を取られるなんて……」


 それはある日の晩の事だった。

例によって風呂上りに爺やに地獄のマッサージを受けている中で、シェルビーは爺やの過去に触れ、自分に鍛錬を付けてほしいと頼んだ。

ミノス相手の時も、時間稼ぎはできたとはいえ、無防備だった名無しに攻撃を加えられ、自身も瀕死の重傷に叩き落されたのを、どうしても忘れることができなかったのだ。


「PTの二番手というのは、全体をよく見渡す必要がある……ですが、これは貴方はもうできておられる。ですが、動きに関しては、まだまだ研鑽の余地がございます」

「そのようだな……あぁっ、いでででででででっ、腕っ、腕()めるのもうやめてっ」

《ぱっ》

「はーっ、はーっ、俺も、爺やさんくらいの歳になったら、そういう風になれるんかねえ……?」


 闇夜に溶け込み、息をひそめ潜伏していたシェルビーを、爺やはあっさりと見つけ出して背後を取り、何より敏感な利き腕を極めてきたのだ。

斥候として一流の自信のあったシェルビーは、まずその自信からして粉々にされた。

上には上がいるのが世の常とはいえ。あまりにも隔絶した差が、そこにはあったのだ。

だが、極められた腕を解放されて尚肩で息するシェルビーを前に、爺やは「はて」と、首を傾げて見せた。


「年齢は関係ないと思いますがな。(わたくし)は、じゃじゃ馬娘に振り回され、あちらへこちらへと、まあ、いくつもの冒険を生き続けた結果……こうなった次第で」

「じゃじゃ馬ねえ……セシリアと比べてどうだよ?」

「セシリアお嬢様は大したことはございません。あれくらいは先代様もでございます故」

「マジかよ……あんたと組んだっていうその女冒険者、一体何者なんだよ」

「ただの幼馴染の村娘でございますよ。都会に憧れ、人一倍好奇心が強かっただけの、ね」


 そんな者も世の中には居るのです、とふへらと口元を緩めながら「さあ」と話を切り替える。

シェルビーも、雑談を続ける気は無かった。

鍛錬は、まだ終わっていないのだ。


「折角シェルビー殿がその身を鍛え上げたいと申し出て下さったのです。この老骨めが、トコトンまでその技術、技量……そして、目利きを、鍛えようというのです。次は私を見つけてみてくだされ。なに、心の眼を凝らせば、容易く見つけられるはず」

「何心眼(しんがん)をデフォで要求してんだよハードル高すぎだろ……」

「ふぉふぉふぉ、ですが、これくらい出来なければ、セシリアお嬢様とは肩を並べられませんぞ? さあ、さあさあ――」


 笑う時ばかりは好々爺であったが。

いざ、気配を消されると、闇夜に完全に消え去った爺やの気配は、シェルビーであっても肌で感じる事すらできないほどであった。


(マジかよ……俺が、全身で感じ取ろうとしてるのに、全く分からねえ)


 そも、潜伏している自分をあっさり見つけだし奇襲を仕掛けてきた老人である。

元々年寄りは若者と比べ気配が薄いと思っていたシェルビーでも、ここまで完璧に潜伏できる爺やに戦慄を感じずにはいられなかった。


これ(・・)が自然と身につくくらいの冒険って……くそ、気になるな。絶対に為になる奴じゃねえか、後で聞かせてもらお)


 その後がいつになるかは解らないが。

とにかく今は爺やを見つけ出さねばならないと、そう考え――


《シュビッ》

「うぉっ」

《ガキィンッ》


――潜伏しているはずの爺やからの奇襲が飛んできて、更に驚かされる。


「ちくしょっ、隠れ潜んでる奴が攻撃してくんなよっ!? どっからだ、どっからきた今の攻撃っ!?」


 飛んできたのは刃が潰された鉄製のナイフ。

だが、それ一本で肝が冷える位には的確な急所狙いだった。

そして、当然ながらナイフが飛んできた方向からは何も感じられない。

居ないのか、居るけれど感じ取れないのか。


(やるしかねえのか……? 心眼とか、物語とかの話じゃねえのか……?)


 子供の頃読んだことのある小説には、確かにそういうものがあった。

戦いに全てを捧げるような者なら、血のにじむような鍛錬の末にそういった技能を身に着ける者もいるという話は、確かに冒険者間ではあった。

だが、それは剣士だとか騎士だとか戦士だとか、そういう前衛職が身に着けるような技能であり、斥候である自分には無縁のものだと、そう思っていたのだ。

だが……こうまで徹底した潜伏をされれば、もう自身の持ちうる『感覚』では見つけ出すことは不可能だと、そう気付かされた。


(落ち着け……心だ。心で、かすかな気配を――)


 そんな事ができるかは半信半疑で。

だが、なんとかしてそれを体得しようと、意識を落ち着かせ。

そうすると、かすかな風の音、沈黙の中に、耳裏に響く脈拍と――わずかな違和感があることに気づき。


「――そこだっ」


《かきぃんっ》


 微かに感じた違和感の元凶へと先ほどのナイフを投げ返す。

しかし、それは壁に当たるだけだった。


(外し――)

