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だから私は!!  作者: 海蛇
第三章.悪鬼の監獄編
52/62

#52.ときはなたれてしまったいもうと


「――お姉さまっ!!」


 セシリア一行が悪鬼の監獄から帰還した時の事。

一行は、信じられないものを目にした。

セレニアの入り口で元気に腕をぶんぶん振っているアルテである。

時間は深夜である。

傍に爺やが控えていたので安全ではあったが、一行、特にセシリアは驚き駆け寄った。


「アルテ! こんな時間まで外に居ては……」

「大丈夫ですわ! 私! 元気ですからぁ!!」

「うわ……っと! アルテ……?」


 妹の無茶を(たしな)めようとしたセシリアに、逆に自分から勢いよく飛びついてハグするアルテ。

今まではここまでアクティブな行動を取ろうとしたらすぐに息が上がってしまっていたのに、今は全く息が切れている様子がなかった。

アルテの言う「元気」が本当のように。

だから、セシリアは大層驚き、離れた場所で見守る爺を見やる。

こくり、無言のまま頷いて返したのを見て、セシリアはようやくほっと一息ついた。


「何が起きたのか解らないが……とりあえず、アルテが元気になったというなら」

「ええ! もう大丈夫ですわ!! 私、私、ようやくまともに動けるようになりましたの!!」


 これからはお姉さんと一緒でも大丈夫ですわ、と、自らの腕を見せぐぐ、と曲げて見せる。

力こぶこそ見えないが、それまで貧弱そのものだった色白肌が、人並み程度には健康的な肉付きになっていた。


「そんな事より姉様! 私、あれからお父様の文献を調べていて、色々と分かったことがありましたの! さあ、早速お屋敷に!!」

「あ、ああ、解ったよ……皆も、一緒にでいいだろう?」

「ああ、そうさせてもらうか」

「夜も遅いですし、お邪魔してご迷惑でないなら……」

「つかれたから泊る」


 PTメンバーらも長旅で疲れていたので、揃ってセシリアの屋敷で世話になる事にした。

今回は色々と被害も大きく、セシリアの屋敷の豪華な食事とふかふかのベッドは、抗い難い誘惑だったのだ。


「爺、すぐにお食事のご用意を。遅い時間ですから、軽食くらいに留める感じで――」

「うしにくたべたい」

「うしにく……?」

「ああ、そうだった。アルテ、牛のステーキを頼む」

「はあ……こんなお時間からですか? まあ、お二人がそう仰るなら」

「確かにこんな時間からって感じだけど、街についたら皆で食いたいって話してたもんな」

「私の腕が振るえなくて残念ですわ」

「ははは、その機会はまた今度にさせてもらうよ。アルテ、そういう訳だから全員分だ。焼き加減はウェルダンでな」


 冒険者なんてやっていると街の外では規則正しい食事は難しいので、時間が多少ズレても問題なかった。

そんな事より今は、たっぷりの牛肉で生還を祝したいとか、そんな気持ちで。


「解りましたわ。爺、料理長にすぐにお伝えして」

「かしこまりました」


 承るや否や影のごとく瞬時に消えて見えなくなる爺に、シェルビーは一人「はー」と、感心したように腕を組んでいた。


「爺やさんって何者なんだ……?」

「うん? 爺か? 若い頃はペアの冒険者として各地で活躍していたらしいが、些細なトラブルからPTが解散した際に私のお婆様に拾われ、騎士団長の影として活躍していたらしい」

「影、なあ……なるほど。あの人の読めない動きとか思考とか、そこからきてたのか」

「ははは、爺に関しては私ですら解らない事が多いからな。まあ、気にしないでくれ」


 爺はあくまで爺だからな、とだけ言って、抱き着いたままのアルテの肩をぽん、と手を置き「行こう」と歩き出す。


「姉様、私頑張りましたわ♪ 姉様の敵を沢山呪っておきましたの♪」

「呪い……? よく解らないが、私の為になる事をしてくれたのか」

「はい♪ おかげで私、すごくぱわーあっぷしましたのよ!!」


 超元気です! と、かつての強大な闇が消え去ったかのようにはつらつとした顔と声で大層楽しそうに語るアルテだったが。


(敵を……呪ったって言ってなかったか今?)

