#6.しいたけこわい
ジャングルパークを抜け、またただの洞窟に戻ってきた辺りで、罠を警戒するシェルビーは、大きく蛇行していた岩壁地域の中、奇妙な足音を感知し、後に続く仲間達にストップをかける。
「何かあったのか?」
「んー……ずるずるって何か引きずるような音。心当たりあるかい? どうも嫌な予感が……」
「ずるずる? 引きずるような音か。ならゾンビやグール……後は……」
ある可能性に気づき、自信ありげだったセシリアの頬に一筋の汗が流れる。
「ああ、やっぱお前もそう思うか」
「この洞窟部分、湿度も高めだし、気温も高めだから……可能性は十分にあるな」
「なに? なんですの? 二人だけでお話を進めないでくださいまし」
シェルビーとセシリアは具体的な部分は濁して話していたので、シャーリンドンにはそれは伝わらず。
なんだか秘密の会話をしているみたいで気分がよくない彼女は、眉を下げながら不安そうに聞くのだ。
けれど、シェルビーは「いいや」と首を振りながら、セシリアと位置を入れ替える。
「俺も可能性の段階では決められないし、あくまでそうかもってくらいだからさ」
「ああ、私もこういう場所では見かけるという噂を聞いただけだからな、まずは進むとしよう」
「えぇっ!? なんでそんな、誤魔化すような事を云うんですの? はっきりと何の話か聞かせていただいても……」
「話したくないからな」
「なんでっ!?」
「名前も出したくない」
「どうしてですの!?」
それが何を示しているのか解らず、一人困惑したように二人の顔を見やるシャーリンドン。
後ろについた少女はというと、「ああ」と、手をポン、と打ち、何かに気づいたように小さく頷いた。
「えっえっ? ポーターちゃんも何か解りましたの?」
「名前を言ったら現れる奴」
「そんなモンスター居るんですの!?」
「そういう噂もあるよな」
「名前を聞いたら大人になるまで忘れないと死ぬ奴じゃなかったか?」
「それもうポーターちゃん以外手遅れですよね!?」
何が起きているのか一人解らず、どんどん不安になってゆくシャーリンドン。
ともあれ、モンスターがいることは解っていた。
解っていたので、ここからはセシリアの領分である。
「まあ、何があってもいい様に警戒してくれ。特にシャーリンドン」
「はい?」
「いつでも奇跡を使えるように」
「あっ、そ、そうですわね、怪我とかをしてもいい様に……」
セシリアの言葉に、自分ひとりが不安がってあたふたしているだけなのに気づき、周りに合わせ杖を手に頬を引き締める。
柔らかそうなほっぺたがちょっとだけ真剣みを増した。
――ずるる、ずる、ずるる――
何かを引きずるような音が直近まで聞こえ。
『ウボォァァァ……』
人の姿そのままの、腐った肉体を引きずる姿が露になる。
「ぞ、ゾンビですの?」
「なんだ、ただのゾンビか」
この手のダンジョンならばそう珍しくもないアンデッドモンスター。
人間の死体が何者かによって操られているだけの動く死体であった。
俯いてはいるが、その身にまとったぼろ布のようなものも、かつては勇壮な冒険装備だったであろう特徴が残っていた。
背の高い、男の元冒険者と思しき、ゾンビ。
しかし、セシリアたちに気づいたのか、その顔が上がった時――その眼には、シイタケの光を宿していた。
「――やべぇぞ、シイタケだ!!」
シェルビーがそう叫ぶや、セシリアは一気に肉薄し、刃をゾンビの身体に叩きこんでゆく。
だが、一撃では斃れない。
真っ二つに割られた肩口が、けれどそのままに、塞がってゆくのだ。
『あっ……あっ……シイ、タケ、バンザイ』
「なっ、私の攻撃が……っ」
「離れろセシリアっ!! そいつはやべえ!!」
「解ってる! だが私の剣が……っ」
『シイタケバンザイッ、シイタケバンザイっ! シイタケ……ばんざぁぁぁぁぁいっ』
剣に固執した結果、シイタケゾンビは刃をその身体に埋めたまま奇妙なうめき声を叫び声へと変質させ、眼の光を増してゆく。
「逃げろセシリアっ!!」
『シイタケビィィィィィィムッ!!!』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
いつしか極大化されたその光は、一筋の巨大な光となってセシリアを巻き込み……そしてゾンビは、自身の出した光の反応によってぼろぼろに崩れ、消えていった。
「せ、セシリアっ!!」
「ちょっと、大丈夫ですのっ!?」
「セシリア様……っ」
シイタケの消えた後には目もくれず、光を浴びて倒れ込んだセシリアに三人が駆け寄る。
