#56.かみのまものたちしてん
ところ変わって、廃都758510、地下神殿にて。
無数の魔族らが、そこには居た。
ハエやヤギ、フクロウ、ネコ……様々な生物のマスクをつけたそれらは、いずれも通常のダンジョンでは「相対したなら全滅の覚悟をしなければならぬ」と熟練の冒険者らに言わしめる上級悪魔である。
その中心……朽ちた祭壇の上に立つのは、小柄なかぼちゃ頭の男だった。
「ミノスが死んだのはワシらとしては予想外であったが……ローレンシアもやはり動かず、か」
かこん、と、手に持った消えぬ炎を宿す杖を鳴らすと、傍に控える全身黒づくめのローブの男が前に出る。
一同、視線がその二人に集まった。
「フレースベルグめも、出した遣いを見た瞬間話も聞かずに喰らいおったそうな。所詮小鳥よなあ。分別がつかぬ」
「ふん。『生き残り』の中では唯一直接天上世界へ攻め込める故、居れば頭数くらいにはと思ったが、ま、居なくともそれはそれでなんとかしよう」
我らなら何の問題にもならぬわ、と、その場に揃った魔族らの顔を見る。
合流の追加はなし。
なれど、その点で不安に駆られるような者などただの一人もいなかった。
「――神の魔物になり、我らの統率者になったつもりでいるのは構わぬが」
そのうちの一人、ヤギ頭の魔族が、かぼちゃ頭に意見する。
「本当に、神々どもに一杯食わせることができるのだろうな? 魔神を解放すれば」
「できるともさ! 魔神殿はことのほか人間を憎んでおられる。『あんな生き物は創造すべきではなかった』と酷く悔いておられた。封印から脱すれば、今度こそ人間どもの廃滅された、絶滅した世界を創り出そうとするだろうよ」
「その巻き添えで我々魔族まで皆殺し、とはならぬだろうなあ?」
「何せ一度は地上世界を水で流してしまおうとしていた神なのだろう?」
「我らに対して不可侵と確約できるものはあるのか?」
ヤギ頭の声に続くように、口々に疑問を並べる。
だが、誰もがかぼちゃ頭を訝しむような口調でもなく。
あくまでそれを再確認するような、半ばからかうようなものに過ぎなかった。
「人間さえ排除できるなら、あの神にとっては何でも良いのだ。魔族は無罪だとよ」
「だが、また人間の勇者でも出てくれば、またぞろ魔神が敗れ去るのではないか?」
「それはどうかな? 我ら神の魔物の数は減っているが、かつての時と比べ人間どもの質は大きく下がっている。これは神々が地上から離れ、直接的な影響を及ぼさなくなったのがとても大きい!」
かこん、と再び杖を鳴らせば、魔族らは押し黙り、その言葉に傾聴する。
かぼちゃ頭も軽く見渡し、満足げに「うんうん」と頷いた。
「何せ、大天使めが居ない。先の戦いではあやつが居た所為で神の魔物の大半が消滅か封印されたのだ。あ奴め、勇者と並んで最前線で戦いながら聖典奇跡を連射してきおって――」
「ふはは、またその話か。スケアクロウ殿はよほど大天使がお好きなようだ」
「かっ、好きなものか! 辛酸を嘗めさせられた記憶など、思い出しとうもないわ!」
傍に立つ黒ずくめの男が揶揄すると、かぼちゃ頭――スケアクロウは腹立たしげに杖をコンコンと叩きつける。
その度に炎が揺れ、またその火力も上がっていった。
「ワシは辛うじてそっちの耐性もあったからやられなんだが、耐性のない者は瞬く間に蹴散らされたのだ。勇者どもも化け物ぞろいであったが、あ奴だけは放置しておけぬ……」
「だが、今はもう、その大天使もいない」
「ああ……宿敵とも言える相手ではあったが、存外あっさりと消え去ったものよ。それを成したのがローレンシアというのも複雑な気持ちにさせられる」
あんな小娘になあ、と、ぎり、と、歯ぎしりしながら。
スケアクロウは、結局合流してこなかったかつての同胞を思い出し、また複雑そうに杖を叩いた。
「恐らく、我らも知らぬ何かしらの力を使ったのだと思うが」
「そうだろうのう。あの小娘は物理的な力など一切ないからな。勇者の攻撃とはいえ一撃で瀕死になるくらい弱かったからな」
「ぶっちぎりで弱かったものなあ。まあ、元はただの村娘だからな」