(私もそう聞こえましたわ……あ、アルテさん流のジョークか何かですわよね、きっと)

(まがまがしいやみをかんじる……)


 一人キラキラと闇夜に輝いていたアルテだったが、後ろについて歩くPTメンバーは、どこか不穏なものを覚えていた。




「――それで、父上の残した文献で、解った事っていうのを教えてもらいたいんだが」


 風呂上りに用意されていたステーキ肉は、赤身でしっかりと身の引き締まった高級なもので、疲れていた面々が思わず目を輝かせる逸品だったが。

それを腹に収め一心地着けば、後は大事な話の時間だった。

一人、全員が食べるのを見守っていたアルテだったが、セシリアから促され「実は」と、切り出す。


「今までお父様が調べてらっしゃった、ダンジョンの傾向と申しますか……これを、お父様の、他の日記帳などから調べて分かったことがあったのです」

「父上の、他の日記帳? 日記帳は他にもあったのか」

「ええ。あくまで厳重に管理されていたのは、未攻略のダンジョンばかりでして。他の日記に関しては、お父様の書斎などを調べて見つけ出して、足りない情報は冒険者ギルドで調査して調べました」


 いくらかお金と手間がかかりましたが、と、小声で付け加えながら。

アルテが傍に控える爺に目配せすると、合わせたように爺が数冊の日記帳を食卓の上に置いた。


「これらの日記帳は、それぞれはほとんどが日常の他愛ない……というか、淡々とした、業務日誌のような書かれ方のされたものだったのですが」

「父上らしいな」

「ええ。ですが、騎士団現役時代からお役目の合間に、仲間の方々と各地を旅していて……ある程度、基準らしいものがあったのです」

「呪いにまつわる事が解りそうな場所、というだけでなく?」

「ええ。それだけではない、というか。むしろ『結果的に呪いに関係しそうな場所にもなった』という感じでしょうか?」


 試しに、とセシリアが一冊手に取って目を通してみるが、それ自体は特に難しい内容なども無く。

攻略を断念したいくつかのダンジョンについて記された日記のような、読む相手を選ぶような事にはなっていなかった。


「読んだだけでは、そうは思わないが」

「ええ。ただ読んだだけではダメなのです」

「……? それは、どういう……」


 何か暗号めいたものでも隠されていたとでもいうのか。

そうとでも言いたげなアルテに、セシリアは首を傾げ先を促す。


「実は、お父様の日記には毎回最後に、必ず一つ、書かれている一文があるんです」

「書かれている一文? それは?」

「『古の光の神に求めて』。お父様は……もしかしたら、神様を探していらっしゃったのではないでしょうか?」

「神探し? それはまた大仰な……」


――あの父上のする事とは思えないな。


 セシリア視点ではそう思えた事だが。

だが、アルテ視点ではそうでも無いようで、とても真剣な目で見つめていて、冗談で笑わせようとしているようには見えなかったのだ。

だから、セシリアも言葉を飲み、代わりに仲間達の顔を見た。

誰も笑おうとはしていない。真面目にその言葉を受け取ったようだった。


「一つだけではなく、どの日記にもそう書かれているのですか?」

「ええ。私が調べた限りではいずれの日記帳にも」

「そうなると、誤字、とかではないんですのね……」


 何か引っかかるものを感じてか、シャーリンドンが口元に指を当てながら考え込む。

それを見て、シェルビーは「何かおかしいのか?」と、皆に解るように問うた。


「おかしいというか……神様にお会いしたいというなら、『神を求めて』と書くんじゃないかと思いまして。でも、全部にというなら、『神に』で合ってるんですのね」

「なんだ、そんな事かよ。まあ、ちょっと時代がかった言い方ではあるよな」

「父上の事だから難しく書くことそのものはそんなに違和感はなかったが……言われてみれば、確かにそうかもしれない」


 神『を』求めるではなく、神『に』求める。

その違いは、文章の上ではわずか一文字。けれど、言葉の意味の上では全く異なったものとなる。


「シャーリィさんの考えることは解りますわ。私も、その辺りは疑問に思いました。そして、そうだった場合、お父様は、光の神に何を求めようとしたのか」

