#5.だめなやつだった
先ほどまでの休憩ポイントまで戻り、ポーターの少女が食べかけの食事を広げる。
疲れた様子の女プリースト――シャーリンドンを交え、四人での休憩となった。
「――とりあえず自己紹介から始めようか。私はセシリア。この国で騎士をやっている」
「名無し」
「初めましてセシリアさん……と、この女の子は、ななし……? えーっと、そういう名前ですの?」
「そうだよ」
「そうらしい」
普通に自己紹介から始まり、ポーターの少女が名前とも思えぬ名を名乗ると、セシリアは困惑したように眉を下げていた。
「生まれた時からずっと名前をつけられないままだから、ポーターギルドでも名無しが登録名になってるんだ」
「なんで誰も付けてあげませんの……? 虐待では……?」
なんて可哀想な、と、シャーリンドンは不憫そうな目で少女を見るも、当の本人は「ふふん」と胸を張っていた。
「名無しはボクの誇り」
「ほ、誇り……?」
「私の時もそんな事言ってたな」
「ああ、俺の時も同じ事言われた」
誇りなら仕方なかった。
少なくともセシリアとシェルビーはそう解釈していた。
「名前がないと、色んな人から色んな呼ばれ方をする。名無しちゃん、ポーターちゃん、チビ助、我が愛しの君、元気な子、常連さん、お嬢ちゃん、猫耳帽子の子、怪力少女丸、ボス、沢山食べる子」
「ポーターちゃんは俺だな。我が愛しの君と怪力少女丸は誰が付けたのかちょっと気になるな」
「沢山食べる子は酒場のマスターの奥さんが言ってたな」
「いくつか名前ですらないものがある様な……」
少女の挙げてゆく呼び名に、思い出すようにうんうんと頷くセシリアとシェルビー。
シャーリンドンは口元をひくつかせていたが、セシリアから今しがた焼けたばかりのミミズ肉の串焼きを渡されると、目をらんらんと輝かせてほおばっていた。
「んぐんぐ……美味しいですわ……これはきっと牛のお肉――」
「ミミズ肉だ」
「ミミズ……ミミズ!?」
ゆっくり咀嚼して飲み込んでからの感想。
だが事実を伝えたセシリアに、目を見開きながら「えっ」とシェルビーを見る。
「こいつのPT入ってから、モンスター産じゃない飯とか食ったことねえんだ」
「調味料はちゃんと用意してるからだいじょうぶ」
「安心してくれ、騎士団の討伐任務でモンスター食は毎日作ってたからな! 安全性だけは保証する!!」
「味も保証してほしいんだよなあ」
文句は言いつつも慣れた様子のシェルビーは、自分から焚火にかかっていた良い焼け具合の灰色の串焼き肉を手に取り、ほおばる。
皮肉を言われたセシリアはといえば、「それは無理だな!」と大層機嫌よさげだった。
「何せモンスターの肉は大味だからな。素材が悪いから良い味になるはずがない」
「……私、モンスターのお肉を牛肉と間違えましたの……?」
「ショック受けるところそこなん……?」
「ショックですわよ! すごくショックですわ! 私、いつの間にか味覚までそんなに駄目になってるだなんて!!」
どうしてこんなことに、と、勝手に後ろ側にぱたり、四つん這いになって「よよよ」と嘆きだす。
コロコロとよく表情の変わる娘だった。
「あっ、そうでしたわ、自己紹介がまだでした。私、シャーリンドンと申しますわ」
「えっ? あ、ああ、そうだったな。自己紹介の途中だった」
そして即切り替わっていた。
その変わり身の早さに、マイペースなセシリアすら困惑するほどに。
「……シェルビー、変わったお友達だな?」
「あんたに変わり者扱いされるとかよっぽどじゃねえか……まあお友達でもないが」
「元PTメンバーですものね」
改めて、と、楚々な仕草で座り直し、じ、と、シェルビーを見る。
灰色の瞳に見つめられ、シェルビーは小さくため息をついた。
「んで、俺は噂に、そのPTは全滅したって聞いたんだけど? なんでお前生きてるの? 実は全滅してなかった?」
「あら、全滅しましたわよ」
「でもお前生きてるじゃん」
何だそりゃ、と、首をかしげる。
セシリアと少女もまた、余計な事に口を挟むつもりはないのか、黙ったまま見守っていた。
「貴方がPTから抜けた直後、まずサブリーダーが亡くなりましたの」
「ああ、あの魔法使いの」
「そうですわ。貴方が抜けた後に『あいつがいなくてもミミックかどうかの判別はつくから』って言ってた方ですわ」
