#51.すてーきはだいじ
「――なんとか、勝てたな」
帰りの道すがら。馬車の上。
セシリア一行は、なんとか今回も生き残り、帰路についていた。
「流石に今回は死ぬかと思ったぜ。てか、リザレクティアの世話にならなかったのが不思議なくらいだ」
「ボクもそう思った」
「私もだ」
三人そろって同じ意見で、「ぷっ」と、三人ともが我慢できず笑いだす。
そんな三人の笑いを、シャーリンドンは、一人頬を膨らませ抗議めいた視線で睨む。
「私は、本当に大変でしたのに……もし、もし死なせてしまったらと。必死でしたのに」
「まあまあそう言うなって! お前のおかげで助かったって事なんだからよ」
「そうだぞシャーリンドン。君のおかげで生き残れた」
「シャーリンドンえらい! スラムから納屋に昇格する!!」
最初はむくれていたシャーリンドンも、三人から揃ってやんややんやともてはやされている内に「そ、そうですか……?」と、ちょっとずつその表情が晴れやかになっていった。
そうなって、改めてセシリアが「とはいえ」と、背を向け、真面目な表情で手綱を握り直す。
浮かれてばかりもいられない勝利、というのは確かで、どこかで真面目な話にしないといけないとは思っていたのだ。
「神の魔物っていうのは皆あんななのだろうか? 今でも、どうやって勝ったのか今一覚えがない」
「まあ、気持ちはわかるぜ。俺なんて途中から完全に記憶が飛んじまってるし。目が覚めたらミノスがいなくなってるから『何が起きたんこれ?』って思ってぜ」
「ボクもボクも」
終盤意識を刈り取られていたシェルビーと、倒した直後ダウンした名無しは、シャーリンドンに回復してもらってもすぐには意識を取り戻せなかった。
「私も、セシリアさんが倒されてからずっと回復ばかりしていたから……もう、状況なんてほとんど追えていなくって。回復した直後にシェルビーが降ってきましたし、その後にポーターちゃんまで……」
「二人がやられてるのを見て、私も自分の中の何かがふつりと、途切れてしまったような感覚になったんだ。頭に血が上った、というのだろうか?」
こういう感覚はあまりないから解らないのだが、と、視線を上向けながら、自分の身に起きた事をそれとなく分析してゆく。
「ビャクレンの園であんたを押し切ってた鏡人みたいな感じか? 何かそうなる理由みたいなのがあるんかね?」
「そう言われてみるとそうかもしれないな。鏡人の私と戦っていた時は、急にあちらのパワーが跳ね上がったんだ。あれは……どちらも――」
シェルビーの言に、セシリアも頷きながらその戦闘を思い出し……そして、小さく頭を振る。
「いや、なんでもない。忘れたな」
「忘れたぁ? なんだそりゃ?」
「気にするな。私もやはり、記憶が飛んでしまっているのかもしれない」
ははは、と、笑って済ませるも、シャーリンドンは「大丈夫なんですの?」と心配するし、シェルビーは「ほんとうかよ?」と疑いの目を向けるし、名無しはと言えば、荷台から身体を乗り出して自分の頭を撫でようとしてきたので、セシリアは「いや、大丈夫だって」と、いつもの自信たっぷりのスマイルを見せる。
それで、仲間達はようやく引き下がったのだ。
「それより名無しもシェルビーも、怪我の方はもう大丈夫なのか? 二人とも、手足を失うほどの怪我だったはずだが」
「ああ、ぴんぴんしてるぜ。自分でも信じられねえ」
「ぴんぴんしてる」
セシリアに問われ、互いに顔を見合わせた後、シェルビーは足を、名無しは腕を見せ、特に問題なく繋がっている事を示した。
「なあ、俺思ってたんだけどさ。ヒールって、こんなに回復力高かったっけか?」
「普通はない。腕はちぎれたまま。足は切れたままになる」
「だよなあ? まあ、そんだけシャーリンドンの回復がすげえって事か? いつの間にそんな腕上げたんだ?」
「えっ、そ、そんな、私、何も……何もしてませんわ」
てっきりシェルビーは、「何かそういう上位の奇跡でも覚えたのか」と思っていたのだが。
どうやらそういう訳でもないらしく、視線を向けられ、困ったように眉を下げるシャーリンドンには、シェルビーも名無しも不思議そうに首をかしげていた。
「結果として助かったんだからありがたいが。もしかしたら、シャーリンドンもここにきて、慣れてきたんじゃないのか?」
「慣れ……そ、そうかもしれませんわ! 私の、隠れていた才能がようやく開花したとか、そういう!!」
セシリアのフォローにそれらしい解を見つけてか、シャーリンドンはぱぁっ、と、明るい表情で胸を張っていた。
いつもなら「調子に乗んなよ」とシェルビーが皮肉の一つも言う所だが、実際それで助かった以上、シェルビーもツッコミを入れる訳にはいかなかった。
回復役として微妙だった彼女がパワーアップする事は、仲間の誰にとっても願ったりかなったりなのだから。
「ポーターちゃんが聖典奇跡の使い手だったってのも驚きだけどさ。なんつーか、驚いてばかりで俺ぁ、ツッコミ入れる気すら湧かなくなっちまってるっていうか」
「その気持ちは解りますわ……急転直下と言いますか、色々な事が短い間に起き過ぎていて……」
「こんらんする、よね」