「そもそも光の神ってのはなんなんだ? そんなの居るのか?」

「むかしはいた、いまはいない」

「そうですわね。光の神という神様は、かつてはいらっしゃったと言われていますが……」


 古の、などとついているくらいなのだから、それは過去のものなのだ。

宗教上の意味で考えても、光の神というものはこの世界には存在していなかった。

人間達はそう信じていた。


「……光の神というのは、かつてこの世界を産み出した創世の主神の一人。運命の女神と共に、この世界のありとあらゆる生命を産み出した、とされているようですね」

「そんなお話でしたでしょうか? 私は、創世は運命の女神様お一人によって行われたのだと……」

「それは再生後の話。アルテのは崩壊前の話」

「再生後? 崩壊後?」

「世界は一度崩壊してる。魔神様と運命の女神様とで地上を巻き込んだ大戦争」


 突然堰を切って語りだした名無しに「まーた想像かあ?」と、楽しげに笑うシェルビーに「うん!」と、とても元気に笑って返す名無し。

内容が内容だけにセシリアもシャーリンドンも息を呑んでいたが、それでようやく「なんだそうだったのか」「驚きましたわ」と、二人も笑みを浮かべた。


「時々、夢とかに見るの。忘れた過去? とかと一緒に。だからきっとそれは、ボクの妄想」

「記憶喪失とか初めて知ったぜ?」

「そんなたいそーなものじゃない。ちょっと忘れてるだけ。ど忘れ」

「ど忘れなら仕方ないな」


 そういう事もあるよな、と、勝手にうんうん頷いて納得するシェルビーに、名無しもマネするようにこくこく頷く。

ちょっとだけ場が和んだ。


「大戦争、があったかは解りませんが、各宗派、教会組織の隠しているいくつかの事柄の中に、魔神と運命の女神との勢力争いがあったのは確かなようですわ」

「それ自体はまあ、神の魔物の存在を見ればな」

「あーそうか、神の魔物って、魔神と関りあるんだもんなあ。んじゃ、案外ポーターちゃんの話も的外れって訳でもないのかあ?」

「あんがいそうかも?」


 本人がもう曖昧なのでその辺はまだ解らないままだが、アルテの話と合わさると、ただ聞き流していいものではなさそうな気もしてくるものである。

また一同、真面目な顔になってアルテへと意識を向けた。


「お父様が光の神に何を求めていたのかは解りませんが、そういう線で考えますと、攻略済みの場所も含め、かなりの部分、目的が定まってくるのです」

「父上の目的、とは?」

「恐らくそれは……神々の、地上での痕跡や、魔神と運命の女神との諍いに関係する場所、です」

「呪い関係、ではなく?」

「いえ、恐らくは呪いも関係があっての事でしょう。ですが、調べていた内容を見るに、かなりの部分、呪いと無関係に見える場所も調べているのです。古の時代の墓所だとか、古い時代に栄えた国の遺跡だとか」


 そういったものは呪いとは一見関係なさそうですが、と、付け加えながら。

テーブルに置かれたままの日記帳を見つめながら、アルテは静かに目を閉じる。


「きっとお父様は、代々の当主同様、一族に関わる呪いをどうにかする為、各地を旅し……その中で、何かしら光の神に関わる事柄に触れ、頼るか、少なくとも何かしらを求めるようになっていったのではないでしょうか? いずれは神と謁見する為に」

「神との謁見、か。そんな事は可能なのか?」

「解りませんわ。少なくとも今の時代、それぞれの神の信徒の最上位者が辛うじて交信できるかどうかくらいでしょうから。会えるかどうかまではとても……」

「そんなの王様と会うよりも難しいだろ。宗教指導者とか聖人とか、そんなんがっちがちに周り固められてるんじゃねえの?」

「でしょうね。いかに当家が歴史ある上級騎士の家系といえど、おいそれとお会いする事も出来ないほど高みにいる方々です。今の時代における神の代行者とも言えますから」


 煩わしいことこの上ないですが、と、口元に苦味を見せながら、「ですが」と付け加える。


「光の神を信仰している宗派、というのは現状存在していません。つまり、かつてはあったかもしれない事、そして、既にプロテクトされ知る事そのものが難しい他の宗派と違い、調べれば見つけることができるかもしれない、という点で、可能性がない訳ではありません」