「まあ、魔法ならそうだろうな」
一般に、宝箱に擬態した『ミミック』の対処としては、いくつかの手段があった。
一つは、シーフや斥候といった職業の者が見分けるもの。
これには熟練を要し、高度な擬態をしているミミックを見分けられるのは、同様に高度な経験を積んだ者でなくては難しいとされている。
ただしこの場合はもSP(精神力)も一切使わない。
一つは、メイジが魔法によって探知するもの。
これは宝箱にそれなりに近づく必要はあるものの、SPを消費することで確実に見分けることができる。
赤ならミミック、青なら財宝、黄色は書物、青色は資材、緑なら食料である。
一つは、宝箱に直接攻撃を加える事。これは誰にでもできる。
そうはいっても小石を投げつけた程度では反応しないし、投げナイフや弓矢はダンジョンで使える程度のものは大体箱に見える外殻部分で無力化されるので、より強力な一撃を入れる必要がある。
最も安全なのは蹴りを一撃入れ即座に離れるヒット&アウェイ。
しかしそれでもミミックの先制攻撃が決まると良くて足を食いちぎられ、下手をするとそのまま丸飲みにされるリスクがある。
無事に離れられたからとミミックは休眠状態に入るまでしばらく追いかけてくるので、逃亡ルートが確保されていなければ結局戦う羽目になってしまう。
「サブリーダーは、宝箱の鑑定をする為に近づき……宝箱の周囲に仕掛けられた罠にかかって亡くなってしまいましたの」
「ありがちな死に方だな。魔法じゃミミックは見分けられても、罠は見分けられんからなあ」
「ええ……」
「でも死んですぐならお前は復活せられたよな?」
「その前にちょっとした擦り傷を治すために剣士さんを治しましたから……」
「SP尽きちゃってたか」
「はい、簡単なヒールくらいならできましたが、復活まではちょっと……」
残念ですが無理でした、と、視線を下に落としながら少しの間無言になり。
沈黙が場を支配しそうになった辺りで、「ですが」と、またシェルビーを見る。
「それでも、皆さんは宝箱がいくつもあるエリアまでたどり着けて、帰りたくなかったようで……」
「そんで、お前は嫌気がさして帰る事になったと?」
「……少し違いますわ」
シェルビーがなんとなくのあたりを付け締めくくろうとすると、シャーリンドンはどこか抗議じみた目になっていた。
締めようとしたところでそれを否定され、シェルビーも「うん?」と首をかしげる。
「何かあったのか?」
「サブリーダーが亡くなって、責任のなすりつけ合いが始まりましたの」
「……なんだそりゃ?」
「剣士さんが、『シェルビーが外れたから、サブリーダーは死んでしまったんだ』って言い出して」
「あのクソアマ……欲に目がくらんだ自分たちの所為だろうに」
「そもそも復活させられないのもあの剣士さんがちょっとのかすり傷を過剰に痛がって無理やり奇跡を私に使わせたからで……」
「あー……あいつなら確かにそんなだよなあ」
シェルビーも思い出してか、もう死んだ女剣士への悪態をついた。
ずっと黙っていたセシリアも、「そんな酷かったのか?」と苦笑いを浮かべる。
「PTリーダーの恋人なんだよ、その女剣士」
「リーダーの彼女さんだしリーダーも甘々でしたから、何やらかしてもお咎めなしでしたわ。最初にその場にいないシェルビーに責任擦り付けようとしたのもあの方でしたし、その後も……」
「その後?」
「なんて言ったと思います!? 私に『あんたがさっさとシェルビー誘惑しないからこんなことになったんだ』って言ったんですのよ! 他の方まで『胸と尻しか中身が詰まってない女の癖に』とか言い出して……私、私……!!」
赤面しながらも、あまりに悔しかったからか、シャーリンドンは地べたに手を叩きつけて「痛っ」と涙目になっていた。
なんとも決まりの悪い有様だったが、悔しさはその場の全員に伝わった。
「うぅ……それで、皆して私に責任を擦り付けてきて、『あんたには宝は分けてやらない』っていう剣士さんの決定でPTを追い出されましたの」
「……ダンジョンの深層だったよな? 俺は一人でも帰れたけど、良く戻れたねお前。ヒールしかできないんじゃ帰還の奇跡だって――」
「道中死にかけた事があったんですけど、たまたま通りかかった親切なPTに助けられまして……その方たちが先に進みたいと言うので、道案内も兼ねて来た道を引き返して……皆が亡くなってるのを確認しましたわ」