しかし、それを制止するように手を前に、セシリアはむくりと起き上がった。
「……く、来るな……っ」
「セシリア……お前、やっぱり」
「ぐぅ……いかん、私は、私は……シイタケ、バンザイっ」
そうして三人の前に見せたその目には、巨大なシイタケが焼きついていた。
「セシリア様……」
「やべえっ、名無しちゃん離れろっ! くそっ、正気に戻す方法は……ないかっ」
「えっ、ええっ!? これ、どういう事ですのっ!?」
ただのゾンビだと思っていたシャーリンドンにとって、この流れはあまりにも唐突過ぎて意味が解らないものであった。
ただ、一番頼りになるであろうセシリアが真っ先に沈んだ絶望感、そして先ほどまでのゾンビと同じような状態になったのを感じて、ただならぬ状況とは感じて、名無しを守ろうとはしていたが。
「見ての通りシイタケだ! くそっ、まさかこんな事になるなんてっ!!」
「シイタケッ!? シイタケってなんですの!?」
「そこからかよぉ!?」
シイタケ。
それはダンジョンの奥深くで起きる事があると呼ばれている凶悪な呪いと、それを受けた状態の生物を指す言葉である。
生物の目を奇怪に光らせる現象で、この状態になると次第にその生物は思考能力を奪われ、「シイタケバンザイ」としか言えなくなる。
この状態に陥った生物は、他に発見した生物に近寄り、仲間を増やそうとする性質を持つ。
そして、その目から放たれる極大の光、通称『シイタケビーム』を浴びると、受けた者もその状態に感染してしまうと言われていた。
つまり、今のセシリアの状態である。
「くっ……シイタケ……だめ、だ……何も考えられなく……」
「セシリアっ!」
「すまないシェルビー……ばん、ざい……今のうちに、私を……殺――シイ、タケ……」
辛うじてまだ意思を残しているセシリアではあったが、いつ先ほどのゾンビのようにシイタケに思考を乗っ取られるか解ったものではない。
最適解を取るならば、今のうちにセシリアの首を落としてしまうのが確実である。
シイタケは、活動している生物が物理的に活動不能に陥ると消滅する、と言われていた。
大体の生物ならば首を落とされれば消える。
先ほどはゾンビだったから一撃とはいかなかったが、生きているセシリアならば、首を落とせば確実に殺せた。
「……くっ、名無しちゃん、目を閉じていろ、見るんじゃねえぞ!!」
「ま、待ってくださいっ、この場は私がっ」
「はあっ? 何言ってんだシャーリンドン、こんな場面で俺の邪魔は――」
「私がなんとかしますわっ、状態異常なのでしょうっ!?」
「それはそうだが、こいつは危険で――」
――尚、シイタケを薬や奇跡で治せた前例は一例もない。
「参りますわっ、セシリアさんっ、今助けますからっ」
「来るなっ……ああっ、シイタケっ、シイタケバンザイっ、シイタケビ――」
意を決した様子で駆け寄るシャーリンドン。
目から純粋なる光を溢れさせようとするシイタケセシリア。
シェルビーは、「くそっ」と叫びながら、名無しを守る事しかできなかった。
『――リカバリー!!』
奇跡の発動は、使う者によって様々な方法があった。
最も一般的なのは相手に手をかざすことによって発生させるもの。
あるいは、強く視線を向けることによって発動させられる者もいれば、祈りをささげることで得られる者もいる。
シャーリンドンの場合は――ハグだった。
「むぐっ……くっ、こ、この……やわらか……はっ!?」
突然抱き着かれ、口を胸で塞がれたセシリアは、次第にその瞳からシイタケの輝きを失ってゆき……そうして、我に返る。
「な、何が起きたんだ……?」
「セシリア様、しょうきにもどった」
それを見ていたシェルビーと名無しだが、セシリアが元に戻ったらしい事に気づき、すぐに駆け寄る。
「おいっ、大丈夫かセシリアっ」
「セシリア様っ、元に戻れた? 戻れたよね?」
「……二人とも、すまない。ああ、戻れた、ようだ」
――奇跡の生還。
そうとしか言いようのない現象であった。
「ああ、よかったですわ。無事に戻せて……」
「リカバリーで治せるなんて初めて知ったぜ……でも、すげえなお前。見直したぜ」
「シャーリンドン、すごい」
一仕事終えたようにほっと息をつくシャーリンドンに、シェルビーも名無しもぱちぱちと拍手する。
それを受け、シャーリンドンは照れくさそうにそっぽを向いてしまった。
「わ、解っていただけたならいいんですのよ? 私が、その、ゆ、有能だって事がっ」
「まーた変なところで照れやがって。まあいいや、おかげでセシリアが助かったしな!」
「シャーリンドン、お手柄」