《びしぃっ》

「ぐはぁっ!?」


 背後からの一撃。

これはナイフなど比にならぬ程の重さで、後頭部に浴びせられたそれによって、シェルビーはあっさりと倒されてしまう。


「ふぉふぉふぉ、『素養』を感じますなあ。心眼をもう体得しかけておられる。ですが、動きがまだまだ遅いですぞ? そんなでは、折角見つけた『獲物』を逃してしまいます」


 もったいないですなあ、と、倒れたシェルビーを抱きかかえ、ぐ、と、背筋を強く押し込む。


「おふっ……げほっ、はーっ、はーっ……」

「今一度、です」

「ああ、解ったよ……ちくしょう、何が何でもモノにしてやる」


 違和感は覚えられたんだ、と。

俄然やる気になったシェルビーであった。






「――ビーっ、シェルビーっ」


 そして、わずかな過去の再生の後、ゆさゆさと揺さぶられ、シェルビーはぼんやり、意識を取り戻していった。


「あー……生きて、る?」

「生きてる。だいじょぶ」


 彼を揺さぶっていたのは、名無しだった。

ぐったりとしたまま、顔が目の前にあって……そして彼は、自分が名無しの前で寝ころんでいるのに気づいたのだ。


「すまねえ、すぐ起きるわ」

「ん……ぶじでよかった」


 心配してくれていたようで、半身を起き上がらせると、ほっとした様子でそれまでシェルビーが乗っかっていたスカートの部分をぽんぽん、と、叩いて綺麗にする。

周りを見ると、シャーリンドンにセシリア、アルテ……それから、入り口前で大口をたたいていたお嬢様が自分を見ていることに気づいた。


「俺が最後発か。悪ぃなポーターちゃん」

「だいじょぶ。ほんとはシャーリンドンに膝枕させるつもりだった。シャーリンドンが恥ずかしがったからボクがやったの」

「あわっ、そ、そういう事は……ポーターちゃんっ!」

「シャーリンドン、お前……」

「し、仕方ないじゃないですかーっ、そんな、膝枕とか……」


――今更何を恥じらってるんだか。


 癒す際にはハグまでしてくれてたのにそこは恥じらうのかと呆れていたシェルビーだったが、意外にもどこにも傷らしいものは見当たらなかった。


「てっきりまた頭でも打つのかと……あ゛ーっ、でも、なんか叩きつけられる直前になんかすげえ柔らかいものに包まれてたような」

「それはシャーリもごっ」

「な、何のことやら~、そんなことございませんわ? シェルビーは地面に叩きつけられましたっ」

「それはそれで嫌なんだが……いやまあ、お前が見たって言うならそうなんだろうなあ」


 結果的に生きていたので彼はそれほど気にするつもりもなかったが、口を抑えられもごもごしている名無しが可哀想だったので、「ポーターちゃんは解放してやれよ」とだけ言って、慌てて手を離したシャーリンドンにはそれ以上言及しないことにした。


「――んな事より、ここどこだよ? なんか、すげえ揺れたよな?」

「ああ。どうやらダンジョンの深部に……叩き落されたらしい」

「よく生きてたな俺たち?」

「あぁ……偶然、下から上昇気流のようなものが吹き上げてきたからな。恐らくそれで、落下のダメージが最低限で済んだんだろう」


 そんなことあるん? と首をかしげるシェルビーだったが、セシリアは「さあ?」と、若干楽しげに適当な返答。

起きている状況が状況だけに笑えないと思っていた彼だが、どうやらリーダー殿は違うらしいと、すぐに気持ちを切り替えることにした。

とにかく今は、状況把握が最優先である。


「この、よく解らない光の輪……鏡か? これが気になるんだよな」


 かつてビャクレンの園で見た鏡とも違う、光の輪。

セシリアの言葉に、彼もまた「確かにな」と頷きはしたが。


「俺はそれより、そっちのお嬢様が気になるんだがな? 『邪魔すんな』とか言ってたよな?」


 彼の視線は、すぐにその場に混じっていた、PTメンバーとは違うお嬢様に向いていた。

当のお嬢様はというと、「あら」と、勝気な笑みを見せながら腰に手をやって見下ろす。


「仲間とはぐれてしまったんですもの。今は貴方達と一緒に居て差し上げますわ」

「なんか身勝手な事言ってやがる」

「まあまあ、こういう状況では頭数は多い方がいい。今は一緒にいるべきだ」


 互いの為にもな、と、あくまで全体の利益のためにというのを強調し、それ以上はシェルビーがツッコミ難い様に振る舞う。

どうやら自分が意識を失っている間に色々起きたらしいと察して「そーかよ」とだけ返し、彼は立ち上がった。


「とりあえず、周りの状況を把握しようかね」


 無事となれば、自分のやることはただ一つ。

仕事の時間であった。


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