自分を罵倒し蹴りだした連中ではあったが、それでも死にざまを見ていい気分はしなかったのか、また下を向き、小さく息をついてしまっていた。
そんなシャーリンドンを慰める様に、セシリアは隣まで移動し、背中をさする。
すぐに気を張り直したのか、シャーリンドンは「ありがとうございます」と笑顔を見せた。
無理やりな笑顔だった。
「全員バラバラな場所で亡くなっていました。宝箱の前で亡くなっていた方も多かったですわ」
「だから忠告してやったのに。『この手のダンジョンは宝箱で釣るタイプの罠満載だから得られるものなんてねえよ』ってさ」
「ええ……実際、私を助けてくれた方々も、宝箱の中には碌なものが入ってなかったと言ってらっしゃいましたから……」
救えない話である。
骨折り損のくたびれ儲けでしかなかった。
それで命を失っているのだから、冒険家業というのはやはり、リスキーこの上ない。
「さっきシェルビーが私達に聞かせてくれた話みたいだな。『当たりのダンジョンだと思ったら』って」
「ま、そういうこったな」
「……?」
セシリアが横から全て綺麗にまとめると、シェルビーはどこか小憎たらしげに「こいつ上手くまとめやがって」と悔しがって串焼き肉を頬張る。
その「前の話」なんて知らないシャーリンドンは不思議そうに首をかしげていたが……すぐに空腹だったのを思い出し、また食事を再開した。
「――でもさあ、なんでお前俺たちの後ろにいたん?」
しばし全員が黙って串焼き肉を食べていたが、一番に食べ終えたシェルビーがまた話題を振ると、先ほどよりは元気になったのか、シャーリンドンは胸を張った。
「このダンジョンの近くの街……『セレニア』は、私のお家がありますのよ」
「へえ、そうだったのか……んじゃお前、実家に帰ってたのか。それで?」
「結局先のダンジョンでは私の取り分は0でしたので、遊んでいる訳にもいかず、酒場でお仕事を貰おうとしたら、貴方がいるじゃないですか」
「えっ、お前あの場にいたの? それは気づかなかったぜ」
意外と近いところにいたかつてのPTメンバー。
しかし、「まあそういう事もあるか」くらいで流そうとしたシェルビーに、シャーリンドンはどこか恨みがましそうだった。
「……セシリアさんと話し込んでいらっしゃったから。私、最初は貴方が恋人でも作ってのんびり暮らしているのかと思いましたわ」
「何それウケる」
「はっはっはっはっ!」
そんなはずないだろ、と皮肉げに口元を歪めるシェルビー。
そして大笑いするセシリア。
まずない二人であった。
「むむむ……そんな笑わなくても……その時の私はそう思ったんですのよ」
「いや、笑ってすまなかった。あまりに突拍子がなくてつい、な。それで?」
頬をリスのように膨らませ可愛らしく抗議するシャーリンドンに、セシリアが謝罪しながらも先を促す。
不承不承ながら「仕方ないですわね」とシャーリンドンも気を取り直した。
「『私はあんなに大変な目に遭ったのに、この方はこんなところで彼女さんと楽しく暮らして』って。それで悔しくて、恨みごとの一つも聞かせてやろうと後を追いかけていたら、こんなところまで……」
「そんな理由でここまでついてきたのかよ……」
「バカげてますでしょうけど……でも、あのPTは私にとっては初めての仲間でしたのよ。だから……」
「まあ、あのクソアマはともかく他の奴らは悪い奴らじゃなかったしな。あそこで俺が抜けたのだって、斥候なしじゃどうにもならん場所だから、あいつらも諦めて帰るかって思っての最後の手段だったからな」
それが目的だったのだから、そうならなかったのなら仕方ない、くらいにシェルビーは割り切っていたが、シャーリンドンはそうでもないらしかった。
「皆さんは宝箱に夢中になってましたから。私だって……得た財宝で再起を図れるならと、そう思ってましたもの」
「口調からしてあんまり冒険者らしくないけれど、シャーリンドンは何か目的があって冒険者を?」
「お家の復興ですわ。私、高貴な血筋の出ですので」
貴族出身の冒険者自体は、珍しい訳でもなかったが。
大体はセシリアのような騎士であったり、あるいは一般の学校では得られない高等な学問を納めるためにメイジになっていたりする者がほとんどで、聖職者の道を進むのは教会関係者を除くと、市民階級の中でも貧しい者がほとんどである。