大したもの、と名無しからも褒められ、シャーリンドンも内心でいい気分になってしまう。
しかし、そんなPTにじりじりと、近寄る影があった。
「……っ、やべっ、まだいるぞっ」
「ほへっ?」
真っ先に察知したのはシェルビーだった。
まだ頭がふらついているセシリアを守る様に前に立ち、そうして――
『ああああああっ、シイタケバンザァァァァァァァァァイッ』
『シイタケビーーーーーームッ!!!』
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「シェルビーっ!!!」
――にじりよっていた二体のシイタケゾンビからのシイタケビームを浴びせられ、パタリ、その場に倒れ込む。
ゾンビはやはり光に耐え切れず消滅したが、流れはセシリアの時そのままである。
それも二体分の光。
「――がぁぁぁぁぁぁっ、シイタケバンザイっ、シイタケバンザイっ、俺とお前もシイタケバンザイっ!!」
やはりというか、即座にシイタケと化してしまう。
突然立ち上がり、奇妙な踊りのような動作を取りながらもにじり寄ってくる様を見て、シャーリンドンは「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた。
「助けて、やってくれ……さっきの奴なら、きっとシェルビーも……」
なんとか武器を構えながらも、セシリアはシャーリンドンに視線を向け、口元を歪めた。
――お前ならできる、と。
「えっ、で、でもぉ……私、そんな、シェルビーに抱き着くだなんて……」
「いいからいけ」
「ひぁんっ」
妙なところで恥じらいを見せるシャーリンドンに、容赦なく後ろから蹴りをかます名無し。
そのまま吹っ飛ばされたシャーリンドンは、シェルビーの目の前に立つ羽目になり。
「シイタケェ……はぁっ、はぁっ……シャー、リン、ドン……」
「しぇっ、シェルビーっ? あっ、わ、私、そのっ、そのっ――」
「ぐあああああっ、シイタケバンザイっ、シイタケバンザイっ、シイタケビィィィィィッ」
「ひぃぃぃんっ、リカバリーっ!!」
「んむぉぁっ!?」
恥じらいから一転、常軌を逸したシェルビーに怯えたように涙目になったシャーリンドンは、慌ててシェルビーに抱き着いた。
「リカバリーっ、リカバリーっ、りかばりぃぃぃぃぃっ」
「むあっ、のっ、ちょっ――」
「正気に戻って! 早く戻ってくださいっ、戻ってくださいぃぃぃぃぃっ!!!」
「もどってっ、戻ってるっ、戻ってるからやめっ――苦しっ、息できなっ――」
鼻先から胸に埋められ、声を出し暴れようとするとさらに「ひぃっ」と、正気でないと勝手に思い込んで更に強く抱きしめられてしまう。
普段筋力なんて微塵もない貧弱元お嬢様のどこにこんな力があるのか、シェルビーは延々マシュマロ地獄から抜け出せず、窒息寸前である。
「――もうやめてやれ」
「はっ……!?」
ぽん、とセシリアから肩を叩かれ、シャーリンドンはようやく正気に戻った。
それと同時に、自らの胸に抱いた仲間の、ちょっと幸せそうな気絶顔で、ようやく気づいたのだ。
自分が、仲間を殺しかけてしまったのだと。
「あわわわっ、わ、私っ、私、なんて事を――」
「大丈夫だ安心しろ、死にはしないだろう……それに見ろ、この幸せそうな顔を」
指さされその顔を見て、緩みきった顔になっているシェルビーに、シャーリンドンは「ええぇ」と困ったように眉を下げる。
「全ての苦痛から解放されたような顔をしている。彼は救われたんだ」
「なんだか……すごく複雑なんですが……セシリアさん?」
「……っ、君は彼を救えたんだよ。すごいよシャーリンドン。君はすごい」
シェルビーの状態に困惑していた所に、今度はセシリアが涙を流していた。
何が起きたのか解らないシャーリンドンは、また別の理由でパニックに陥りそうになっていた。
「いやあっ、今日はシャーリンドンの可能性に気づかされてばかりだなあっ! 今夜はお祝いにしよう! 鍋だ!!」
「鍋! まかせて!!」
「ええぇっ!? な、なんですのっ、なんでそんな事に――」
「シャーリンドンがいればシイタケも怖くないっ! さあ今夜は騒ぐぞぉっ」
「おーっ」
勝手に鍋と決まり混乱するシャーリンドン。
鍋と聞き目をらんらんと目を輝かせる名無しと、拳で自らの涙を雑に擦るセシリア。
鍋の具材は乾燥マーマンと干しクラーケン、そして腐りかけのミミズハンバーグ。
酷い味だったが、鍋というだけで案外盛り上がり。
そしてシェルビーに対してのシャーリンドンの距離が、ちょっとだけ開いてしまった。