「ああ、全くだ」
最初の実にバカバカしい事で喧嘩していたことが嘘かのように。
けれど不思議と、ダンジョンそのものはあまり印象には残らなかった。
「怒りの精霊の所為で怒らされていた、というのは知ってしまえばなんてことの無い仕掛けだが、ミノスの印象が強すぎてもうそんなのすらどうでもいいやな」
「ダンジョン自体も、ミノスが斃れた事でただの廃墟となったしな」
「宝も埋もれた」
あれだけ山積みにされていたダンジョンの財宝も、その大半は瓦礫に埋もれ。
今回一行が持ち帰れたのも、更なる崩落が進む前に、巻き込まれない程度に拾ったごくわずかなものに限られた。
「実質、本と王冠と杖くらいかね。あのでけえ斧持ち帰えれたらなあ」
「ちょーがんばればもちかえれた」
「ポーターちゃんが超がんばらなきゃ持ち上げる事もできねえ代物じゃねえか」
オリハルコン製の斧など、その材質を考えれば持ち帰るだけで大層な宝となったはずだが、重すぎて持ち運ぶことすら困難では、あってないようなものである。
「王冠も杖も、売り物っていうよりは歴史的な代物っぽいしなあ……本は、どんな内容だったんだ?」
「ミノスが……ああいった姿になった経緯だな。それが記されていた」
「日記か歴史書か、とか言ってたよな? ぱっと見で解らないものだったん?」
「ああ……ちょっと記述が古すぎて、それがどういうつもりで書かれたものなのかが今一判別がつかなかったんだ」
文体からして今と大分違うからな、と、語って聞かせながら、名無しをちら、と見て、「見せてやれ」と指示する。
言われた通り名無しがリュックから本を取り出しシェルビーに見せるも、「うへえ」と、うんざりしたような顔になっていた。
「読めねえ。貴族文字かよ」
「それより更に古い古代語だ。まあ、応用で読める範囲ではあるんだが……」
「えーっと……『はるか古の頃、神々がまだ地上に遣いをやっていた頃のこと』」
「古すぎてついていけねえ」
古すぎだろ、と、苦笑いを浮かべながら壁にもたれかかる。
もう、真面目に聞く気も無さそうだった。
「『楽園からほの近い位置に、光の神の子、地上の王の子として生まれる。名はミノス』、王子様だったんですの……? それも、光の神の子って……」
「とてもそんな面には見えなかったぜ」
「消える直前はしわくちゃだった」
「まあ、彼にも若い頃があったという事だな。そして、そのミノスは、やがて王となり、ちょっとした欲をかいたことが原因で神々の怒りを買った」
「それで牛頭にされたってのか?」
「いいや……牛頭にされたのは、彼の息子だった。怒った神々に自身の妻を牛狂いにされた末に生まれた我が子が、牛頭の化け物だったらしい」
恐ろしい話だ、と、そこまで話すと、荷台の三人ともが黙りこくってしまう。
シリアスな話になって来て、少し緊張感を覚えていたのだ。
「牛のステーキが食べたいな」
「おい今の流れでそれかよ」
「でも確かに食べたいですわ」
「おなかすいた」
一計を案じ、いい感じに緊張感が薄れたところで続きを話そうとしたが。
だが、セシリアはそこで思いとどまり、「ところで」と、別の話を流し込む。
「私は街に戻ったら、一週間くらい休もうと思うんだが」
「ああ、それは賛成だな。くったくただもん」
「私も、生きた心地がしませんでしたから……お休みがあるなら、その方がいいと思いますわ」
「さんせー」
ダンジョンを攻略し、村に戻り一晩休んでのこうした帰路だったが。
まだまだ疲れが取れているとはいいがたい、そんな状態が続いていた。
いつもなら誰よりも早く回復するであろうセシリアも、中々全快に至れていなかった。
これに、セシリアは違和感を覚えていたのだ。
(一時的に、私の自動回復がカットされていた……? いや、それとは違う何かが起きているのだろうか?)
あるいは、それほどまでの肉体を酷使し過ぎているだけなのかもしれないな、と思い至り、それ以上は言及しなかったが。
だが、休むにはいい機会だと思っていたのだ。
「次で目下目的のダンジョンも最後だからな。その前に、十分に休んでから挑みたい」
「ああ、あんたがそう言わなきゃ俺が言ってる所さ」
「私も、その方がいいと思いますわ。休んだ後も、情報集めもしたいですし……」
「じゅんびきかんも沢山ほしい」
しっかり時間を使って、できるだけの休息と準備を。
これはやはり、ダンジョンを攻略する上で重要な基本であり、鉄則でもあるのだ。
それを再確認し、頷き合う。
セシリアも、前を向いてはいたが、皆と同じタイミングで頷いていた。
「とりあえず、セレニアに戻ってから、な」
「だがよセシリア、帰ったら忘れちゃいけねえぜ?」
「うん?」
「すてーき。牛の」
「ははは、忘れてなんていないさ! 帰ったら屋敷の者に用意させよう」
「まあ、素敵です! 牛のお肉なんていつぶりか……」
「おかわりじゆう?」
「何枚でも食べていいぞ!」
「かっこいい! セシリア様すごい! さいきょー!!」
皆で食べる約束をしながら。
そう、帰ったら楽しい事になるのだと、そういう期待で胸を一杯にしながら、一行はセレニアへと帰っていった。