「うむ。所詮はただの人間……と思っておったが、アレがいると天使対策が楽だった。何せ戦いと関係ないところでどんどん天使どもを狂わせていったからのう……」
ただの小娘が、と。
それが気に入らぬとばかりにスケアクロウはまたぎりりと歯を噛んだ。
黒づくめの男はくく、と笑ったが。
魔族らは先ほどまでの語らいはどこへやら、固唾を飲み見守っていた。
「――聞けい魔族の猛者らよ。今後我らの世界になろうとも、まかり間違ってもローレンシアに手出しするでないぞ。アレは、関わるだけで危険なのじゃ。元はただの小娘とはいえ、神の魔物となった者に手出しは無用。良いな?」
「無論だとも」
「そなたの話を聞けば聞くほどに、手出しする事の無益は解っておる」
「敢えて語って下さるな。耳が硬くなる」
魔族らもスケアクロウの言いたいことは理解しているのか、敢えてその禁を犯す気はないようで、各々頷き、またざわめきが戻った。
うんうん、と、機嫌を取り戻したかぼちゃ頭の神の魔物は、傍らに立つ黒づくめの顔を見て、杖を高く掲げる。
「――よぉし、参るぞ、影よ」
「応さ。魔神様を解放し、人を絶滅させる……我らの悲願を叶えるためになあ!」
黒づくめの男もまた、神の魔物であった。
スケアクロウと同列の……いや、ともすればそれよりも上に位置する。
(くくく……バカな魔族どもめ。スケアクロウともども、我が尖兵となって戦うがいいわ。魔神様さえ解放されれば、お前ら魔族も皆殺しにされるのだからなあ!)
シャドウにとって、スケアクロウらは、ある意味では目的が合致した相手ではあった。
魔神を解放したい、人類を絶滅させたい。
この二つに関して、合致するからこそ、手を組むことができたが。
魔神の本来の目的は、今では影たる彼にしか解らぬことであった。
それを知る最も近しい者達は、既に全滅したのだから。
(魔神様は、まだまだ諦めておらぬ……必ずや、私が運命の女神の裏をかいてしんぜよう……くくっ)
士気を盛り上げ、戦いへと赴く魔族らを見やりながら、シャドウはほくそえんでいた。
「――うーん、本当にやるみたいねえあいつら。なんて迷惑な」
「諦めの悪い奴らねえ。絶対に碌な事にならないよ」
「まず間違いなくワシらにも飛び火するからのう……」
対して、同じダンジョン内に在りながら、全く別のフロアにて。
別の神の魔物の一団が寄り集まっていた。
いずれも獣の部位を持つ者ばかり。
その中心にいたのは、フードをかぶった猫耳の少女だった。
小さなヒスイの玉に映ったスケアクロウらを見ながら、耳をぴくぴくとさせていた。
「あいつら、また戦争をする気でいるのね。スケアクロウめ、簡単に担がれちゃって」
「それよりも不味いのはシャドウじゃよ。あいつが傍にいるのは不味い。黒幕はこっちの方じゃな」
「人間が憎いのはあたしらも同じだけどさあ、だからって神々ともう一戦とか冗談じゃないわよねえ。いくら大天使がいないからってさあ」
猫耳娘のすぐ隣で玉を見ていた狼顔の老人と青い小鳥を肩に乗せた竜鱗の女性も口々に状況の不味さに言及する。
どうしよう、と、困ったように眉を下げる猫耳娘であったが。
『――出鼻をくじいてやれば良い』
竜鱗の肩に乗っていた小鳥が、その姿に似合わぬ恐ろしげな声をとどろかせていた。
「フレースベルグ様。でも、私やおじいちゃんは戦うの苦手で……ティアマートさんは戦えるかもだけど……」
「スケアクロウもシャドウも、まともに戦えばどちらもフレースベルグやティアマートと並ぶ武闘派じゃ。ワシやケットシーのような後方担当にはきつい相手だろうて……」
「いやいや、あたしも本来の姿になれないと強めの人間くらいでしかないし。こんな狭いところで変身解除したら即崩落して全滅よあたしら?」
『何も我らが戦う必要などない。天使どもを仕向けてやるのだ』
「それって、そういう風に誘導しろって事ですか? うーん、できるかにゃあ……」
『運命の女神が奴らの侵略を求めてでもいない限りは為るだろうさ。よいか、まずは――』
奴にとっても都合がいいはず、と、フレースベルグは計略を聞かせる。
三者ともがそれを聞き、彼女の言葉に頷くこととなった。