「立派な目的じゃないか」
「目的は立派だけど、選んだ方法が冒険者ってのが致命的に合わなすぎるんだよなあお前の場合」
「口が悪いぞシェルビー」
「そうですわそうですわ! 私だってちゃんと支援として貢献を――」
「一日にギリギリ数回しか奇跡使えない超低SPとちょっとした荷物持ったら筋肉痛引き起こすよわよわどんくさガールが何だって?」
「やくたたず……?」
「はうっ」
シェルビーのみならず名無しの少女までもがシャーリンドンを白い目で見ていた。
「う、うぅ……だって、私子供のころから運動とかあんまりしませんでしたし……あっ、お料理とお裁縫は人並み以上にできますのよ! いつ嫁入りしてもいい様に婆やに鍛えられました!!」
「なんで冒険者になっちゃったのってくらいタウンワーカー向きなのな」
「さいのうがない」
「ひどいっ!?」
ばっさりと斬り捨てられ涙目になり、最後の頼みにとセシリアを見るも、セシリアはとてもいい笑顔だった。
「確かに才能がないな」
「うわんっ!? セシリアさんまでっ!?」
そして八方ふさがりになっていた。
「で、でも、傷は癒せますし、状態異常も解除できますし、復活も使えますから……帰還の奇跡も使えますし……復活と帰還は一度でもヒールを使うと使えませんけど」
「傷は自動回復するし状態異常も気にならないし復活はそもそも死なないからな私は……」
「帰還の奇跡は便利だけど、それだってヒールと引き換えにするかっていうと微妙だしな。しかも使えるように回復するのに二日くらいかかるよな確か?」
「一度SPを使い切ると二日間は全快に要します……」
「ちなみに今は?」
「道中怪我をしてヒールを使ったので……今はもうヒールと状態異常回復くらいしか……」
正直プリーストとしても微妙な性能の、見た目ばかりは最上級の元貴族の娘。
三人は顔を見合わせ、三人ともが難しい顔をしていた。
「うーん……無いよりはマシ? みたいな? 俺やポーターちゃんは負傷したら痛いっちゃ痛いし」
「確かに無いよりはいいかもな」
「いないよりはいい」
「私の評価あんまりじゃありませんこと!?」
一応はマシくらいの存在扱いに、シャーリンドンは涙目になった。
「いや、でも俺はな? シャーリンドンには一つの可能性を感じるようになったぞ?」
「えっ、可能性、ですか? 私に?」
初めて肯定的な事を聞かされぱぁっと笑顔になるシャーリンドンに、「それはな」とシェルビーは親指を立てる。
「俺に代わるツッコミ役だ! 今話してるの見てて気づいた。お前、ツッコミの才能あるよ!!」
「何一つうれしくないですわ!?」
「いや、確かに重要な才能だな」
「きちょうなさいのう」
シャーリンドン的には微塵も嬉しくなかったが、三人にとっては重要だった。
特にシェルビーにとっては。
一人では無理がある事でも、二人がかりならバランスもとれるかもしれないと思ったのだ。
それくらいに、天然二人のボケは日常的に繰り返されていた。
にわかにやんややんやと喝采が上がる。
「シェルビーもこう言ってる事だし、シャーリンドン、私達のPTに入ってくれないか?」
そうして、改まった顔でセシリアが立ち上がり、シャーリンドンに手を差し伸べる。
「私達のPTの目的は、この今いるダンジョンの踏破だ。国から命じられてるものだから、報酬もちゃんとある。流石に貴族の家を再興するほどの報酬ではないかもしれないが、道中得た宝物は分けてもいいと言われているから、早道になるはずだ」
どうだ、と、にこり微笑むその勇ましい顔に、シャーリンドンも吸い込まれるように見つめ返し。
やがて、こくり、頷いた。
「し、仕方ないですわ……そうまで言われるようでしたら、私も……」
そして何かに気づいてか、つん、と、そっぽを向く。
赤面していた。それくらいにセシリアの顔は美しかったのだ。
「いや、強要するつもりはないし、無理にとはいかないな。嫌なら仕方ない諦めて――」
「あっあっ、嫌ではありません、嫌ではありませんからぁぁぁぁぁっ!!」
ただのツンも天然から見ればそのままの意味としか取られない。
そんな典型のようなやりとりを見て、シェルビーは「こいつもツッコミ疲れ起こしそうだなあ」と、先を憂いてしまった。
こうしてPTにシャーリンドンが仲間になった。