「途方もない話だな。そんなの、セシリアの親父さんは本気で探してたのか? 俺だったら面倒くさくなって投げ出しちまう」

「ああ、そうだな。とても途方もない……当て所ない旅だ。もし私が同じ立場になったら、やはりシェルビーのように、諦めてしまうかもしれない」


 何の情報も無い所からここまで探し、そしてセシリアたちに情報として残ったという事実。

これそのものが、この姉妹の父親の、そしてその仲間達の、驚嘆すべき功績と云えた。

情報は、確かにそこにあったのだ。


「……アルテ。残された未踏破のダンジョンは一つだけだ。アルテの意見を聞かせてくれ」

「はい……結果的に最後になってしまいましたが、恐らく残された一つ……『廃都758510』が、お父様が可能性を感じた、神との謁見ができるかもしれない場所の一つと言えそうです」

「神との謁見か……」

「すげえスケールの話になってきやがったなあ。神の魔物と話したり戦ったりしただけでも伝説に残りそうなくらいなのによ」

「神の魔物と、戦った……?」

「ああ。今回のダンジョンでは、『ミノス』という神の魔物と戦う事になったんだ。なんとか倒したが、今でも生きた心地がしないくらい、強かったよ」


 悲しい人だった、と、目を伏せながら。

けれど、驚いたように目を見開いていたアルテは、『ミノス』という名に覚えを感じ。

即座に「ミノス王ですか」と、解を見出す。


「よく解ったな。ああ、そうだ。我々にとっては遥か古代の人間の王。だが、魔神によって牛頭の化け物と化していたよ」

「……人が魔物に。恐ろしい話ですわ」

「本当にな。私が冒険を始めてしばらく経つが、父上の残した未踏破だったダンジョンは、どこも印象深過ぎて困る」


 一生忘れられない思い出になりそうだ、と、苦笑いするセシリアに、他の面々も各々頷き同感を伝えた。

アルテはそんな揃った仕草に「うらやましいですわ」と、俯き小さく呟いたが。

すぐに「それはそれとして!」と、話を進めてゆく。


「この『廃都758510』ですが、神の魔物の存在が確認されているのは以前もお伝えした事ですが」

「ああ、そんな話だったな。どちらを選んでも、という話だから『悪鬼の監獄』を選んだが……」

「どうも、情報が錯綜しているようなのですが、こちらのダンジョン、挑んだ冒険者の話を聞くに、神の魔物についての情報が大きく食い違っているのです」

「情報が食い違っている? どういう事だアルテ?」

「解りません。解りませんが、神の魔物の特徴を聞くに、『人畜無害そうな老人の姿をしていた』『とても見眼麗しい女性だった』『とても背の高いヤギ頭の異形だった』など、複数の証言が出ていて……」

「なんだそりゃ? 外見を自由に変えられるとかか? そういうモンスターもいるっちゃいるよな?」


 ミミックのような擬態を得意とする魔物以外にも、変身能力を持つ魔物はまあまあ存在している。

ただ、そういったものとは違うようで、アルテは首を横に振ってシェルビーの上げる可能性を否定していく。


「外見というか、口調から態度から敵意の有無から、何もかも違う証言ばかりで」

「どうにも砂を噛むような話で歯がゆいな。アルテ、はっきり言ってくれ」


 そのあいまいさ、はっきりとしない様にセシリアは歯切れの悪さを感じ、解る限りの情報提示をアルテに求める。

アルテも「解りましたわ」と、決心したように頷き。

全員の顔を見渡してから、静かに語る。


「――全ての証言を肯定するなら、このダンジョン一か所に、何体もの神の魔物が集結している、と考えられるのです」



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